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終焉の除幕

 獲物の目を欺き、鼻と耳で獲物を探り出す。チップに替えた自分の命を餌に、敵をおびき出しては、裏をかき、生命の鼓動をクロガネの弾丸で撃ち抜く、そうして得られるのは自らの命の延命とリアル。


 脳漿と弾丸、血溜まりと策略、駆け引きと自己猜疑。ここにあるのは闘争と生命と己のみ。


 リアルを得るための究極の闘争は佳境を迎えていた。


 六人目の敵の頭蓋を真後ろから撃ち抜いた後、俺は今使っている銃の全弾を撃ち尽くした事を一度マガジンを抜いて確かめ、使い終わった銃をパンツのスリットに差すと、敵から奪った新たな銃を構える。これで残りの銃は三丁。ここまでで、撃った弾丸の数は、十二発。屠った黒い敵は六人。その代償は両大腿部の擦過傷と右の八重歯が一本。かなり上出来な範疇だろう。


 敵の正体にあたりをつけた後、どう動くか、多少の迷いがあったのだが、その後遭遇した三人中二人が丸腰だったのは幸運だろう。


 しかし、そんな幸運がこの先も続くなんて甘い見通しは立てられない。なぜならこのゲームのシステム上、時間が経つ毎に敗者が淘汰され、強者たちによる殺戮が繰り広げられるようになるからだ。


 そして、それは、奪った装備の潤沢さや、戦いの経験を積み上げているというだけの事を意味しない。


 このゲームの真のカラクリに気づき、それを利用したゲーム運びができるか。それが真の意味で淘汰をくぐり抜けたことのできている強者である。


 すっかり慣れた、自分の死角を気遣いつつほんの僅かな違和感も漏らすことなく周囲の状況を把握する、策敵。身を守りながらすぐさま戦闘に移行できるように心身を緊張させ、無機質な白と黒の世界を歩む。

 

 その時ゲームが大きく動く。その兆しは、敵の放つ小さな物音も聞き漏らすまいと、気を張る俺の耳に飛び込んできた轟音だった。


 この世界に響く、銃声でも、討たれた者が世界から排除される異音でもない。音量もさることながら、身を震わせる空気の衝撃を伴って世界が響く。そして、音響に呼応するように、足下の大地が震える。


 突然の出来事に、混乱し立ち尽くす俺だったが、すぐさま大きくなる震えに足を取られ、その場で倒れ込んだ。


 事態を把握しようと、周囲を見回せば、驚愕の光景が俺を飲み込もうと背後に迫っていることに気づく。


 白い構造物が乱立する世界が、その色を七色に変えながら瓦解していた。しかもその瓦解はただ崩れさるだけでなく、崩壊しながら、その身を地面に飲み込ませている。

俺の視界が振り向いた先で捉えたのは世界を飲み込む黒の虚空。まるでブラックホールさながらに、その中へとすべてが飲み込まれていく。


 白い建物はもちろん、それがそびえる白い大地や、陰影も色彩もなく果てのわからなかった白い空さえも、七色に砕かれ虚空に飲み込まれて行く。その後に残るのはただ漆黒の空間のみという有様が、背後、僅か数十メートルの所で広がり、それは地鳴りと共に高速で俺の居る大地にも牙を向けようとしていた。


 しっかり数秒間、目の前の光景に肝を抜かれた俺は、慌てて、気を立て直す。


 このままでは、自分も漆黒の大顎へ飲み込まれ、世界の藻屑となり果ててしまう。


 慌てて逃がれようとするが、大音声と共に揺らぐ大地は走るどころか経つことさえ容易ではない。なんどか無様に転げ、貴重な銃の一つを落ちこぼした所で、ようやくその場から離れることに成功する。


 銃は惜しいが、それどころではなかった。後ろを振り返る事も無くとにかく脚を回す。


 敵から身を隠しつつ、また敵の存在を探りつつ、命からがらに駆け逃げるなど出来るはずもなく、考えるのは世界の崩壊に飲み込まれぬ事のみ。今まで通ってきた道筋はどうだったか。目の前の建物はどこに抜けるのか。グルグルと、様々な懸念が脳裏をよぎり、なにより強い今走るこの道が行き止まりでないことへの祈りの想いがそれらをかき消していく。


 無心で走る最中、轟き続ける大音声にすっかり聾されたはずの耳はそれでもしっかり仕事を果たす。遠くないでどこかで挙がった銃声を捉えたのだ。


 無心で埋め尽くされた脳内のメモリーを賢明に整理し、思考を紡ぐだけの余裕を探す。一か八かで背後を振り返り、思ったよりも開いていた、俺と世界を食らう虚空との距離は、その余裕を辛くも許してくれた。


