少年、借り物の靴を脱ぐ その9
「おっじゃまっしまーす!」
あれから3日後の真っ昼間、リンさんがやってきた。
「久しぶり!ベロキ。」
「ああ、久しぶりだね。
....................髪、伸びた?」
2週間くらい会っていなかったから、少し髪が伸びていた。
黒とか茶色みたいな地毛だと気にならないけど、髪を赤く染めているリンさんは、毛が伸びたことがすごくよく目立つ。
「そりゃ伸びるわよ。」
あとは、肌が少しだけ黒くなっていた。
日焼けしたんだろう。
痛々しいような日焼けではないけれど、良い感じにこんがりと、褐色に染まっている。
それも、唯一、目の周りの部分だけがそのまま黒くなっていないことから、推察できることがある。
「ひょっとして、プールとか、行ったの?」
「海!」
やはり。
まあ、そんな所だろうと思った。
そういう所を好みそうな人だ。
ひとりで突っ込んで、美味しい物食べて、勝手に泳いで、勝手に困っていそうだ。
....................男の人に声をかけられて不機嫌になって帰ってくるところまでが、セットで見える。
リンさんは慣れた足つきで邸内を歩き、慣れた様子でステゴさんに挨拶。
ステゴさんとの関わりが長いからか、わざとらしいくらいにステゴさんの機嫌を立てるセリフをバンバン言ってゆく。
さすがにわざとらしいだろとか思っていたら、ステゴさんはわかりやすいく嬉しそうなことを態度に出した。
この人もバカだなと思ったが、口には出さないでおいた。
またぶん殴られるのはゴメンだ。
そしてリンさんは、連れられてきた部屋が俺との同室であることに、口を尖らせてぶつくさ文句を垂れた。
「ムトゥガさん?あたしひとりで寝たいんですけど。」
「申し訳ありません、ヒュドラ戦のための物資を保管する場所の関係で、これ以上の部屋がないのです。
....................一応、リン様の使用される弾丸たちも保管させて頂いております。」
「はぁ、わかったわ。
それで今年も使うの?"煌熱火薬"。」
「旦那様よりお話があるかと。」
「わかったわ。」
案外あっさりと引き下がったことに驚いたが、なにか訳がありそうだった。
その後は、ステゴさんに「後で呼ぶ」と言われていたので、部屋で呼ばれるまでを待つことにした。
実態としては、主に、バズーカをメンテナンスしながら矢継ぎ早に話を振ってくるリンさんの話を流し聞きしていた。
話題の数は多いけど、話の内容は全く深くないので、彼女の話題は1時間くらいで尽きた。
それでも呼ばれなかったので、リンさんが持ってきたタブレットを使って、一緒に映画を見た。
まんじゅうのような外見をしたキャラクターたちが、怪物と戦うという内容の映画だ。
子供向けな絵柄だけど、かなりハードな内容で面白かったのを覚えている。
相棒ポジションのキャラクターが「ぐしゃっ」という音とともに叩き潰されるシーンは衝撃だった。
それが終わっても呼ばれなかったので、映画中にも食べ終わらなかったお菓子とジュースをオカズに、また駄弁っていた。
俺の話題が主だったけど、土塊観音の攻略をした時の話は真面目に聞いてくれた。
いわく、リンさんは最後まで観音が突破出来なかったそうだ。
それを境に段々と、真面目な話になった。
三心の話はした。
リンさんは、「呼魔」「庭」「纏」をよく使うらしく、むしろそれ以外はほとんど使わない関係上、上手く使えないらしい。
言われてみれば、狙撃手に「崩」などは必要ない。
「なんで「纏」は使えるの?」
と聞いてみたところ、どうやら「纏」は、ヒュドラ戦の生命線らしい。
詳しい説明は後でされるということだ。
1度真面目なことに話題が傾くと、ふざけた話は出てこない。
そして、話題も尽きない。
話題が、俺の受けた筆記試験で出題された問題に関する話題に移った辺りで、フスマの向こう側から使用人さんの声がかけられた。
時刻は午後の5時。
ついに、俺たちは呼び出された。
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場所は、ステゴさんと初めて面会したあの大広間だった。
メンバーは敬称略で、「俺」「リン」「ステゴ」「ペラル」「フォーザッツ」の5人だ。
ヴィレ君は居ないのかと聞いてみると、俺もついて行くと言って聞かないから、奥さんに頼んで、無理やり家に置いてきたそうだ。
俺だって彼を生死の絡む戦闘には巻き込みたくない。
賛成だ。
次にヴィレ君と会う時は、勝どきを挙げる宴会のときだろう。
宴会があるかどうかは置いておいてね。
どうやらリンさんは思ったよりも、ここのメンバーとの縁が深いらしい。
フォーザッツさんとも普通に挨拶を交わしているし、ペラルさんとは「ペラルちゃん」「リンちゃん」と呼び合う仲らしい。
ふたりはステゴさんが遅れてやってくるまで、やかましく話していた。
テンションが、高い。
「ここでオイラがババァンと登場よ!!」
妙にぶち上げられたテンションでステゴさんがやってくると、場の空気が収まった。
