黒い濃霧:その2
遅れてすまそ
ぶしゃっ。
俺を狙う黒い液体の塊が地面に落ち、土煙を巻き起こす。
一応形だけは触手のソレを保っていたものが、地面に打ち付けられた衝撃により弾け、水溜まりのように広がる。
広がった液体は再び収縮して持ち上がり、再び触手の形に戻る。
きゅるる...ばしゃばしゃ。
再び液体触手が地面に落ち、水溜まりになりながら広がった後に再び収縮する。
「どうにかしてこの状況を切り抜けたいよねえ...」
とにかく動きがない。
相手が動かないとかそういう話ではなくて、盤面が全くと言っていいほど動かない。
こんな攻撃、たとえ俺がなにをどうミスしようが当たる気がしない。
それくらい触手の動きは遅いし、単純で見切りやすい。
この触手に木の幹をへし折ったり土煙を上げたりするパワーがあったとしても、当たらなければ意味が無い。
かと言ってこのままの戦況が続くのなら、俺は絶対に倒れないし、俺もやつに対する有効な手段を持たない。
「おっと」
再び触手が蠢き、俺を狙って攻撃を始める。
折られた木の幹があちらこちらに転がり、地面が段々と盛り上がってめいったり、足場はどんどん悪くなっていく。
足場が悪くなっていくにつれ、やつも調子が上がってきたのかわからないが、攻撃の密度が高くなったり動きが変則的になったりしてくる。
攻撃を避けながら触手を切りつけてみるも、数秒で何事も無かったかのように回復する。
「これはちょっと厳しいかな...」
さっきは余裕かと思っていたが、実際のところ俺は少しずつ追い詰められている。
俺は敢えて立ちこめた土煙の中に飛び込み、大きめの岩の後ろに身を隠す。
武装を確認。
持ってきたのは
・中型柄(変形はソードとトマホーク)
・スパイダー
・ミラーシールド
・固有武装:鍵
このくらいか。
この中で有効な何かしらの行動が出来そうなのは......。
「んおっ」
周りに注意を向けると、触手が背後の岩の向こうあたりでに落ちる音がする。
もうすぐここもバレるな。
周りから何の音も聞こえないということは、リンさんもミクロさんも俺と同じ状況ということになる。
通話がかかってこないのはやつの耳の良さがハッキリしないからだろう。
なら、俺から行動を起こそう。
俺は感覚を耳に集中させる。
相手の索敵手段がハッキリしない以上、無策に岩から顔を出すわけにはいかない。
ぶしゃっ...きゅるっ...
今...10メートルないくらいの位置に液体が落ちた音がした。
そこにいる。
俺は左手につけている黒い腕輪に触れ、電源を入れる。
暗殺を目的としたその腕輪は必要最低限の音を立て、起動する。
腕輪の表面にある無骨な模様が開き、少しの光を帯びた赤いエネルギーがそこを通っていく。
きゅらら...くるるる...
バレた。
音か?光か?
そんな考察の猶予を与える暇もなく、触手が迫る気配がする。
もういい。このまま迎え撃とう。
「固有武装:鍵」
腕輪のダイヤルを回し、俺はこの場に適した「機能」へとカーソルを移動させる。
そのまま使う機能を決定。
...一旦のところはひとつで十分かな。
俺は岩から少し体を出し、周りを見る。
触手は俺の存在に気がついたのか、こちらを向いたあと、速度を上げて迫ってくる。
きゅる...くきゅらら!!
俺は走る。
岩を飛び出し、障害物を乗り越え、木を蹴り飛ばす。
もう数秒走れば触手は目の前。
あと少しで手を伸ばせば届く位置だ。
だが、俺の方も準備は整っている。
「...衝」
俺は迫る触手の正面に立ち、拳から腕全体にかけて力を込める。
機能名を呟くことでタイミングを測りながら、やつの触手に向けて拳を振るう。
機能名を言い終わるタイミングで、俺の拳と触手が接触直前になる。
ここだ。
俺の拳が接触した直後、物理的時間でコンマ数秒。
拳の先端から空気が張り裂けるような音とともに衝撃波がほとばしり、液体でできた触手を跡形もなく吹き飛ばした。
弾き飛ばされた液体たちはその場をうようよし、何をしていいのか分からない様子だ。
きゅららら!!
さっきから触手が動く時に聞こえる「きゅらら」という音がより大きく鳴ると、液体たちは一斉に集まって遠くにある蛸の本体らしきものと再び合体し始めた。
「これはラチがあかないね」
なるほどなるほど...?
媒介が不明な上、信じられないほど高い索敵能力に加え、たとえ跡形もなく吹き飛ばしたとしても再生を始める体...か。
「俺にはどうしようもないな」
だってあの「衝」が最高火力だもん。
厳密にはアレより少しだけ強くする方法が無いことはないが、方法がめんどくさい上、メリットが釣り合わない。
それにここではできない。
もっと広い場所があれは...。
それに、やつに対する攻撃は火力とはまた別の何かが必要な気がする...。
《今の音、ベロキの?》
お。
「そうです」
《お、意外と近いな》
ミクロさんだ。
今の音を聞いて通話をかけてきた。
少しずつ再生が進んで形が整ってきた触手に注意を向けつつ、ミクロさんの声にも耳を傾ける。
《鍵使ったのか?》
「使いました...粉微塵にしても再生するみたいです」
《半端な火力じゃ意味はない、ってことか》
「そうみたいです」
...まずいな。
触手の再生が完全に終わったみたいだ。
再び触手がこちらを向き、「きゅらら」と音を立てながら迫ってくる。
俺は再び拳を構え、いつでも撃てるようにする。
こうなったら仕方ない。
無駄だとしてももう一度吹き飛ばす!
「鍵...!」
カーソルはさっき使った「衝」のままだ。
そのまま機能を決定。
タイミングを見計ら...
ずしゃっ!!ずぼぼっ!!
「あ〜、こりゃ確かに粉微塵にしても意味ないな〜」
俺の目の前に何かが、土煙を立てながら落ちてきた。
触手ごと地面に叩きつけたそれは聞き覚えのある声を発する。
土煙が消えた先には、触手に剣を突き立てながらソレを踏みつけるミクロさんの姿があった。