 絶え絶えの呼吸を整えるため、少しだけ走るペースを落とし、余力を思考に割く。


 考えるのは当然、突如起きた世界の異変と、先ほどの銃声の2つ。


 まず、世界の崩壊だが、これは十中八九ゲーム側の演出と考えていいだろう。プレイヤーの数が減って尚フィールドの広さが変わらなければ当然人口密度は下がる。加えて、各々が自ら発見した、都合のいい地形、例えば俺が以前体を休めた屋上のような場所。そんな所から離れようとしなければ、戦闘は起こらず、精神的な体力を削り合う持久戦になってしまう。


 このゲームをデザインした人間はそんな展開を嫌ったのだろう。大方、互いの命をさらけ出した闘争こそ「リアル」を感じられるというところか。


 その考え方に異論はないが、それでもこんなやり方は。


 おぼつかない足場に、足を取られかけるが、転んでいる暇などない。 


 フィールドに手を加えることによって、人為的にプレーヤの流動を促し。さらに生存できる空間を絞ることで密度を高めることも出来る。待っているのは、生き残った者同士の不意の接敵と開戦だ。それが先ほどの銃声。この仕掛けはそれが狙いだ。


 足を休めることなく走っていた通路は白い建物へと続いている。もう一度、後ろを振り返り、余裕を保てるペースで、走り続けた。


 思考の速度を速める。この世界で生き残るなにより武器は自らの思考だ。


 虚空が大地を切り崩し、崩壊させるのがいつまで続くか、この状況にどう対応するか。


 俺なら、まずは、身の安全の確保を最優先、すなわち虚空からの逃げの一手だ。例え、敵が現れようと、ひとまずは無視だ。下手に戦闘に手間取り死体ともに漆黒に飲み込まれていくなどそんなバカな話はない。


 俺が迷い無くそう考えるなら敵も一度はそう考えるはずだ。


 しかし、銃声は響いた。


 敵の中に俺と同じ判断をしなかった人間が居る。そいつの思考を読み違えれば、漆黒の変わりに俺を死へと飲み込むのはそいつの放つ弾丸だ。


 まず考えるべき2択。その敵がこのゲームの根幹となるシステム、すなわち、自ら同じパターンで物事を判断する敵との思考の読み合いが雌雄を決するという事に気づいているか否か。


 ゲームが大きく動いたことからも、今が序盤でないことは明白だ。俺がその事実に気づけたのだから、この段階まで生き残っている、俺と同等の頭を持っている奴なら気づけていたとしてもおかしくはない。気づいているのなら、他の敵が逃げの思考をすると踏み、裏をかいて逃げまどう敵を討つことに転じるのもあり得ないことでもないかもしれない。


 しかし、敵の思考を読めるという事実に気づくという事は自らの思考も読まれている可能性があるという危険性にも同時に考えを巡らせなければならないということだ。

安易に裏をかくといった戦術が容易に通用すると断じることなど出来はしない。 


 判断材料が欠如している問題に時間はかけられない。待ち伏せを警戒しながら建物へと身を滑り込ませた。

 

 建物へ顔を突っ込んだ瞬間に俺を打ち抜く凶弾だけが気がかりだったが、待ち伏せはいなかった。どこまでも高くそびえる天井の下に築かれた空間は、今までの部屋の造りと大差はない。大小の柱状の遮蔽物が乱立する白い空間。異なるのは上下二層になった構造と、その広さだった。

 

 今までゲームを行ってきた空間の中でもずば抜けて開けた空間。四方百メートルは下らないだろう。そして、キャットウォークのような手すりつきの回廊が壁に沿ってぐるりと設えられている。回廊に上がるための階段も幾つか見受けられた。

 

 後ろから迫る轟音は止まない。回廊へ上がったものか、考えながら、僅かに足を止めた、その時だった。大きな空間に木霊する銃声が響き、一瞬後れて、俺の左肩に衝撃が走った。


 撃たれたと気づくのに数秒を費やした。まず感知したのは銃声だった。その後、左肩をトン、と押されたような衝撃。一瞬後れて熱さと痛みが、怒涛の波で押しよせた。


「あががぁぁぁあぁぁぁっっ!」


 赤橙色の光を放つほどに熱された鉄の棒を捻り込まれたような、そんな激痛が脳を埋め尽くす。未知の領域の激痛に、意思と反してその場に倒れこみ、転げ回る。


 撃たれた。どこからだ。糞。糞。逃げなければ。第二射。敵。糞。階段を上がるべきか。上に。後ろは。痛ぇ。糞。


「ぐぅぅぅっ!!」


 第二射から逃れなければならない。とにかく射線から身を隠さなければ格好の的だ。わかっていても、まず、頭が働かない。左右前後、どこに動けばいいのか。それを判断するためにも、まずは弾道を、敵がどこに潜むのかを探らねばならないが、なにをどう考えていいのかがわからない。思考が意思の通りに動かず、体の動かし方一つすらも覚束無かった。

 

 押し寄せる感情が脳を埋め尽くし、思考を紡ぐ余裕などカケラも存在できなかった。


 痛い!! 痛い!! 熱い!! 怖い!! 怖い!! 痛い!! 熱い!! 痛い!! 痛い!! 熱い!! 怖い!! 怖い!! 痛い!! 熱い!!痛い!! 痛い!! 熱い!! 怖い!! 怖い!! 痛い!! 熱い!!痛い!! 痛い!! 熱い!! 怖い!! 怖い!! 痛い!! 熱い!!


