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螺旋の正体

 先ほどの戦闘で一度は止まったかと思った血がまたにじみ出てきた。血痕で足跡を作り上げてしまうほどでもないが、とにかく銃声を上げてしまった場所を離れ、今一度、安全な場所を探すために、俺は小走りに戦場を移動していた。


 先ほどのような三方を壁に囲まれていた場所は身を隠すなら選ばざるを得ないが、いざというとき、逃げ場が失われるのも考え物だ。開けた場所では狙われる方向を特定できないし、どこが適切な陣地かと目を配る。


 周囲を十分に警戒しながら、今まで居た二階建ての小さな建物を裏口に当たる場所から出ると、周囲にあるのは隣の建物の三階からぶら下がる梯子と、大きな道にでる小径のみだった。


 大きな通りには大小いくつもの建物が並んでおり、通り側には窓が無数に口を開いている。あんな通りにノコノコと姿を現せば、どこから狙われるか分かったものではない。梯子を登った先に敵がいれば、梯子に捕まっているこちらが大きく不利になるが、通りに出て待ち伏せする敵に蜂の巣にされるよりまだマシだろう。


 縄ばしごに登ることなど初めてのことでずいぶん不格好な姿を晒しているのが自分でも分かったが仕方ない。そそくさと梯子を登りきると、屋上のようなその部分には待ち伏せはなかった。屋上に上がるための内階段を囲う屋根の裏側にも探りを入れるが、人影はない。周囲の建物の屋上も跳び移れるほどは近くなく、拳銃で狙撃できるような距離でもなかった。


 内階段に腰を下ろしてひとごこち付く。


「ふぅー……」


 ゲームが始まって一体どれ位の時間が経っただろうか。すでに二度、生死を賭けた戦いをこなした。共に無我夢中で気づけばなんとか生き残っていたという体だ。


 こうして、体と心を少し休める瞬間を得てみて初めて、今まで随分神経が昂ぶっていたかという事に気づいた。


 追っ手がかかっている訳でもない今、戦いで興奮した頭の温度を下げ、現状を整理するにはいい時間だった。


 片手は銃にかけ、周囲に気を配りつつも、意識を思考に傾けた。


 気になる事はいくつもあった。このゲームの根本的なルールの事。たった一人が生き残るサバイバルであると、システムメッセージは言っていたが、そもそもどれだけの参加者が居るのか。残りの人数がわかれば、あとどれだけの戦闘をこなさなきゃいけないかが判るし、今居る三階の屋上部分から見える範囲でどれだけの密度で敵がひしめいてるのか。制限時間や武器の事も気になる。この建物郡は単なる遮蔽物としてしか機能していないのか。


 それらの答え次第で今後取るべき戦略は無数に変わってくる。もし最後の生き残りになるのが勝利条件だとすれば、取るべき行動の指針は一つ。敵を殺す事ではなく、身を隠し命を守りきる事になるだろう。銃弾は十分に手元にある。見通しも良く高低差も活かせるここに留まる事が功を期すかもしれない。


 ただ、敵を倒した数が、何らかのアドバンテージになるシステムがこのゲームに組み込まれているのなら話は別だ。


 例えば、敵を倒すごとに武器がバージョンアップを遂げるなんてルールであれば、逃げ切り作戦はとてもじゃないが賢い作戦とはいえない。強いものはより強く、弱いものは弱いままにという構造が固定化されてしまえば、最後の一人との一騎打ちでそれまで逃げ隠れていた俺が勝てる見込みは限りなくゼロに近い。


 しかし積極的に討って出る事はリスクが高く体力の消耗も激しい。なにより命がけの戦いは身も凍るほどの恐怖だ。


 情報と言う道しるべがない無明の迷宮を彷徨う。判断材料がなく堂々巡りを続け、チリチリとした焦燥感が脳を焦がす。



 答えの見果てぬ問いを脳裏から振り払うと、もう一つ、気になっていたまま、記憶の片隅に放置していた疑問を解凍し思考する。


 その問いは、なぜ、さっきの戦いで血痕の罠を簡単に見破られたか、という事だ。


 最初の戦いが終わった後、身を隠し体を休めていた俺は敵の襲撃を防ぐため、罠を張っていた。身を隠していた通路に続く分岐点に偽の血痕を残しておいたのだ。


 血痕を発見し、敵が手負いの獲物を求めても、その先に俺は居ない。その間に俺は逃げるなり背後を取るなりできるはずだった。しかし結果はそうはならなかった。


 背後を取ろうとした俺は角を曲がった後、出会いがしらに敵と遭遇し完全に虚を突かれた。さらに腑に落ちないのは、そんな虚に突かれた俺の眉間を敵の照準は正確に捉えていたことだ。出会いがしらと言う条件は敵も対等なはずなのにも関わらず、まるで、そこに俺が居る事を見込んでいたかのように。


