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人格チューブ

作者: ウォーカー

 人間、この世に生まれたからには、いつか終わりがやってくる。

老化、病、事故。いずれにせよ、死から逃れることはできない。


 ところが、ある科学者が、

そんな人間の宿命を変えてしまうような発明をした。

その名も、人格チューブ。

人格チューブとは、人間の人格を抽出して保存しておくもの。

仕組みはその科学者以外には理解も及ばないものだが、

見てくれは、生きた人間の鼻やら口やらにチューブを突っ込み、

まるで掃除機のように脳だの内臓だのを吸い出す残酷なもの。

人格の中身を吸い出された体は、白目を剥いて死んでしまう。

しかし、人格はチューブの中に保存され生きているという。

吸い出した人格を別の人間の体に入れ替えれば、

人格は体を得て蘇ることができるというわけだ。


 こんな粗雑で危険な人格チューブだが、

発表と同時に、世界中から問い合わせが殺到した。

問い合わせてきたのは、世界の名だたる名士たち。

例えば、ある富豪は、ありあまる金を持ちながら、老い先短い身で、

人格チューブで人格を取り出し、

若く健康な体を手に入れたいということだった。

あるいは、ある政治家は、築き上げた権力を失いたくないと、

人格チューブで若い体に入れ替わりたいという。

また別の問い合わせでは、不治の病に伏せる母親を救いたいという、

無名の幼い子供からの懸命の願いもあった。

このようにして、人格チューブで老化や死から逃れたいという、

似たような問い合わせが多数、科学者のところに寄せられた。

歳を取りたくない。死にたくない。人間の願望は似たようなもの。

だが、人格チューブには多額の費用がかかり、数も限られていることから、

被験者は全て富豪や権力者から選ばれることになった。

人格チューブは人格を抜き取るというが、見方を変えれば人を死なせるもの。

そんなものを使用する認可を得るのにも、富豪や権力者は都合が良かった。

そうして、その中から選ばれた恵まれた100人が、

人格チューブの最初の被験者になることになった。


 人格チューブが実際に使用されることが決まって、

話はトントン拍子に進んでいった。

人格チューブの被験者に応募した富豪や権力者たちの中には、

老化や重病によって明日の命も知れない人たちもいたから、

特例的に法的倫理的問題は除外され、すぐに人格抽出が行われることになった。

鼻やら口やら体中にチューブを付けられ、人格が抽出されていく。

ずぞぞぞぞぞ。ずぼぼぼぼぼ。

得も言われぬ不快な音と共に、

内臓やら脳やらに混ざった人格が吸い出されていく。

吸い出された人格は、太いチューブを通して、

薬品を入れておくチューブの容器に収められていった。

人格を抜き出した後の人体は、新たに人格を入れ直さなければ、

すぐに死んでしまう。

亡骸は丁重に供養され、

しかし人格チューブによって死からは逃れられたと、

お祝いが行われるのだった。

そうして、最初の100人の人格抽出が終わり、

100本の人格チューブが出来上がった。


 100人が人格抽出によって人格チューブとなったことは、

すぐにニュースとなって世界中を駆け巡った。

科学技術の進歩は、とうとう人間に死という概念を克服させた。

人格チューブは世間の人たちからおおよそ好意的に受け取られた。

我も我もと人格チューブの希望者は絶えなかったが、

人格チューブの保管には大掛かりな装置と細心の注意が必要だったため、

ひとまずは100人を上限として新たな被験者は選ばれなかった。

ある希望者などは、人格チューブを使わせて欲しいと、

地に頭を擦り付けて懇願し、そのまま亡くなっていた。

そんなものだから、人格チューブとなった100人は、羨望の的だった。


 それからしばらくして、人格チューブとなった100人は、

未だチューブのままだった。

なにせ人格チューブから人間に戻るには、

若く健康で、それでいて自分の人格は吸い出してもいいという、

いくつもの条件が整った被験者が必要になる。

法的倫理的問題は解決されたとはいっても、

人格チューブによる人格抽出は、本人の確実な同意がなくては行えない。

