黒い濃霧 その9
《OK、了解。報告サンキュー》
《じゃあこれ切りますね。俺はリンさんと合流してきます》
通話を切る。
耳元からミクロさんの声と通話し越しの環境音という名のノイズが聞こえなくなり、俺の耳は俺の聞きたい音だけを集めるようになる。
こうして聞くと、こいつは結構うるさい。
あの液体タコの触手から出てくる「きゅらら...」という音だ。
あと、これは今まで気にしていなかったけれど、あれが動く度に液体の「ぬちょ...」という音も聞こえる。
あいつを下手に刺激すれば暴れまくって破壊音を撒き散らすこともある。
「うーんと、あそこだと思うんだけど?」
ところで、俺は現在空中にいる。
高いところにいるのだから周りのものがそれはそれはよく見える。
つまり何が言いたいのかと言うと、俺は高いところにいることを利用してリンさんを探している.........。
まあ探すもどうもない。
だってあの砲撃で抉れた地面の線上を、あの液体タコの逆側に沿って見ていけば............いた。
こんなの誰だって見つけられる。
俺は再び森に潜り、やつにバレないように近づく。
ここまでの行動から、やつに視覚がないのはほとんど確定している、と言っていい。
その証拠のひとつとして、さっきまで「速」による眩い(?)光を発しながらやつの目の前を爆速で木々を伝っている俺に気がついていない。
さっき俺が岩に隠れていた時に、正確に場所をピックアップして探知してきたのは視覚に頼っていないがゆえのものだろう。
その反面、聴覚や嗅覚の検証は出来ていない。
そして触覚に関してはかなり敏感、と言っていい。
殴り飛ばした時の反応は、「これやばい!!」と感じたのかとてつもない速さで触手の撤退をしていた。
再生できるがゆえの脆さと敏感さなのか...あるいは敏感で脆いからこそ再生できるように進化したのか.........その考察は専門家に任せるとしよう。
と、いうことで俺は、お世辞にも静かとは言えない音が出る「速」の機能を停止させ、200mくらいの距離を頑張って生身で走る...........いや、そういえばこんな機能もあったな。
ダイヤルを更に回し、俺は「滑」を起動する。
これは「速」のようにスーパーグレートで、その上デンジャラスな加速をもたらすものではない。
長期的な運動を補助するための地味な機能............らしいのだが、やけに派手な光を放つのでとても侵入や逃走には使えず、結果的に殺し屋業をやっていたときも片手で数える程しか使わなかった、俺の中では幻とも言える機能だ。
これが実際、結構便利。
巷の子供たちはローラースケートという玩具で遊ぶらしいが、見た感じ例えとしてはあれが正解だろう。
地面を滑るという動作は地を踏み締めながらえっちらおっちら走るよりも断然楽で、体力の消耗も少なく、しかもそれなりに速い。
しかもどういう訳か縦に伸びる木の幹にもその効果は適応される............これもっとしっかり使っておけばよかった。
これ結構速いよ。
だってもうすぐリンさんの所に着くからね。
ふと後ろの方を見ると、やつは再生を終えて再び液体タコの形を取り戻し、リンさんの方に向けて触手を伸ばしている。
リンさん本人は余裕で迎撃できるかもしれないが、ミクロさん曰く、ここで無駄な弾を撃って欲しくないらしい。
俺がなんとかしなければ。
ダイヤルを「衝」に戻す。
「鍵:衝........」
俺はリンさんの延長線上辺りに到達したところで「滑」の機能を停止させて大きくしゃがむ。
しゃがんだ後に右足に「衝」を使い、そのまま右足から衝撃波を炸裂させる。
爆発的なエネルギーで推進力を得た俺の体はすぐさまリンさんの前に到着する。
到着と同時に俺は左足に力を込めて全力で蹴りの構えをとる。
そして蹴った足の接触とともに左足に使った「衝」を触手に向けて炸裂させ...........。
衝撃波で触手を吹き飛ばす!!!!
「え、ベロキ!?..........ありがと!」
「リンさん、ここから離れるよ」
「わかった」
俺は再びダイヤルを回して.......いやこんなことやってたら時間かかるな。
俺は特に機能を使うこともなく、そのまま走り出す。後ろに振り向いて合図をするとリンさんも着いてくる。
俺は走りながらリンさんに話しかける。
「手応えある?」
「吹き飛んではくれるけど、あんなに再生速いってなると効いてないよね、多分」
俺はこれまためちゃくちゃ大きい岩を見つけたので、その後ろに身を隠す。
俺は「鍵」に手をかけて再びダイヤルを回す。
「衝」の機能を解除したところで、リンさんも岩の裏に入ってきた。
「あの肉塊見た?」
「ああ、あの梅干しみたいなやつね。どう見ても弱点にしか見えないやつね。」
俺たちは小声で言葉を交わす。
当たり前の事だが、リンさんもあの肉塊をしっかりと目にしているらしい。
それにしても「ウメボシ」って何だ、ウメボシって。
まあ、そのウメボシってやつがあの肉塊に似ているということなのかな。
問題はあれをどうするかだ。
いかにも「ここが弱点ですよー、狙ってくださいねー!」と言わんばかりの守られ方をしているし、再生もあの肉塊を保護することを最優先としているようにしか見えない形式だった。
というか、リンさんの砲撃で液体部分と肉塊を丸ごと吹き飛ばせれば全部上手くいくんだけど......。
聞いてみるか。
「ねえ」
「何?」
「あの肉塊ごと撃ち抜けそう?」
「無理。チャージの音がバレるまでの時間を加味しても液体を吹き飛ばすのが限界」
「...........わかった」
即答された。
迷わないってことは絶対に無理なんだろう。
時間を考慮している、チャージというのは相当大きい音が鳴る上に、時間のかかる動作なんだろう。
「動きながらチャージとか出来ないの?」
「できるけど、危ないと思う」
危ない.........か。
出来ないことは無いけど、身の危険が生まれるのかな。
当然だが、俺もリンさんを危険に晒そうという思いは微塵もない。
答えが生まれるのか怪しい思考を続けていると、リンさんが何やらミクロさんと通話を始めた。
「..........はい。..........それは無理です.........は?私が?..........ベロキはいますけど..........ちょっと、丸投げしないでよ!............おい、応答は、応答は?........あっ、切りやがったあのクソ野郎。」
ん、ミクロさんから何か言われたのかな。
なんだろう。
「ミクロさんが、もう1回液体部分をはじき飛ばせだってさ。人使いが荒いんだよ...」




