正体?
「...今なんて?」
どうせこんな子供たちから有力な情報は得られないだろう、と俺は思っていた。
作業のような感じで話を聞いて、他の場所や人を探すつもりだった。
しかし、4人いた子供たちのうち、恐らく1番年齢が低い男の子の情報は、それはそれは役に立ちそうなものだった。
「...聞きそびれちゃったからもう1回言ってくれる?」
「だからー、おれが寝てて夜に起きちゃったときに、見えたんだよ」
「何がだっけ?」
「耳悪いの?大丈夫?...えっとね、黒い空が、もっと濃くなったの。アッチの方で」
彼が指さしたのは、街の郊外。
空港がある方とは真逆の、山のふもと、森の中。
山の高さは恐らく1000メートルないだろう。
だがその山が山脈の真似事をしたように連なっていて、山の向こう側はほとんど見えない。
丁度この街と都市部を隔てる壁のような役割をした山だ。
その山のふもとにはこれまた森...より規模は小さい、かなり大きい林のようなものがある。
全高の高い木が立ち並んだ、トゲトゲとした針葉樹林だ。
(空が黒くなった...か)
その子が語った奇妙だけれど無視のできない情報は、不思議とこの問題の解決策が隠れていると思わせてくれる。
確かに言葉足らずで分からない部分も多い。
だから実際に見ないといけないし、さらに調査も必要だと思う。
けど、こんなに怪しい情報、調べないわけにはいかない。
......よし。
今日の夜は山のふもとで徹夜だ。
と、いうわけで。
「夜に見張ってきますね」
「急展開すぎないか?」
俺は宿にいるミクロさんにそっくりそのまま全てを伝えた。
あの男の子が喋ってくれたことを。
宿は今どき珍しい木製で、ドアもうちの事務所と同じ手動のものだった。
机でなにやら書類をみたり、パソコンで何かカタカタやっているミクロさんは、ブルーライトカットのメガネを外して俺の方に振り向いてくる。
「えーとなになに...そのガキ曰く山の方の空が黒くなったと」
「はい」
ミクロさんは興味深そうに首を傾げる。
俺は机のすぐ隣においてあるベッドに腰掛けた。
...わぁ、事務所と比較にならないくらいフカフカだぁ...。
「恐らくそれの中心が山のふもとにある森だと」
「まあ...恐らく」
「んで、今日そこの見張りに行って真偽を確かめると」
「そうです」
「今から?」
「今からです。もう夕方ですし」
「わかった、行ってきな」
その後、ミクロさんは付け加えた。
「僕も興味あるからさ、もろもろやることが終わったら僕も向かうよ」
俺はミクロさんの許可をとり、見張り(もしくは調査ともいう)に向かうことになった。
俺は冷蔵庫にあった水分のボトルを1本取り出し、水の隣に置いてあった栄養食をたべる。
クッキーともパンともとれないような栄養食で奪われた口内の水分補うために、を口にボトルを開けて水を流し込んだ。
よし、これで暫く食事と水分補給はいらないかな。
俺はドアを開けて、街の郊外......例の森や山の方向に向かった。
突然だけど、殺し屋の依頼にはたまに「待ち」が必要な場合がある。
俺の場合は所属柄か潜入して毒とか、後ろからグサリとやって罪を擦り付ける、みたいな依頼が多かったが、「待ち」の必要な依頼もたまに舞い込んできていた。
いちばん大変だったのは、「夫に浮気されたから夫と浮気相手を殺ってほしい」「夫も浮気相手も中肉中背」「ふたりとも同じ会社で、大企業」...たしかこんな感じの依頼だった。
大企業の周辺となると、「中肉中背のカップル」なんていくらでもいるんだ。
探す根気のほか、本当にそれが本人なのかを確かめる「目」も必要だった。
懐かしいような思い出したくないような...ビルの前にあるカフェで延々と見張りを続け、それらしい人を見つけたら目を凝らして確認して...やっぱり思い出したくない。
え?今なにをしてるかって?
今俺は芝生に腰を下ろし、隣に一応なにかあった時のために水を置いて森の方にじっと目を凝らしている。
1時間に1度瞬きをして目が乾かないようにしている。
ここまでで3回瞬いたから、俺がここに来てから3時間以上経過したことになる。
現状、3時間経っても何も起こっていない。
隣にあった水を手に取って飲む。
そろそろミクロさん来るのかな?
来たら水でも分けてあげよ...。
......気配。
ミクロさんじゃない。
俺はゆっくりと後ろを振り返る。
身長は190...いや200cmあるな。
体はゴツそうだけど白いローブのような物を着ていて体のラインが掴めないし、顔もわからない。
声は低い。バリトンボイスといって差し支えない。
「ベロキ・ルキか...」
「...誰?」
俺は柄を取り出し、いつでも戦闘に入れるよう準備する。
コイツから感じる、明らかな「敵意」。
俺をぶっ殺そうとしてるのが丸わかりな殺意の漏れ方だ。
対抗するように、俺のほうも敵意を剥き出しにする。
この肌をヒリヒリと焼くような殺気。
久しぶりの感覚だ。
「まあ、貴様相手ならば隠す必要もないか...」
「......」
俺は柄を起動。刃を出す。
何だ?何をしてくる?
目を凝らしてやつを見る。
その瞬間、やつの右手が動いた。
ここ!
俺は地面を蹴ってやつを捕まえるために飛びかか...。
「あー......そういう感じね」
手足が動かない。
足元にある草が伸びて、俺の手足をガチガチに固めている。
恐らく何かしらの能力によるものだろう。
いや、考察なんてしても今はなんの意味もない。
奴がぐんぐん近づいてくる。
右手を振りかぶり、俺の心臓を貫かんとするやつの動きをよく観察し、タイミングをはかる。
.........。
今!
こっちにだって奥の手があるんだ。
俺は固定された足にこれでもかと力を込め、縛られた状態を左足だけ解放。
そして左足を上に上げ...地面を踏み抜こうとする。
「固有武....」
刹那、一陣の風が息吹く。
俺の心臓を貫かんと迫っていたやつの右手は肘あたりで両断され、鮮血が飛び散って地面に落ちる。
「......!!!」
「おいおい、タンマだタンマ」
聞き覚えのある声。
さっき、後で行くと約束してくれたあの人の声。
ミクロさんだった。