スーパー・ウルトラ・サンドジジィ! その2
俺は金属探知機を通り抜け、手荷物の税関を突破し、空港のエントランスへと足を踏み入れた。
観光客のようにに見える外国人たちが大量にいるロビーをくぐり抜け、カフェテリアに向かう。
「久っさしぶりだな〜ハネダ空港!私が前に来たのはいつだったっけ?」
「....................。」
それにしても、最近は長期の外出ばかりだ。
3週間も試験を受けた後に、命の危機に瀕するような戦闘を繰り広げて、それが終わった2日後にはジパングのトーキョーの空港だ。
給与も貰っているし、生活も保証されているから文句は言えないし、殺し屋をやっていた頃の方が泊まり込みの仕事も多かったし、内容もヤバかった。
人を殺すためという嫌な目的のために、数ヶ月単位で変装し続けて、帰ってくるのだ。二度としたくない。
「ねえねえベロキくん、おにぎりを食べてみない?頬っぺたが垂れ落ちるくらい美味しいよ?」
「....................。」
「じゃあ注文しちゃうね?
....................心配しなくても、キミのお代くらい私が持ちますよ〜だ。」
それにしても、人が多い。
アメリカとはまた違った人の多さだ。
それもジパングの人の割合よりも、他の国の人の割合が大きい。
ジパングに似た顔立ちのひとたちは、チャイニーズだろうか。どことなくリンさんのような雰囲気を感じるし。
乗り口へ向かう人はみな大きな手提げ袋を持っているし、出てくる人達も大きな荷物を持っている。
大抵の人は圧縮ポーチに入れて身軽になるんだろうけれど、税関を通り抜けるために実態化している荷物たちはみな大きく量が多い。
中身はお土産とか着替えとか、その辺なのかな?
そういえば、ジパングの税関は検査が重くて細かいらしい。
最低限のものしか持っていない俺と....................もうひとりの同行者は難なく突破できたけれど。
「持ってきたよ!このおにぎり、観光客向けだね〜。義父さんのところに着いたら、使用人の人に作ってもらおっか!」
はぁ。
「あの。」
「なーに?」
「なんでいるんですか?」
俺と、同行者の女性....................ペラルさんの間に、絶対零度のような空気が流れる。
下手したら、氷蛇の体から放出されるあの冷気くらい、冷たいかもしれない。
何もしようとしない俺と、目の前に運ばれてきた米の塊をむさぼっているペラルさん。
しかし、目の前のおにぎりがけっこう美味しそうなので、俺も食べることにした。
俺がおにぎりを手に取ると、ペラルさんはポツポツと話し始めた。
「なんでって、道案内だよ?」
「そのために?」
「うん。ベロキくんを道案内して、ベロキくんの修行に付き合うの。」
「....................」
ミクロさんから伝えられた今回の任務は単純明快。
「強くなること」だった。
俺が受けてきた討伐許可試験は、ふたつある試験のうちの1次試験にすぎない。
いつになるかはわからないけれど、最低でも1ヶ月程度間を開けられて、俺の1次試験の合否が発表される。
ここでは、俺が合格した前提の話をする。
そうなると、俺は2次試験を受験することになる。
ミクロさんいわく、1次試験は受験者をふるいにかけて「落とす」試験であるが、2次試験はそうではないらしい。
テストというよりも、インターンや体験入社のような雰囲気の試験であるらしい。
2次試験の合格条件はふたつ。
1.生還すること
2.試験官が定めた基準を突破すること
極めて単純なふたつだ。
このふたつを両方とも満たしていれば、2次試験は合格。
晴れて正式な免許が与えられている。
2次試験は、試験官とタッグを組んで本格的な仕事を体験するのが主な内容だ。
しかし、試験官は俺たち受験生を1人前として扱ってくるので、俺たちを過剰に助けたりなどしない。
すると、どうなるか。
平気で人が死ぬ。
そう。
2次試験は受験生に仕事の一端を体験させるだけではない。
1次試験の突破者が、真に相応しい能力を持っているか否かを確かめる場でもあるのだ。
