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レガシークエスト  作者: 鯣烏賊
第2の人生の序曲
26/47

黒い濃霧 その12

 ごくごく当たり前の、誰でもわかるとっても簡単な一般常識の話をしよう。

水の重さの話だ。


 グラスやコップ一杯の水ならば、少しの力だけで楽々持ち上げられる。


 瓶やペットボトル1本分の水は、片手で持つとある程度重量を感じたとて、「何だこれ重すぎだろ!!!!」とはならないはずだ。


 次に、ウォーターサーバーに装填するための水カートリッジ。

個人差はあれど、仮に片手で持てたとして、カートリッジを差し込む場所まで持ち上げるのには骨が折れるから、この辺りから作業のために両手を使うことになる。(一般人より数段と腕力が強い俺を除く。)


 仮に、浴槽に入れた水を何かしらの容器に入れて持ち上げると仮定するとどうなるだろうか。

水を入れた容器を倒したり、転がしたりすることは可能だとして、持ち上げるとなると、もはや人間の腕力では不可能になってくるだろう。


 25メートルプールの水の重さ、大浴場のお湯の重さ、公園にある池の水の重さ。

ここまで来ると、どのくらいの重さであるかも想像がつかなくなってくる。


 さて、今俺の目の前にいる液体タコの体積は、ちょっとした貯水池に匹敵すると予想できる。

そして、その液体タコの動きは止まった。

おそらくミクロさんが何かしらやったんだろう。

問題は、こいつの動きが止まっている、ということである。

こいつには「心臓」や「核」らしき肉塊があるのは確認済である。

この肉塊は、リンさんの砲撃により二度、露出している。

2度目は、ミクロの指示によるものだ。

ミクロさんはこの「肉塊」を砲撃による露出のときに破壊すると言っていたので、さっきの砲撃と同時にしっかりと責務を果たしてくれたんだろう。たぶん。

さて、この肉塊が失われたら、周りにある液体はどうなるのだろうか。

考えたくもなかった光景が、目の前に広がろうとしていた。

え?一体それは何なんだって?


«避けろーっっ!!!!!!早よ飛べー!»


 俺はミクロさんの呼び掛けに答えるように、「鍵」の機能を存分に用いて上空へ向けて跳躍した。

そもそも、ミクロさんからの呼び掛けがなくても、俺は上空に向けて逃げただろう。

逃げないと死ぬもん。


 ばしゃん......いや、どぷん......。

どちらとも取れないようなとてつもなく大きな音と共に、大質量の液体が地面に落下した。

さっきまでドス黒かったそれの色は抜けきって、いつの間にかなんの変哲もない「水」へと変わっていた。

大量の水は落下とともに広範囲に衝撃波をもたらし、あたりの土を巻き上げて、土煙を起こした。

落下地点から水が広がり、どでかい水溜まりが作られていく。


「おお.........すっご」


 水が広がっていくと、だんだんと厚みが無くなっていき、中身が露になってくる。


「あ.........あれか」


 水の中から、真っ二つに切り裂かれた肉塊が現れた。

周りの水に血液が溶けだし、その肉塊の色自体は薄まっている。

怪しく蠢いていたあの鼓動も、今ではすっかり止んで大人しくなっている。


 ミクロさんが肉塊の隣に立ち、なにやら触ったり見たりして調べごとをしていた。

断面をまじまじと見つめたり、肉の隙間に指を突っ込んだり。


 何をしているのか理解が出来なかった俺は、作業の邪魔にならないようにと、リンさんと一緒に先に撤退を始めた。




















「ミクロさん」


「ああ。

お前が言いてえことは僕も大体分かってるつもりだ.........が」


 ミクロは肉塊に触れていた手を離し、アロの方へとゆっくり振り向く。


「一応聞こうか」


「俺が気になったのは.........」


 ミクロは近くの岩に体を預け、話を聞く体制をとった。


「コスモは凝縮すると、黒くなります。

凝縮しきったコスモはそこらの金属を遥かに超える強度を持ちます。

なのであいつの体は必然的にかなり硬いと思っていたんですが.........

見た感じ、そこまで硬くなかったでしょう?」


「言われてみりゃあ、確かにアレは凝縮されたコスモに見えなくもないな.........硬いっつーか、重かった」


「まあ、水の質量は相当なものですし、重いのは当然ですね。

.........推測するに、今回の事件とあいつは、直接の関係はないのでは、と思ってます」


「その心は」


「コスモを、溜めてあの体を作っているのに、

わざわざ吐き出して人里を襲う理由がないです。」


「つまり原因は別にある、と」


「そう考えるのが自然なので、別のアプローチをかけなければ結論は出ないかと」


「なるほどねぇ」


「なのでもう一度ここに来て、しっかりとした調査で......」


「いや」


 ミクロはアロの話を打ち切り、神妙な面持ちで話を進めた。


「だがぁ...な。

そんな、後々の調査だとか、悠長なことは言ってられねえかもな」


「?」


「多分、これは人的要因によるもんだ」


 ミクロは左手でポケットを弄りながら話す。


「最初っから...おかしいとは思ってたんだが」


 ミクロは先程までポケットを弄っていた左手を開き、アロに見せた。


「アイツの中に、こんなもんが仕込まれてた」


「!!!」


「アイツは多分、操られてたんだよ。

だからわざわざコスモを吐き出してた」


 それは.........大自然の象徴たる怪獣とはとても関係のあるように見えない、小型の機械。

形は、触手のついていないクラゲという表現が適切だろう。

四角いパーツから、触手のかわりに鋭利な1本の針が生えている。

四角いパーツの上の面には赤い光が点滅していて、それがまだ動いているであろうことを示している。


「.........もう、こんなに」


「世界の進みは、

思ったより早かったってことだな」


 ミクロはその場に座り込み、胡座をかく。

ひとしきり考え込んだあと、深くため息をついた。

アロもミクロの隣にしゃがみ、何も言わず黙りこくる。


「............アロ」


「はい」


「ペラルのやつから何か連絡来てるか?」


「いえ、何も」


「そうかぁ」


 再び、沈黙が場を支配する。

これ以上なく真剣な2人だが、一言も話さずに座り込んでいるその様は、

傍からみれば怖いともとれるだろう。

静寂は、ミクロの携帯電話がアラーム音を発したことで破られた。


 ミクロは鬱陶しそうに腕時計の表示時刻を確かめると、

そこには決しておかしい時間ではない「20時30分」の文字が。

ミクロは時刻を口実に電話の応答をしないことを諦め、面倒くさそうに腰を上げる。

ミクロは腰のホルダーからゆっくりと、今は時代遅れな携帯電話を取り出す。

ミクロは電話に応じた。


「.........あー、お前か、レスパか。久しいな」


「ミクロ。単刀直入に言うが、

例の彼、しっかりと許可試験の申し込みはしたのか?」


「あ............」


 再び、静寂が場を支配した。

先程のような真面目な沈黙ではなく.........

先生に怒られている時のような気まずさ。


「やらかした......完全に忘れてた......!」


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