ステゴさんが手に書類束を持っていることと、追従する使用人さんたちが、明らかに危険物である物を台車に乗せていることが原因だった。
ここにいる全員が、今から真面目な会議が始まるんだと確信したんだろう。
無論、俺もそのひとりだ。
「よーしよし、全然揃ってんな。遅くなっちまって悪ぃ悪ぃ。」
ステゴさんは部屋の一番奥へと歩いてゆき、そこに座った。
普段はヘラヘラしている人だけど、こうやって真面目な顔をして座っていると、なかなかいい画になるな。
今この瞬間、俺の中でのステゴさんの評価が、意地悪なジジイから、やるときはやるジジイに格上された。
「よし、始めっか。作戦会議。」
最初の議題は、何を隠そう標的そのものである、「轟蒼鱗増頭地竜」についてだ。
マリンヒュドラは、全長50メートルから70メートルの大型怪獣。
危険度ランクは、氷蛇と同等。
ランクに反してやや体躯の小さな生物だけど、ヒュドラにはあまりにも長い首がある。
その首を一番上まで持ってゆくと、全高は45メートルを超えることもあるらしい。
結構、大きい。
ちなみ、に俺たちが遭遇した個体....................もとい、今回の標的となる個体の全長は64メートル。
全高はおそらく、38メートルくらいになる。
平均よりは大きいが、最大サイズではない。
そのくらいの規模感だ。
やつの特徴その1。
全身を覆う蒼い鱗。
この鱗は、非常に高い耐久度を持つ。
衝撃に強い鱗であることは間違いがないのだが、問題はその強度の方向性だ。
鉄の強度よりゴムの強度が近い、という例えがわかりやすいだろう。
衝撃を分散し、受け流す構造になっているのだ。
またこの鱗は、低音に強い。
逆に言えば、高音には弱いというわけだ。
やつの特徴その2。
やつには視力がない。
視力のかわりに、コウモリのような反響定位を用いて、周囲の情報を把握する。
頭部には目のような器官があるが、あれは目ではなく、反響してきた音波を感知するための器官だ。
ちなみに、額にも同じものがあるので、見る方向によっては三ツ目のリュウズに見えないことも無い。
やつが反応する音と反応しない音があり、反応する音を出さなければ基本的には人畜無害だ。
ちなみに反応する音というのは、戦闘音を中心とした痛みを連想させる音。
なかには、木こりの人のチェンソーの音まで含まれているらしい。
やつの特徴その3。
咆哮。
やはり、これが一番の特徴だろう。
やつの名前の頭文字にもなっている「轟」の由来そのものだ。
強靭な声帯から凄まじい声量の咆哮を放つ攻撃だ。
巻き込まれた生物の五感を狂わせ、平衡感覚や聴力を奪う。
なお、これは対策が可能だ。(後述)
また、それだけでなく、この咆哮は「波動を用いた攻撃」としての側面もある。
この咆哮それ自体が暴風のような作用をし、絶大な破壊力を持つのだ。
いつぞやのバクという怪獣の、上位互換的な攻撃性能といえる。
「ヒュドラのこたぁ、こんな感じだぁな。
ベロキは初めてだろうが....................まぁ、数分やり合えばわかるぜ。
ハチャメチャにやべぇ生きモンだが、勝てねぇ相手じゃねえ
さ。」
ステゴさんはそれだけ言うと、自分の隣に置かれた大きなダンボールをポンポンと叩いた。
ダンボールの側面には、俺も見たことがある武装製造メーカーのロゴが書かれている。
あのロゴはたしか、「不定形火薬」を製造している会社のものだ。
「さて、やることは基本的にいつも通りだ。
まずは、奴さんの聴覚を狂わせる。
....................コイツを使ってな。」
ステゴさんは砂の刃でダンボールに貼られたテープを剥がし、それを開封した。
その中から出てきたのは、ピストルのマガジンにも似た部品だった。
これは見たことがある。
カタログで見た、「ダンガン」タイプの「定型火薬」に似ているのだ。
コスモスさんが使っているピストルに、似たようなものがつけられていた。
ちなみに、使ったことはない。
この間ステゴさんに使ったのは、普通の弾だ。
理由は、「定型火薬」の弾速が遅いからに他ならない。
「コイツぁ、『破音弾』。
耳鳴りみてぇな音を鳴らす銃の弾丸だ。
ちなみに、オイラたち人間はこの耳栓で耳鳴りを無効化できる。」
そして、その耳栓とやらが全員に配られた。
ステゴさんが砂を操ってそれを掴んで、俺たちの前まで運んでくれる。
絵面がちょっとだけ面白いけれど、物凄く高度で器用なことをやっている。
俺もそれを受け取り、後で試しにつけてみようと思ってポケットへ仕舞った。
「こいつを、ベロキとフォーザッツとペラルに使ってもらう。
スピンがいりゃぁアイツに全部任せるんだが、あいにく今年はいねぇんだわな。」
そして、破音弾が俺たちへ手渡された。
これは破音弾実物ではなく、マガジンの中からボムを生み出す仕組みになっているらしい。
と、いうことは。
これを使うためには、ピストルが必須だということだ。
またひと枠、何を開けるか考えなければ。
「再使用時間もあるからよ、合図は任せる。