だから、俺は強くならなければならない。
生還し、余裕で基準を満たせるくらいに。
ジパングの、カナガワ県という所に、ミクロさんとペラルさんの実家がある。
そこにいるミクロさんのお父さんに、稽古をつけてもらってこい、とのことだ。
ミクロさんのお父さんは、昔に最前線で活躍していた伝説的な討伐者らしい。
今は現役こそ退いたものの、それでも良い教師であるとして家の門を叩く者が後を絶たないとか。
なかなか歯ごたえのありそうな人である。
うん、一応は理解した。
行ってやろうじゃないか。
そう思ったのだが、あろうことかミクロさんは、道案内としてペラルさんを指定した。
これがまた厄介だった。
当初俺は、「いくらなんでもずっと意地が悪い訳がないだろう」と高を括っていた。
仮にもミクロさんの妹で、(たぶん)味方なわけなんだから。
ずーっと俺の警戒を貼らせ続けるなんてさせないだろうと思っていた。
しかし、スターダスト事務所を出た5秒後に、ペラルさんはこう言った。
「空港まで、呼魔は解かない方がいいよ?」
何言ってんだコイツと思うとともに、なんて馬鹿だろうと思った。
俺の呼魔の制限時間は、6分くらい。
調子が良ければ7、8分は維持できるが、空港までの数時間の維持なんてできる気がしない。
しかしペラルさんは執拗に攻撃を繰り返してきた。
しかも、なんの前触れも殺気もなく。
呼魔を使っているのに、殺気の肥大化を読み取れないのだ。
ルキ家で三心はマスターしたはずなのだが、ペラルさんの使っているのは三心のどれにも当てはまらない代物だった。
早い話が、俺はそれを知らないのだ。
ルキ家には存在していなかった技術だ。
攻撃は、何気ない瞬間に、まわりの人にバレないように行われる。
俺より少し歩くペースが遅れたペラルさんが、俺を追い越すとき。
自動販売機の飲み物を取ろうとしたとき。
電車から降りた直後。
話の共感を求められて、肩に手が置かれたとき。
などなど....................。
空港までに加えられた攻撃は、全部で127回。
全て、触られた瞬間に察知して対応したが、あのスピードなら、俺が察知する前に攻撃を完了させることも容易だろう。
つまり、ペラルさんが本気でやろうと思えば俺の事を一方的にボコボコに出来たということだ。
つまり、俺は手加減されていた。
空港に着くと、攻撃中止が宣言され、休憩が許された。
攻撃中止の直後には、こうも言われた。
「悪くないよ。嘘じゃない。けど、冷静になったほうがいいんじゃないかな?」
空港までは1分おきに呼魔を使うことでペラルさんに対応していた。
そうすることで、まるで表面張力みたいに、なんとか限界に達しないようにしていたのだ。
寸止めパンチを連打されている気分だ。
それでも、呼魔を使っているときでも、ペラルさんは殺気を見せてこなかった。
異様だ。一度も彼女の殺気を察知できなかったのだから。
ちょっと、いやかなり悔しい思いをした。
休憩中にもペラルさんは執拗に会話を求めてきたが、俺はそれの全てを無視して、頭を冷やすことに使った。
必ず、あれにはタネがあるはずなのだ。
フライト中も眠らず、しかし何をするでもなく、集中し続けた。
思い出すことに集中を続けた。
127回のうち、反撃を試みたことだってある。
それの手応えがあったと思ったのに、何も起こらなかったのはなぜか。
そもそも、彼女の殺気はなぜわからないのか。
鮮明に思い出せる数回を脳内でリピート再生し続けた。
そう、俺には見えていたのだ。
本当は見えていた。けど、目下のことに気を取られて、意識しきれていなかった。
そう、俺の目の前でおにぎりと味噌汁を食しているペラルさんにも、それがある。
今だけじゃない。
飛行機で俺の隣にいるときも、ここまで歩いて来たときも。
本当は、さっきまでの攻撃のときも。
「ペラルさん、"それ"はなんですか?」
「あらぁ〜....................。」
その質問を聞いたペラルさんは、笑顔を見せた。
擬音をつけるなら「ニコッ」ではない。