 自分の感情がこんなに出力を果たした事など人生で一度もない。自分の心の声なのにも関わらず、まるで耳を聾するかのような錯覚を覚えるほどの大音声がガンガンと頭を揺らすのを感じる。

 

 無心のままに、強張った体はいつの間にか、右手に握られた銃の引き金を幾度となく引いていた。その数十二発。貴重な銃の一つをすべて撃ちつくしてしまった。カチリと音が鳴り、引き鉄の固さに、自分が武器でもあり防具でもある銃を一丁使い果たしてしまったという事実に気づいた時にはもう遅い。

 

 俺に出来たのは、反撃でも回避でもなかった。未だ、どこかに潜む敵の存在に脅え、弾の出ない銃をそれでも握り締め、ただ身を縮こませることだけだった。銃で左肩を射抜かれ、幾ばくかの時が経った後、俺の頭を占めていたのは、痛みよりもなによりも恐怖。今まで掻い潜ってきた死線な児戯に等しいと嘲笑われているかのような、圧倒的な恐怖。姿の見えない敵に心臓を握られ、そいつの意思一つで俺の命は握りつぶされるのだ、という状況で、本能が叫びだす。ただひたすらに死にたくないと。


 そのために何が出来るのか、それを考える事ができる奴こそ、真の強者なのだろう。なんどか戦いに勝ち抜いた俺は、自分にその強者の資格があると信じていた。

 

 しかし、そんな強さなど、微塵も身に着けてはいなかった。今まで勝ち抜いてきた戦いは一方的な攻撃を受ける事もなく、幸運にも助けられ、落ちていた勝利をただ拾っただけだったという事を思い知らされた。意思に反した体の震えが止まらない。 


 絶望色に染め上げられた死地で、諦念と死の恐怖を味わわされた俺を、しかし、続く凶弾は襲わない。


 肩を射抜かれ、体感的に気の遠くなるような時間が経ったが、一体どれだけの時間が経ったか。何分か。何十秒か。それとも数瞬しか経っていないのか。いずれにせよ一続く敵の攻撃は一向に牙を剥かない。

 

 そんな死の間際に生まれた間隙は脳に一つの錯覚を起こさせた。もしや、自分に襲い来る死の恐怖は去ったのではないかと。 

 

 冷静に考えれば、命を奪い合う戦場で、そんな楽観的な希望的観測など一片たりとも思考に過ぎらせてはいけないものだ。しかし、その甘ったれた思考は俺の窮地を救う事になる。


 恐怖一色から解き放たれた思考は、わずかに冷静さは取り戻し、善後策を生み出すだけの余裕が生まれる。。


 その千載一遇の幸運を逃すわけには行かない。今まで、俺が幸運に助けられてきただけで、強者の皮をかぶったつもりの弱者だった事はもう十分思い知った。情けなさに、苛まれながら、それでも未だ手の震えは止まらない。


 それでも。いや、それだからこそ、全力でその幸運を掴んでみせる。自力で活路を開けない弱者が、命を託せるのは其処しかないのだから。


 考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。必至に自分で言い聞かせる。

 

 血に塗れた左腕の付け根から断続的に襲う痛みの波濤は未だ止まず、視界が極彩色に点滅する錯覚を覚えるほどだが、なんとか、足をずりずりと動かし、柱の影に隠れる。必至にかき集めた記憶の中から銃声の響いた方向を思い出し、射線から身を隠したつもりだが、反響がひどかった事もあって、記憶は曖昧だ。もし、敵の位置の割り出しが誤っていれば、今の俺は、自らの消えかけた命を敵に差し出す愚鈍以外の何者でもない。


 残弾のなくなった銃を捨て、新たな銃を握りなおし、安全装置を外す。左手は痛みで全く動かせる気がしない。


 なぜ、攻撃の手が止んだか。撃たれた直後、俺は痛さに転げまわるだけで、別段回避行動はとっていなかった。最初の不意打ちを中てられるなら、続けてとどめの一撃を中てる事も可能なはずだ。にも関わらず、攻撃が止むなど、普通では考えられない。俺を生かすことに意味があるのか、それとも。


 敵の弾切れか。

 

 一縷の希望を見出す仮説に、銃を握る右手に力がこもった時、果てなく鳴り響いていた轟音が止む。白い大地を七色に貪る漆黒の虚空がその猛威の形を潜めたのか。同時に重々しく鳴動を続けていた大地もすっかり落ち着いている。


 周囲の状況を探ろうとすると、目の前にゲーム開始以来のシステムメッセージが現れた。


 ――ICファイナルラウンド

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