ソレの音は1発につき1分持続するからよ、ふたりで交代しながらうまく使ってくれ。」
「「了解」」
「それと、リン。いつものだ。」
「ありがとうございます。」
リンさんにも、何かのマガジンが手渡された。
俺たちのものよりもずっと大きいから、きっとあれはバズーカのためのマガジンなのだろう。
「さて。配るモンも配ったし、他のことを話すか。
まず、決行は明日の夜中にする。
理由は、あの森の夜中にはほとんど他の怪獣が出ねえからだ。
....................異論はねえな?」
沈黙が場を支配する。
異論が生まれなかったので、ステゴさんは説明を次段階へ進めた。
「ベロキは知らねえだろうから言っとくが、アイツの咆哮によるデバフは、「纏」でまるきり打ち消せる。」
「えっ、そうなんですか?」
「理由は....................まぁ、長々と説明してもあんまし意味無ぇな。
まあなんだ、戦闘中に「纏」を切らすんじゃねえぜ。」
「ちなみに、戦闘時間は....................?」
「決して短ぇとは思わねぇことだ。」
短くは、ないのか。
そうだな....................まあ、1時間くらいなら問題はないだろう。
「それで今年はミクロがいねぇわけだが....................。
フォーザッツ、奴さんの首なんて切ろうとするんじゃねえぜ。
オイラの人生の中でも、アレの首を切れる剣士なんてのはバカな息子しか見たことがねえ。」
「肝に銘じておきます。」
「ベロキもだ。余計な要素も増やしたくねぇから「排撃」を使うことも考えなくていいぜ。」
「はい。」
「リンはいつも通り..........と言いてえところだが、可能な限り攻撃の頻度を上げろ。
オイラも歳だからな。全開で観音を使い続けるわけにもいかねんだ。
....................ペラルはまぁ、普段通りで。」
「はい。」
「おっけー。」
「そんじゃ、詳しいことを話していこうか。」
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1時間くらいで会議は終わり、解散となった。
フォーザッツさんは帰り、俺たちも与えられている部屋へ戻った。
リンさんは明日に備えて寝るというので、俺も一緒のタイミングで、早めに寝ることにした。
風呂や歯磨きなどを済ませて、電気を消して暗くして、それで布団へ潜り込む。
準備が整ったので寝ようとすると、俺の枕元に置いてあるスマートフォンが音を立てて震えた。
こんな時間になんだと思って画面を開くと、テレフォンのマークが映っている。
電話だった。
リンさんに断りを入れて部屋から出て、廊下でもう一度画面を見る。
そこには、ヴィレ君の名前が映されていた。
「あぁ....................。」
正直、ちょっと迷った。
俺が出ていいのかもわからないし、電話で話すことが良い方向へ結ばれるのかもわからない。
ひょっとしたら喧嘩の相談かもしれないし、深刻な話題かもしれない。
フォーザッツさんはヴィレ君と軽い揉め事を起こしてからここに来たらしいから、九分九厘それの話題だと確信しているわけだけど。
「もしもし。俺だけど。」
迷った末、俺は電話に出た。
「俺、行きたい。」
彼なりの真面目さを見せたいのか、彼は英語で話しかけてきた。
あぁ、やっぱりそういうことかと思った。
多分彼は、帰宅してきたお父さんにもう一度願い出たんだろう。
それすら却下されて、たぶんもう一度喧嘩した。
で、連絡先を知っている俺のところに来た。
俺からフォーザッツさんを説得してもらおうとしているんだろうか。
俺には自分から死に場所に身を飛び込ませようとする気持ちは理解できないけれど、ダメだ。
だから、キッパリと言わなければならない。
「ダメだ。」
「なんで。」
「君を死なせたくない。」
「戦える。邪魔、ならない。」
「それでもダメだ。」
しばらく、彼は無言になった。
なにか言いにくそうにしているような。
それとも、攻め口を見つけ損ねているのだろうか。
そこまでして、戦闘に参加したいのか。
「俺、強くない?」
「うん。弱い。」
「お父さんの邪魔、なる?」
「フォーザッツさんは言いにくそうだけど。
たぶん、邪魔になる。」
「うそ?」
「嘘はつかない。」
ひとつずつ、逃げ道をつぶして行く。
お父さんは優しいから言いにくいんだろうけど、俺は彼の親でも兄でもない。
申し訳ないけど、厳しくする。
そこまで必死なさまを見ていると、心が少しだけ痛くなる。
けど、どうせ俺はここを去れば彼には会わないのだ。
厳しく行く。
「....................そうなんだ。そっか。」
「ごめんね。君は家にいてくれ。」
「わかった。」
ピロン、と。
哀愁漂う音色で電話が切られた。
俺はすごく陰鬱な気分で布団に倒れ込み、そのまま眠りについた。
起きても、洗顔しても、歯を磨いても、ものを食べても、その嫌な気分は晴れない。
何事もなく、夜が明けて。
ふたたび夜がやってきた。