どちらかというと「ニチャァァ」が近いだろう。
性根の悪い笑みに見える。
「フライト中の数時間で見えるなんて....................。」
言葉を合図に、"それ"は肥大化した。
いや、"それ"という言い方はやめよう。
それは殺気だ。
呼魔で見ている殺気。
しかし、ついさっきまでは、それが全く変動しなかった。
どんなときも。
通行人にぶつかられたときも。
下町のような駅の地下通路でひったくりにあいかけたときも。
俺に攻撃を仕掛けるときも。
おにぎりに敵意を持ってかぶりつくときも。
ピタリと体にくっついている。
「これを教えるのは私じゃなくて、義父さんの役目。
けど、見えてるだけできっと楽になる。」
ズズズズズ....................。
と、そんな音が聞こえてきそうな様相で、殺気が俺を包み込む。
俺は思わず椅子から立ち上がり、一歩下がってしまった。
これだ、これも知らない技術。
明確に俺に殺意を抱いていないはずなのに、殺気が肥大化するのだ。
しかも、それが「危機」のような概念ではなく、明確な「威圧感」として機能している。
この威圧感におかされると、相手がどのような手順で俺を殺そうとしてくるのかを見破ろうとしてしまう。
なぜなんだろう。
なぜ、ここに来て殺し屋時代の癖が出てくるのか。
「大丈夫、ベロキくん。キミならすぐにマスターできる。」
ペラルさんがウィンクをして俺に微笑むと、パッと殺気が消える。
そして、俺の手のひらを握ってこう言った。
「さ、行きましょうか。」
ミクロさんのお父さんが住んでいるヨコハマという街は、東京からリニアモーターカーで1時間もかからなかった。
ヨコハマ駅という巨大なターミナル駅を降りて、港町の方面へ出ているローカルトレインに乗る。
そこからいくつかの電車を乗り継いで、港町の端の駅に到着した。
「ここ、なんですか?」
「うん、ここだよ〜。何にもない場所だけど、ご飯が美味しいんだよ。」
電車を降りる前までは1秒も黙ることがなかったペラルさんは、ここに来て真面目な表情になった。
一言も喋らなくなっただけではなく、すごく真剣にことに当たろうとしていることが伝わってくる。
地元民でなければ地図なしで歩くのが難しいであろう住宅街を越えて、奥に見える小高い山の方向へグングン進んでゆく。
夕方とはいえ、途中までは賑わっていた住宅街も、コンビニひとつ見当たらない物静かな場所になってくる。
そんな住宅地の一番奥。
それは、そこにあった。
「着いたよ。」
"ジパングの家"というと、このような景観が想像されるであろう、お手本のような木造家屋。
正面玄関のすぐ後ろには、松の木が何本も見える。
外だけ見ただけですぐに分かるけど、この家は広い。
大きな寺院をそのまま持ってきたような感じだ。
恐らく住居は1回建てだけど、端から端までが何十メートルか何百メートルもあるのが想像できる。
そして、敷地の半分くらいのスペースでは、屋根が見えない。
恐らくは、そこがすべて庭なんだろう。
「準備はいい?」
俺はつばの飲み込んで、首を縦に振った。
俺はなぜか、何も言えなかった。
そもそも人の家に入るだけなのに「準備はいい?」という質問をされること自体がおかしなことなんだけど、そんなことに気を配っていられなかった。
なぜだか、その場に釘付けにされたような気分になったのだ。
そして、音もなく開けられる正面玄関の大扉の隙間から、上下スーツ姿の人物の影が現れるのが見えた。
その人が俺に顔を見せたとき----。
キィン!!!
男の人の動きは、なにもすごく速い訳じゃない。
絶対に、シロの方が強い。
けれど、俺は気圧されてしまった。
彼の持つ短剣と俺の持つ短剣が当たった瞬間に大きく後ろに飛び、大きな道路を1本挟むほどの距離をとった。
「ほう、その反応。これが見えているようですね?」
俺の手には2本のの短剣が握られていた。
無意識。
何も考えずに、俺は臨戦態勢になっていたのだ。
そう、何も考えずに。
しかし見ていた。
彼の体から発せられる、威圧感を。
なぜだか俺は、前に進む気になれなかった。




