調査開始
俺たちは病院に足を踏み入れた。
病室は既に一杯で、勤務している医者や看護師がせわしなく動き回っている。
現状では治療法が確立されていないので、栄養点滴や免疫向上の薬を飲ませて延命を試みているらしい。
その点滴や薬も底を尽きかけていて、あとひと月持つかどうか...というところらしい。
と、いうのは案内してくれている町長から教えてもらったものだ。
スキンヘッドの医師と長髪の男性看護師という特徴的な見た目の2人に案内され、俺たちは病院の中を歩いていく。
時々小走りでやってくる看護師に道を譲ったり、人手が足りないのか偶に軽い荷物運びで中断されたり、想定よりも遥かに時間を食いながら病院内を進む。
エレベーターは人が一杯で使えないので階段を登り、最上階まで上がる。
この病室の最上階には治療のためではなく、ふたつ保護のための部屋がある。
本来はあまり使われない場所だが、今回ばかりは重要な人物を保護しているらしい。
「え...?治った人いるんですか?」
そう。
一人。たった一人だが、疫病の治療に成功したらしいのだ。
とはいえまだまだ元気な状態とは程遠く、体は衰弱しきっていて動けず、基本的に一日中睡眠をしているらしい。
「入ってください」
ドアの鍵が開かれ、俺たちはスキンヘッドこ医師にその部屋の中へと案内される。
窓は締め切ってシャッターが降りているその部屋は、電気の光でやや眩しく、その眩しさを一面真っ白な壁が助長する。
自然光のあった今までの廊下とは違い、人工物としての明るさに目がチカチカする。
...とはいえ数秒で目は慣れ、視界が鮮明になったとき、俺は今までの偏見を反省した。
まず部屋の中心にいる件の人物と思われる人は、まだ十歳に到達していないであろう少女だった。
少女は深い睡眠に入っていて、声をかけても揺さぶっても起きそうにない。
顔色は極めて悪く、汗をかきながら眠っている。
医師がハンカチで少女の額や頬についた汗を拭き取り、手首から脈をとる。
生存確認かな?
「眠っていますね。起床したらまたお呼びします」
その一言で俺たちは部屋から追い出され、ドアの鍵が閉められた。
俺たちは数秒、ドアの前で立ち尽した。
すると、長髪の看護師にバツが悪そうに声をかけられた。
「あのう....応接室に案内しましょうか?」
俺たちは一瞬顔を見合わせたが、話し合う前にアロ君が看護師に声をかけた。
「ご遺体の解剖許可を頂いているのですが、ご案内をお願いしてもよろしいですか?」
看護師は「確認します」と手元の端末を操作し始め、確認が取れたのかアロに向けて頷いた。
「他の方はどうしますか?」
とはいえ、アロ君以外の予定はこれっぽちもない。
俺たちは顔を見合わせて少し話す。
「じゃあ、私だけ彼女の起床を待つので、応接室に案内してください」
そうして、女児と話すのは女子がいいだろう、という浅はかな考えでリンさんが病院に留まることになった。
そして俺たちは最上階から1階まで階段で降り、途中で機器を受け取りに行ったアロ君、1階に降りてから同階にある応接室に向かうリンさんと別れ、俺たちは病院を出て、
「ベロキ......これからどうする?」
「どうしましょうかね...ミクロさん?」
途方に暮れた。
リンさんとアロ君は病院に残り、ミクロさんは宿の手続きに向かった。
やることが無くなった俺は、街中を歩き回ってみた。
そこまで広くない街だから、高台のような場所に行けば景色を一望できる。
住宅街、ビジネス街と左右に分かれていて、真ん中には飲食店や宿泊施設に公園。そしてさっきまでいた病院がある。
普通に営業しているお店や施設もあれば、店主が疫病にかかってしまったのか、営業を取りやめて閑散としたお店もある。
しかし、見る限りは元気な人たちのコミュニティは活気に満ちいている。
普通に働いている人、公園などで遊んでいる子供たち。
アロ君の言葉が思い出される。
(人同士の空気感染はないらしい)
普通、こういう病気というものは空気を介して広がりそうなものだが、どうやら別の要因らしい。
街の方でも原因を突き止めたいらしいが、あまりの患者の多さ、死亡者への対処などで手一杯、もともと入院していた重病を患った人の対応で手一杯。
アロが来たことでやっと解剖に回せる人材が登場した、ということらしい。
それにしても、情報がよく出回っている。
こういう騒動は大抵、どこから回ってきたのかも分からないようなデマが混乱を招き、最終的には誰も家から出ようとせずに活気が失われているものだと考えていた。
多分だけど、あの町長が優秀なんだろう。
「まあ、暇だとしても何もしないわけにもいかないからね...」
俺は聞き込みができそうな人を探す。
話しかけやすそうな、何か情報を貰えそうなひと......。
こういう時の対象は正直に答えてくれて、尚且つこっちを警戒してこないような人物が望ましい、というのがこれまでの経験からわかる。
住宅街は...警戒されそうだからダメ。
お店が立ち並ぶ通りは...一部を除いて閑散としていて人が少ないダメ(流石にカジノや強面の人がやってるお店に入る気にはならなかった)。
病院は論外。
あとは...公園?
俺は5分ほど歩いて公園に向かう。
見えてきたのは芝生なんて皆無で、錆び付いた鉄製の遊具と転んだら痛そうな砂利の地面で構成された公園...所謂昔ながらの公園だった。
公園の入口を通り、砂利に足を踏み入れる。
そして、長椅子に座り数人で話し込んでいる10歳頃の子供たちに話しかけた。
「やあ、ちょっと聞きたい事があるんだけど...いいよね?」
驚いたようにこちらを見て、おもむろに警戒したり大きい子を盾にして姿を隠す少年少女。
...いま思えば、このときの俺は少しだけ怖かったかもしれない。