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死中の水際

 ――ICファイナルラウンド


 ゲームが佳境であるという予測は正しかった。あのフィールドが削られて行く仕掛けは、ラストへ向けての演出だったのだ。恐らく、このだだっ広い空間が最終決戦の場になるのだろう。

 

 システムメッセージがもたらした事実に緊張が高まる。左腕を大きく負傷した俺は止まる事のない出血に目をやった。この出血量でいつまで体力が保つだろうか。もはや左手は使い物にならない。


 柱からそっと顔を出し、周囲の様子を伺う。緊張した俺の耳朶を叩く無情な銃声が響いた。先ほどまでの恐怖が呼び起こされるが、自分どころか周囲にも着弾は見受けられない。それを確認したところで再度銃声が響く。別のところで銃撃戦の戦端が開かれたようだ。

 

「一体何人残ってるんだ?」


 相も変わらず、判断材料を満足に与えられてはおらず、答えの見出せぬ問いを突きつけられる。しかし、俺は逡巡に捉われる事はしない。今までの死闘で学んだ事、それはこのゲームでの様々な思考が、答えが出せないと言う点で、下手の考え休むに似たりだと言う事だ。大事なのは可能性の考慮。今自分が考えられる範囲であらゆる可能性を考慮し、どんな自体にも柔軟に対応できるように心積もりをしておく事だ。

 

 相手の能力は自分と同程度のはず。ならば変わるのは周囲の状況と、このゲームが始まってから得た経験のみ。加えて問われるとすれば、その場の即応力と思い切りの良さじゃないだろうか。


 どちらにせよ、俺は動くしかなかった。止まらぬ出血は俺の体力に制限時間があることを示している。失血がある程度の量まで達すれば体力の低下だけでなく、意識を保っていられるかも怪しいし、敵の同士討ちを脇目に守りに入る事も、俺の周りの夥しい血溜りを見れば、不可能な事は火を見るより明らかだ。手負いの獲物がここにいますよ、とアピールしている隻腕の俺など、格好の的だ。


 一方的に標的にされる前に動く。銃声の反響を頼りに、なるべく敵の居なさそうなところを探して勘を働かせた。ハンディのある俺が勝機を見出せるのは敵の戦いの横っ面を不意打ちする事のみ。やる事が定まれば、やらなきゃならない事も自ずから見えてくる。銃把を右手のみで固く握り締め、死の弾丸が踊るリアルの最前線へとまろびでた。


 壁に身を寄せ、戦場を駆ける。命を奪う轟音が大気を揺るがし、目に見えぬ張り詰めた空気を醸し出す。回廊に上がる階段の下に転がっているのは弱者の烙印を押されたモノだ。


 血溜りに溺れ分解を待つ身となった黒い屍体が、次の瞬間の我が身であらぬ様にと祈る。圧倒的な物質とエネルギーに囲まれ、実質の不老不死とでも言った生命環境を為し得た今の人類は祈るべき神など持たず、それに類するものも古典の中にしか知らない。それでも俺は祈った。己が力が及ばず、自らの命の灯火が風前にさらされたとき、人に出来る事など、存在を認めていない超次元の「なにか」にすがる事だけなのだろうか。それがこのゲームで得られるリアルだとしたら、そのリアルを人類は文明の進歩の糧にし、いつの間にか捨ててきてしまった。


 回廊への階段を八分程駆け上がったところで、取り留めもない思考をやめる。階段の先、回廊の踊り場に黒い影が過ぎったからだ。階下の黒い死体を作り出した奴か。


 慎重に様子を伺い、銃を構える。恐らくその黒い敵が居るであろう方向から銃声が何度となく響いた。交戦中なのか、それとも周囲への牽制か。先ほどまでと比べ、ラストステージの広大な空間に響く銃声の数は減っていた。もう残りの敵もそう多くはないだろう。


 不意を突く事ができなければ、その時点で俺の命は弾丸の錆となって消える。思考はそのスピードを速め、ありとあらゆる可能性を洗い出し、命のチップを載せる切り札を持つ役を探し出す。敵の残弾は何発か。交戦しているのであれば、その敵はどの辺りに身を潜めているのか。反響から判断して、まだ一階部分に残っていそうだが。血痕を利用したブービートラップは今この状況で使えるか。思考の分岐は、道を違えれば即、死に繋がる非情な迷宮だ。そして、また俺だけでなく、敵もその迷宮を彷徨っている。


 ふと、銃声が止んだ。一瞬間が開き、続いてガチャリと僅かな金属音。これは俺にとっての福音で、目の前の回廊に構え階下の敵と交戦を続ける敵にとっては、背後に迫る死神の足音になろうか。

 

 銃声が再び響く。まだ、階下の敵との決着はつかないようだ。大気を振るわせる音はその回数を重ねていく。五発六発。片手でしっかりと照準を定められるか。その点に不安が残るのなら、可能な限り接敵するしかあるまい。八発。階段に息を潜め、銃声を聞き漏らさぬよう、数え間違えぬよう全神経を張り詰める。九発十発。


 足音を立てず、極力すばやい身のこなしで、回廊への残り数段を駆け上がる。階段と回廊を繋ぐ踊り場に身を躍らせ瞬時に周囲を見渡す。仕掛けを誘う、十一発目の銃声が左の耳を、刹那後れて右耳を震わせた。使える腕と逆方向に敵が潜んでいた事に舌打ちを一つ。急いで体を回転、右肩を突き出すようにして、黒い影を捉える。そこには階下の敵と今正に交戦をしている敵の姿があった。


