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あまねの君  作者: 白夜
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 平川ミツ子は自分の別荘である丸木小屋で、丸木のテーブルについて、その硬い卓をきゃしゃな指でトントンと叩き、いらつきながら待っていた。彼女は今夜、のっぴきならぬ計画を実行せんがため、数々のおぞましい策を万端用意して、哀れな訪問客を待ち望んでいるのだが、約束の時間はとうに三十分は過ぎている。その鋭く細い目をこらし、扉のほうをにらむ。

 いや、きっと敵はわけあって遅れているのだ。あせりは禁物。なんせ今夜は、人生を賭けた長い戦いになるのだから。


 ミツ子は吊り上がった細く鋭い鷹のような目と、よく通った鼻筋に、きりりとした口元の、きらめく銀の刃物を思わせる細面の顔をした美女だった。頭は盛ったポニーという活動的な外見、スレンダーボディでスタイルも抜群なので、四十代半ばの二児の母ではあるが、一見十年は若く見えた。服装は地味なグレーのスーツ上下に、しっかりと黒のネクタイも締め、そのOLみたいな正装は、休日の丸木小屋にはいささか不似合いだった。だが、これから愛する息子のために不本意ながら闇深い仕事をするのだ。日常的なくだけた格好は嫌だった。

 しかし遅い。あの女狐、なにしてやがんだ。


 足を組みなおして、再びイライラと指先でテーブルをつつきかけたとき、その猛禽のような目が窓をとらえ、口元がニヤリと吊り上がった。固く閉められた窓ガラスの向こうに、待ちかねた敵のすらりとした上半身が、室内の灯りを浴びてぼうっと浮かんでいる。

「なんだ、遅いじゃないの。さっさと入ってきなさい」

 顔つきに似合う、姉御ふうの蓮っ葉な声で叫ぶように言うと、敵はすぐに入ってきた。が、ミツ子は目を丸くした。当たり前だが、窓の右にある扉があくと思い込んでいたのに、その女は、なんと閉じられた窓を、そのまますーっとすり抜けて入ってきたのだ。これには殺人もいとわない豪傑も、びくっと椅子を引きしりぞいて叫んだ。

「なっ、なんだよ、あんた?!」


「あなたのせいで、私は自ら命を絶ったのでござんす」

 和美に化けたあまねは小屋に入ると、宙に浮いたままミツ子を恨みがましい目で見下ろし、まさに幽霊という感じに、おどろおどろしく言った。その意外な言葉に、ミツ子は戸惑った。

「な、なんでさ。あたしは許すって言ったじゃないか!」

「いいえ」と首を振る。「確かに、お許しはいただきました。しかし、あのあと考えたのです。たとえ今は許しても、この先、独占欲の強いあなたのこと、ことあるごとに私を責め、たとい和美どのと結婚しようが、一生のあいだ、私たちの仲を妨げ続けるであろう、と。そう思うと、もういっぺんに、(しん)()から疲れてしまったのでございます。それでは和美どのと一緒になれないと同じこと。ならばいっそのこと、この世から消えてしまおうと、そう決意いたした次第。すべては平川ミツ子、おまえのせいでござんす」と指さす。

「な、なに言ってんだい?!」

 あまりの事態に吊り目をいっそう吊り上げて叫ぶミツ子。相手が自分から死んでくれたら手間が省けて言うことなしだが、その逆恨みで化けて出られては意味がない。

「勝手に死んどいて、それがあたしのせいだって?! ふざけんじゃないよ、化け物!」

「いいえ」

 ゆっくりと首をふり、鬼神のような眼光を向け、啖呵を切る。

「きさまのごときジェンダーフリーの敵は、おてんとうさまの下を、大手を振って歩かせるわけにはいかぬ! このまま憑り殺すまで!」

 そして怨霊らしく両手をたらし、小首をかしいで迫った。


「ぎゃあああー!」

 ミツ子は叫んで卓から飛び出し、後ろの戸から出て山道を逃げ出した。振り向けば、悪霊は月明かりの下をふわふわと飛んで追ってくる。脇道に入り、なんとかまいたと思ったとき、ある寺院の門があった。

(そ、そうだ……!)

 ミツ子は玄関から飛び込み、「平川さん、どうしました?!」と驚く住職にすがりついた。

 この高齢の尼は、霊能者としてかなり有名で、ミツ子の別荘を建てたときもお祓いをしてくれ、それから近所のよしみでたびたび付き合いがあった。


 本堂の座敷で話を聞いた住職は、険しい顔で言った。

「それは、大変な目にあいましたね。大丈夫、私がすぐにうかがいます。除霊の準備に時間がかかりますので、あなたは一足先にお宅へお戻りを……。


 いいえ、ご安心なさい、このお札を差し上げます(と、五枚の白い札を握らせる)。これを投げつければ、どんな悪霊といえども、たちどころに滅び去る優れもの。必ずや、あなたのお命を救ってくれるでしょう」

 などと、半ば強引に追い出されたので、仕方なく夜道を戻っていたら、果たしてあの女の霊がぬっとあらわれた。ミツ子は恐怖よりも「なんで俺が、てめえなんぞに殺されにゃならんのだ!」という怒りが勝り、札を振り上げて投げつけようとした。すると敵はあわてて逃げるので、瞬く間に気がむくむくと増長。「待て、コノヤロウ!」と、今度はこっちが追っていくと、いつの間にか山を抜けて町まで来た。

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