黒い濃霧:その1
コスモの濃度を測るものなんていう製品は、世の中にごまんと転がっている。
掌に収まる平均サイズよりもコンパクトなものや、子供が学校の実験で使って「これがコスモ濃度です!」と学ぶためのモデル。
これはかなりお手頃で、性能を落とせばコンビニエンスストアでも購入できる。
半分スピリチュアルや陰謀論者に染まったような人が「これはコスモ濃度が濃くなったせいだ!」と思った時に使うような一般的なモデル。
これはそこそこ高くて、一般男性ひとりの2週間分の食費に匹敵する値段だ。
公的に使用される高級ラインの製品では、大量の空気を溜め込むために大きなタンクが付属していたり、杭を地面に打ち込んで地中の濃度を測るもの。
これはウワサによると5人が生涯に払う税金と値段が同じだそうだ。
このように、人間が日常的に使用するものに対して、それらのコスモの濃度を測る機械がある。
水、空気、ガス、土...など。
それくらい、コスモ濃度というものは人間という生物のの体調を左右する。
濃度が薄い分は問題ないのだが、これ濃度が高くなってしまうと大問題だ。(酸素と同じようなものであると考えてくれれば問題ない)
というわけで、集団で原因不明の体調不良が起こった時にコスモの濃度を測るのは最早セオリーになっているのだが、どういうわけかこの街は今日までコスモの濃度を測っていなかったらしい。
本来はコスモの濃度なんて人間になんとかできるシロモノではない。
普通ならコスモ濃度を測った後は、
「原因コスモだったよ、対策とか出来ないら病院の人たち治療を頑張ってね」
で終わりなのだが、今回はその「対策」が目の前にあるかもしれないのだ。
つまり、先程ベロキたちが遭遇した霧の周辺のコスモ濃度が高いということ、それ即ち霧を晴らせば新たな犠牲者を無くせるということになる。
アロが地面に簡易的な...しかし性能は保証されている大手メーカーの濃度計測器を地面に刺して計測を始める。
アロの持っているコスモ濃度計測器は、管とも針ともとれないような形状の部品に、画面がついていて、その画面の右上と左上からラッパ型の口がついている。
画面のグラフは見たこともない記号が基準となっていて、機械に精通していないと読み取れない。
針のようなものを地面に指すことで地中のコスモ濃度を、ラッパ型の口から空気を摂取して空気中のコスモ濃度を測ることができる。
頑張れば水中やガスのコスモ濃度も測れるが、安全が保証できないことや機械の故障の可能性がある。
ベロキたち3人がアロがコスモ濃度を測る様子を見守ってから1分。
2分...。
3分......。
4分.........。
無言の時間はさらに続いた。
アロ君がコスモ濃度を計測し始めてから6分。
今までこちらに背を向けてしゃがみ、黙って作業していたアロ君が立ち上がってこちらを振り返った。
「結果出ました」
計測は6分で終わった。
アロ君が持っていたものは掌に収まるコンパクトなサイズの簡易的なものだったが、話によれば性能は現行モデルの中では3番目にいいらしい。
もっと性能が良ければ計測に必要な時間が短縮されたりするのかな?
現行モデルの中では、ということは廃盤品もあるのか...なんて、業界の厳しさを思いつつ、アロ君の声に耳を傾ける。
「ビンゴですね。ここだけ濃度が高いので、明らかにあの霧が原因とみていいでしょう」
「よし、じゃあ中に入るか」
ミクロさんは霧の中に入ることを即決し、俺たちの方を振り返って手で招いてくる。
俺とリンさんは軽く持っている武器や装備の確認を済ませ、ミクロさんの後ろにつく。
「俺は遠くから観察しているので、あの霧は煮るなり焼くなりしてください」
アロ君の後押しを受け取り、俺たちはミクロさんを先頭に歩いていく。
ここで直ぐに霧に入るのが盛り上がるんだろうけど、残念ながら距離が2、300メートルあったので、2、3分歩くことになる。
霧の前にたどり着くと、ミクロさんがそそくさと中に入ってしまった。
後を追うように、俺とリンさんも霧に入る。
かくして、コスモ濃度の計測を終えた俺たちは、霧の中へと足を踏み入れた。
......通信機の動作確認をしてからね。
「...以外と暗くないんだね」
これが俺が霧に足を踏み入れた直後の感想だ。
てっきりもう少し視界が悪くなったり、月光が差し込んでこなかったりなどの要因で霧の中は暗いものだと思っていたが、いざ中に入ってみると...意外にも明るい。
水蒸気というのは、とてつもなく小さな水滴が沢山集まってできるものだ。
この黒い霧も例に漏れず、色が黒いだけの水蒸気だが、その水滴一つ一つがかなり大きい。
大きさは...そうだな。
人間の眼球とイコールの大きさだと見ていい。
それくらい、この水滴たちは大きい。
また普通、水滴というやつは透き通っているものだが、この水滴はどす黒い。ついでに粘度も高い。
つまり何が言いたいのかって、どす黒く透き通っていない、めちゃくちゃ大きな水滴が集まった霧だから中はたいそう暗いように見えるが、実際のところは明るかった、ということだ。
「視界悪いな...」
しかし、どんなに月光が差し込もうとも大きな水滴が無数に浮いているので視界が悪いことこの上ない。
暗い、とかそういう類のものではなくて、単純に邪魔、ということだ。
目で見える先をほとんどピンボールサイズの黒い球体が塞いでいる。
「ないよりマシだろ...オーサン、光灯してくれ」
『はいはい』
オーサンさんがミクロさんの肩あたりから青白く人間味のない肌をした顔がにょっと出し、半身をあらわす。
オーサンさんそのものが光源になり、周囲を照らすが...相変わらず黒い水滴は邪魔だ。
「さてミクロさん、これからどうするんです?...へ?」
「どうしようか...一旦別れて捜索でもしてみるか?......おっと?」
「そうですね...じゃあ私はこっち側を...ん?」
段々と、近くの水滴が合体していく。
2つだったものが1つになり、合わさったもの同士でまた1つになり。
眼球やピンボールサイズだったものがバスケットボールのサイズに、今度はデスクと同じくらいのサイズに...。
大きくなりすぎた液体たちは合わさる過程で「ぼちゃっ」という音を立てて地面に落ちて、落ちたもの同士でさらに合わさっていく。
「あ...」
そうして30秒も経たずに10メートルを越した水滴が今度はタコのような形を形成していく。
そしてその触手をこちらに伸ばして...。
「散開!一旦別れろ!」
「「はい!」」
さらに8つに伸ばして攻撃をしてきた。