 敵の持つ銃は、格子状の支柱を設けた手すりの隙間から階下の敵を射止めようと、その銃口が突き出されていた。瞬時にこちらの存在に気づいた敵はしかし、その銃口をこちらには向けなかった。いや正確には向けられなかったというべきか。今眼前の敵が握る銃の弾倉から発射された銃弾は計十一発。すなわち残る弾丸は一発のみ。


 自分を狙う敵が、銃口を向けた階下の正面に一人と、突如現れ不意を突かれた側面の一人。対して己が銃弾は一発のみ。こんな問いを突きつけられた人間は、どう答えを導き出すか。コレは簡単に正解の出せる問いではないだろう。コレが零発であれば、すぐさま、次の銃に切り替えるという判断もできたかもしれない。しかし、弾は残っている。たった一発とはいえ残っているのだ。その事実がきつく思考を縛る。とりあえず、この一発を撃ってしまうか。それにしてもどちらに、と言った具合に。


 状況を整理できる余裕があった上で、どれだけの時間を思考に費やせばベストな答えにたどり着けるか。少なくとも俺には瞬時に正しい判断など出来ない。そう、俺には出来ない。それだけでお釣りが出るほど十分だ。


 体は動かさず、顔だけをこちらに向けた黒い敵が体が強張らせたのが判った。瞳を持たない視線が俺を射抜き、それに呼応するかのように、俺の人差し指が命を摘んだ。銃から遡る反動が、右腕を貫き、左肩の傷口を抉る。痛みに耐えながら俺は勝利を辛くも得た。


 たった一発の銃撃の反動で暴れる痛みを、必至に奥歯でかみ殺し、思考を切り替える。目の前の敵を一人殺っただけで、まだ、なにも終わってはいないのだ。身を低くし、斃した敵から銃を回収する俺の身を、階下からの銃弾が襲う。回廊の欄干や壁を乾いた音ともに銃弾が幾度と叩いた。


 跳弾を恐れた俺は、開けた回廊から階段部分まで後退しようと、慎重に身を起こした。姿勢を低く保ち、一歩を踏み出したその瞬間、突如視界が歪む。足元に出来た自らの血痕が、この世界を構築するモノクロと同化していく様に、鮮やかだった赤の色味を失う。二歩目の左足がふらつき縺れた。上体を支えきれなくなり、のめり込む様にして倒れる。転びながら、尚視界は霞み、意識が失われていくのを、おかしな話だが、しっかりと感じた。


「あぁ、くそっ……た……」


 狭まっていく視界。依然として欄干を叩く、乾いた銃声を最後に俺の意識は閉じようとしていた。


 何も無くなった世界。ただただ広がる虚無の海。そして、そこに、その虚無する感じることなくたゆたう俺の意識がぽつねんと。


 衝撃。


 真っ暗な無の世界に落ちた意識を、鋭い衝撃が揺さぶる。閃光となった衝撃は、暗闇を易々と放射状に切り裂くと、俺の意識を無から強引に引っ張り挙げる。その段になり、その衝撃が左肩に走る激痛だと言う事に気づき、俺は無意識に悲鳴を上げた。


「ぐぁあぁっ!!」

 

 一度は開いた眼を、痛みで瞑りながらも俺は死の淵から這い上がった。左肩から倒れこんだ俺は幸運にも痛みで意識を繋ぎとめたのだ。しかし、意識が復活した所為で鮮明になった痛みは尚も俺を蝕み、生き残った事が幸か不幸かを定かではなくする。そして続き、俺の意識を叩いた敵の銃声は、戦いが未だ終わっておらず、意識を失いかけても尚休む事は許されないのだと、無慈悲に告げる。


 いっその事、あの虚無の海に身を浮かべていられたら、痛みからも恐怖からも解放されるんじゃないか。死の甘美な誘いが俺の意思を挫こうと、その歯牙を研いで待っている。しかし、意識を失っても、硬く握った銃把を手放そうとしなかった右手を見て、生への執着が蘇った。

 失血によって朦朧とし、弱った思考をそれでも突き動かすのは、希望溢れる生への渇きなどではない。ただひたすらに溢れる、死への根源的な恐怖だ。一方的に命を蹂躙される、先ほどの記憶が、俺の中の恐怖をかき回した。


 ちらつく視界とおぼつかない足取り。命の終わりへの刻限は確実に迫っていた。まだ、戦わねばならない。この体でどうやって、敵を倒せばいいのか。もう考える余地のないほど、絶望的な状況だった。加えて、俺には長々と戦術を練る時間も、逃げ隠れる時間も与えられてはいない。満足に動かぬ体をして、それでもこちらから仕掛けなければならない。後数分も経たないうちに流れ出る血液と共に命を失う身だからだ。


 左腕は動かず、右腕は銃を手放せない。満足に階段を下りることすらできない足取りで、手すりもつかめず、壁に身を寄せながら俺は上部構造の回廊を降りた。上に居ては攻撃の決め手に欠ける。柱の影に隠れた敵と、欄干の陰に隠れて打ち合っても、弾丸と限りある命を消耗させるだけで勝てはしない。勝てはしないということはつまり負けで、つまり死だ。

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