凍峰に沈む街にて その10
ブレスを吐き終わった氷蛇は悶えていた。
どうやら矢自体は命中したらしい。
いや、そうじゃなくて。
大事なのはそこじゃなくて。
「..................................................炎?」
防御姿勢をとっている俺の右腕からボワボワと湧き出る炎。
俺の周りには水滴が散っているから、俺を削り取らんとした圧縮氷レーザーはこの炎に溶かされたことが想像できる。
「いや、厳密には極低温まで冷えまくった水かぁ、あのレーザービーム。
..................................................あれ?
もしかしなくても唾液だった?」
嘘でしょ。
あれが唾液だったとか考えたくもないんだけと........................................さすがに違うか。
いくら氷蛇が大きいとは言っても、あんなに唾液が多いわけないよね........................................そんなわけないよね?!
レーザービームが炎に溶かされたと仮定しても、俺の腕は全く熱さを感じてなくて。
いや、よく見てみると右腕だけじゃない。
左腕からも、両足からも炎がムワムワと巻き起こっている。
吐息にも若干熱が含まれている感じがする。
「あ..................................................。」
炎が消えていく。
「観察はしたな?ならもういいだろ?」とでも言わんばかりに消えていく。
数秒も経たないうちに、俺の体を覆っていた炎はこれっぽちも見えなくなった。
いやあの、もっと見てたいんですけど。
この間空き時間にパキケ君と見たヒーロー映画の中盤であった、「実は主人公に強大な力が眠っていますよ」のアピールシーンみたいじゃん。
うーん、もう1回出てきてくれないかなあ?
アドレナリンには体温と血糖値を急速沸騰させてくれる効果があるからアドレナリンに頼んでみるか、その場でランニングのような動作をしてみる。
「まあ、何も起こらないんだけどね....................?
ちくしょう。」
「おい、股引でもしてどうした?
気でも狂ったのか?」
「ああ........................................死ぬかと思ったけど気は狂ってないから大丈夫だよ、大丈夫。」
よかった。ディラン君は無事だったんだね。
ということは、あのレーザービームはパワーシールドで受け止められる程度の威力だった、ということか。
「いや。ユリから貰ったコスモを全投入してギリギリだった。
あれは避けなければならない攻撃だ。」
「そうだね。」
「やっほーベロキ。」
すると、レーザービームに薙ぎ払われて消し飛ばされた(元)部屋の壁から、パキケ君がひょっこり顔を出した。
「すごい炎が見えたけど、大丈夫?」
「え?!」
目を閉じていたから分からなかった。
この炎はそんなに威力が出ていたのか。
「そんなものあったか?」
「おれの方向からは見えたよ。」
俺はディラン君に、この炎は原因不明であること、俺には全く害がないこと、もう任意的に出せる気がしないことを話してみた。
「そうか。なら戦闘には使えそうにないか。」
「それより、何か策はあるの?」
「ああ、そうだな。
パキケの矢は聞いていたようだから、口内や眼球を中心に責めることは当然なんだが........................................。
ハッキリ言って単純なダメージの蓄積程度では倒せる気がしない。」
うわあ結構えげつないこというねディラン君..............................。
人間以外にはやったことないから....................上手くできるかなあ?
単純なダメージの蓄積以外での倒し方かぁ。
「ひょっとして無効化させようとしてる?」
「ああ。さっきの氷を見てピンと来た。
..................................................パキケ。ユリはどこへ行った?」
「シェルターから人間が出てこないように通せんぼしてるんじゃないかな。
忘れ物取りに行こうとしてる人が多いから大変だって言ってたよ。」
たぶん、その人たちは「大事な夫との結婚指輪が!!」とか「仕事の資料が入ったパソコンが!!!」とか言ってシェルターの扉に押しかけてるんだろうな。(諸説あり)
それで「危ないから出ないでください!!!!」と出入口に立ち塞がるユリさん........................................。
想像しただけで少し笑えてくる。
NPCの警備隊の人がいると仮定しても、相当に大変そうだ。
何しろこの仮想空間には、仕様として「怪獣討伐隊のNPC」が存在しない。
相当大変な作業だね。
「そうか........................................そういう人に出てこられて死なれてもマズイからそのままでいて貰おうか。」
そう。
実技試験が始まる前のアナウンスにあったとおり、「死亡者100人」に達した時点で俺たちの合格はなくなる。
それはたとえあの氷蛇を倒したとしてもだ。
だから、一般人を絶対にシェルターから出してはいけないんだ。
「ちなみになんだけど、この後はどうするつもりなの?」
「ああ。言ってなかったか。
ベロキ、お前は今から水道管を弄ってもらう。
パキケは俺と来い。」
「「?????」」
「いいか、よく聞け。
俺たちは今から氷蛇を........................................」
気が遠くなるほどの永き眠りにつき、当分は目覚めない筈だった。
だが、それは死の危機に瀕したときの生存本能のようなものだろう。
彼は一刻、目を覚ました。
「んぁぁ..............................何じゃ一体。」
彼がいる。ここは虚無。
なにもない、仮で与えられただけの部屋、すなわち牢屋。
どこもかしこも真っ白で、でもその白に触れることはできなくて。
壁があるのかも感知できなくて。
どれだけ広くて高いのか、それすらもわからなくて。
そんな場所に彼は貼り付けられて、眠らされている。
「ここは........................................いや、まだの様じゃな。」
先程は牢屋が壊れそうになったので、そこから出されようとする彼だったが、その牢屋が思いのほか頑丈だったために扉は閉じられ、ふたたび外に出ることはできなくなった。
寝返りのようなものである。
ヒトは起床直前にノンレム睡眠に移行し、夢を見たり寝返りをうったりする。
すなわち、寝返りをうった彼はノンレム睡眠。
起床の時は近い。
彼を起こすのは彼の器の彼か、それとも彼自身か、それとも..............................外部からの要因か?
それは、その刻にならないとわからない。
いつ起きられるのかも、ここから解き放たれるのかも、彼は決めることができない。
「もう一眠りするかのう..............................」
彼は十字架に張り付けにされている手足首が動かないことを確認し追えると、そのままコックリと眠りに堕ちた。
彼の意識が消滅したことで、白い空間が彼を中心に崩壊してゆく。
白は消え、黒。
黒く不気味な無に吊るされる魂の炎。
ランタンや松明のようでもあり、見ようによっては美しいのかもしれない。
しかし、それを見ることができる者は存在しえない。
たった今、そのスイッチは切られた。
そして。
歯車は、世界は廻り始めた。
むかーし、むかし.............................。