借金の支払いの代わりなど、本人の意思に沿わないやり方は許されない。

そんな特異な被験者は、そうは現れない。

また、半ば自殺の方法として人格抽出を望む被験者もいたが、

人格チューブの人格注入には使えなかった。

生きる気力を失った人の体は、生気が失われているため、

人格チューブの人格を注入しても長生きできないからということだからだ。

結局、人格を入れ替える体の条件が整うことは無く、

人格チューブとなった100人はチューブのままだった。


 世界から100人の富豪と権力者がいなくなっても、

残った世界は止まらない。

世界は平和と争いを綯い交ぜにし、醜く汚れた流れとなっていく。

ある時、世界中で大きな戦争が起こった。

またある時、世界中で悪い病気が流行した。

それらが終わったかと思えば、

今度は世界経済が大きく混乱する事態となった。

いずれの場合も、たくさんの人が死に、たくさんの富が失われた。

しかし、そんな災厄の最中でも、

100人の人格チューブは厳重に保管されていた。

人格チューブには戦火は及ばず、病気や不況とも無縁でいられた。

まるで方舟に乗った人たちのように、安全な時間を過ごしていた。


 それからもっともっと、遥かな時間が経過した。

人は憎しみ争い合いながらも、科学技術や医療はめざましく進歩していった。

今や人は月に旅行できるようになり、

あらゆる病気、それこそ老化すらも克服することが可能になった。

それも安価で極簡単な療法によって。

それにより、人間は老死や病死、怪我によって死ぬことが無くなった。

体も若く健康なままで過ごすことができる。

不老不死の実現。

それでも心などに問題を抱えていた人たちは、

薬物などの療法によって健康を取り戻すことができるようになった。

今の世になって人の死というのは、

人生に満足して自ら眠りにつくことを指すようになった。

それでも体は保存されて、いつでも生き返ることができる。

だから死は永遠ではなく睡眠の一種のようなものになった。

増え続ける人口に対抗するために、地球は上空から地下深くまで開発され、

次は月すら住居とされようとしていた。

富は増え続け、差はあるが世界中の人々が富の恩恵を受けられるようになった。

人が不老不死となり、すっかり忘れ去られていたのは、

人格チューブとなったあの100人の富豪と権力者たちだった。

今や人間は不老不死を手に入れた。

しかし、新しく人格を注入するための人体を作ることはできなかった。

先に不老不死が確立されてしまったので、その必要がなかったからだ。

そうなると困るのは、人格チューブになった100人の人たち。

世には不老不死の人たちが溢れているのに、余った体はない。

人格を注入するための体は作られず、体を提供してくれる人もいるはずもない。

当初は方舟に乗ることを許された幸運の100人だったはずが、

今は誰からも顧みられることもないただのチューブ。

科学者たちが書類に視線を落としながら、人格チューブを指す。

「あのチューブ、何のために保管してるんだったかね?」

「さあ?私は知らないけど。誰か知ってる人に聞けば?」

「そんなに急ぎでもないし、とりあえずこのまま保管しておけばいいか。」

科学者たちは人格チューブには目もくれず、部屋を出ていった。

方舟に残された100本の人格チューブ。

かつては死を超越したと持て囃された100人の富豪と権力者たちは、

今や貧乏人にも劣る体で、誰にも顧みられることなく、

ひっそりと静かな余生を過ごしていた。



終わり。


 心と体を分離させたらどうなるだろう。

人は死を超越できるようになるだろうか。

そう思って、この話を考え始めました。


もしも心を抽出して保存できたとしても、蘇るには空っぽの体が必要。

そんなものを提供してくれる人がそういるとは思えない。

あるいは不老不死や長寿のほうが先に達成されるかも。

なぜなら、科学技術はいつも新しいものに淘汰されていくものだから。

大金を出して先に手に入れた方が有利とは限らない。

そんなわけで、100本の人格チューブは、忘れられゆく存在となりました。


お読み頂きありがとうございました。


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