 敵が、最初俺が銃を手にしたときと同様、安全装置の解除に思い至ってなかったから助かったこの命だ。そうじゃなければ、血を流し、データの藻屑として分解されているのは俺だっただろう。


 しかし、そんな僥倖にも疑問は残る。敵は銃の安全装置を外し忘れたという事からも、戦闘の経験が多くない事は推測できる。少なくとも銃を手にしてから初めての戦闘が俺との戦いだったに違いない。銃を手にしたのは敵からか、それともアイテムボックスからか。どちらにせよ、引き金には一度も手をかけたことがなかった。なぜか。簡単だ。銃弾を惜しんだからだ。そう、俺と同じように。


 そんな奴にも関わらず、敵は俺の罠を看破した。


 俺の罠が完璧だったと過信するつもりはない。しかし、初見であの罠を看破できるものだろうか。罠を仕掛けた俺でさえ、血が多く噴き出し、それでも身を隠さなければならなかった状態から、なんとか導き出せた苦肉の策だったと言うのに。


 俺はあの手法を古典のアドベンチャーゲームのトリックの一つとして見かけて知っていたから、思いつけた。


 最近流行の異星系アドベンチャーの類では各種センサーがゲームシステムに内蔵されており、あのような単純な罠などが効果を発揮する場面はない。そもそもナノマシンが体内に常に常駐し、ありとあらゆる怪我を瞬時に処置する身体構造で生まれ育った俺達は血を流すという行為自体が、ゲームの中ですらめったに体験しない稀有な状況なのだ。


 奴は何処かで見聞きし、知っていたのだろうか。正体が伺えぬ黒き敵の姿が脳裏に浮かぶ。敵はもしかして。



 その時、小さな音が響いた。音の出所は腰を下ろした階段の下からだ。

「階下に誰か居るのか」


 もう一度強く銃把を握り締めて、腰を上げる。


「考え事はおしまいだな」


 小さく呟くと、一段一段、音を立てぬよう階段を下りていく。


 積極的に行くか、逃げを決め込むか、結論は未だに出ていない。しかし、敵が近くに居るのがわかっているなら動かざるを得ない。戦うにも逃げるにも、情報を多く知らねばならないのだ。


 階段を下りた先、三階建ての建物の三階部分は長い廊下になっていた。一直線に五十メートルほど伸びた白い廊下の片側には、窓のはめられていない窓枠が口を開け無数に並んでいる。もう片側は部屋に面しているのか等間隔にドア枠が並び、廊下の端には手すり付きの柵が見えた。屋上に続く階段はここで途切れているので、恐らく二階に下りる階段だろう。 


 すばやく動き、手近な、ドアの無い部屋へと身を滑り込ませる。視線と銃口の向きを平行線に保ちながら周囲を警戒。


 部屋の中には幾つかの構造体が数個並び立っていた。二十メートル四方ほどの空間に並ぶのは、小さいもので人の膝の高さほどの数十センチ立方ものから、直径二メートル程で床から天上までそびえる太い柱のようなものまで、いくつかの遮蔽物だ。


 柱の死角も見落とす事のないように、気配を探り、部屋を検めていく。そうこうして部屋の逆側に設えられたドア枠までたどり着いた。この部屋には誰も居ないようだ。


 廊下に出る前に、一息深く呼吸をする。緊張感が全身を駆け巡り、手先がかすかに震えていた。


 恐らく構造的に、隣の部屋も同様の造りになっているだろう。入れ違いになっている可能性も低いとなれば、敵が居るのは隣の部屋か、その先の部屋か。


 攻めるべきか、引くべきか、僅かに逡巡する。明らかな物音は立てていないし、敵が俺の存在に気づいているとは考えづらい。


 こちらにアドバンテージがあるうちに攻めだ。そう決断を下した。


 姿勢を低く保ち、足音を立てぬよう足を滑らせるようにして、決戦の舞台になるかもしれない部屋へと身を躍らせる。


 案の定、隣の部屋も、さっき調べた部屋と作りは同じだった。二十メートル四方の部屋に大小の遮蔽物。そんな部屋にあって俺の目に真っ先に飛び込んできたのは、例の白い箱だった。コレはついている。


 白い箱は中からアイテムを取り出せば、緑の光と共に分解されるはずだ。つまりあの箱はまだ未開封。


 敵より、先にアイテムを見つけたことに一瞬緊張感が緩むが、慌てて自分を諌める。


 まだ敵がアイテムを見つけていないと言う事は、敵は隣の部屋にいるのか。どちらにせよ、緊張を抜ける状況じゃない事を思い返し、緊張感を取り戻す。


 今、俺が手にしている銃は、当初アイテムボックスから得たものと先ほどの敵から奪ったものとで、現在二丁。このアイテムボックスのものとであわせて三丁。数があってもしょうがないものではあるが、弾数の補充にはなるし、敵に武器や弾を与えない事も大きなアドバンテージだ。そうとなれば、敵との争奪戦になる前に、早く回収してしまわねば。


 抜き足を止め、足音がでるのも憚らず小走りに白い箱へ近づいた。白い箱に辿りつき手を差し伸べる。


 瞬間、俺はサイドステップをしながら体躯を捻り、後ろを振り返る。


 そこには急遽振り向いた俺に虚を突かれ、一瞬体を強張らせた黒の敵が柱の脇に立っていた。刹那、銃声が響く。


 一拍遅れて俺が引き金を引いた銃からも乾いた音が響く。


 キン、と甲高い音がわずかな時差で二度響く。薬莢が床を叩いた後、戦場に静寂が訪れた。


 黒の敵が放った銃弾は数秒前まで俺の頭があった空間を突きぬけ床に着弾。僅かな黒煙を立てる。


 一方俺の放った銃弾はと言えば、黒の敵の体の正に中心、鳩尾の少し下辺りを見事に打ち抜いていた。


 内臓を打ち抜かれた敵の手から銃がこぼれ落ちる。銃が床を跳ねるカランカランと言う音と共に、膝から崩れ落ち倒れる黒い肢体。横たわり、拡がる赤い染みの中心に向け、俺はもう一度、引き鉄を引いた。銃声が耳朶を打ち、残響がこだました。




 三度敵を討ち、俺は、積極的に動く事を決めていた。なぜか、先ほどの戦闘で俺が抱えていたある仮説が当たっている実感を得たからだ。


 その仮説とは、今俺が戦っている黒い敵の正体が他でもない俺自身の分身であると言う事だ。


 俺が自分の知識から苦肉の策で生み出した罠をあっさりと看破した敵。そんな風に頭が切れ、戦闘慣れしているようで、銃の安全装置の存在に思い至らない不自然さ。その二つが俺に奇妙な疑念を植え付けていた。そして極めつけは先ほどの鎌かけだ。


 アイテムボックスを前にしたとき、最初俺はついていると単純に考えた。しかし、一瞬後、素直にアイテムを手にするより、これを使って、敵を嵌める事ができないかと考えた。そして同時に、もしかしたら、敵も同じ事を考えていて、ひょいとアイテムボックスに手を伸ばす間抜けな俺の背中に照準を合わせる事を思い描いているんじゃないかと思い至る。


 二つの疑念を判断材料に、俺は賭けに出た。


 アイテムボックスに手が届こうかというタイミングでサイドステップ。射線を躱し、反転。敵の存在を確かめる。そこに敵がいなければ、そのままアイテムを回収してもいいし、隣の部屋に居るであろう敵に、思いついた罠を仕掛けても良い。当然、罠に嵌めるなら敵が同様に突然振り返られることにも備えてだ。


 そうして得た勝利と、なにより貴重な情報。恐らく、このゲームに参加している黒い敵は俺の記憶や思考パターンをコピーしたAIだ。


 答えがわかった上で考えれば、ゲームを始める前にあの男が言っていた事「エレメンタリーパーソナルデータ」という言葉の意味もうなずける。つまりは、PCCや擬脳素子に蓄積された思考パターンの様なもの。いや、もしかしたら、もっと直接的に人格データの様なものがセントラルに管理されているのかもしれない。それを流用しているのだ。


 そんなものをハッキングしてゲームのデータ使用するとはと、ほとほとこのゲームのイリーガル具合は果てしないと感嘆を覚える。




 先ほどの戦場を後にし、俺は屋上に一度戻ると、周囲の様子を丹念に観察していた。血痕、弾痕、銃声。敵の痕跡が見つけられないかと視線を走らせる。


 索敵と接敵を早く済ませ、敵を倒す。今の俺の目的は単純だ。後々、命を脅かすかもしれない危険の可能性の芽を摘む。そのための行動は早いに越した事はない。なにせ、この時点で、敵に遅れを取っているかもしれないのだ。


 今わかっているのは、俺と同様の思考パターンをした敵が居るという事。


 そして、なにより重要なのは、それに気づいているか否かの差だ。


 敵のAIが俺と同じ思考をしていると言っても、そのシステムを知らされていないという事は、罠を訝って突如振り向いた俺に、不意を打たれた先ほどの敵の様子からも伺える。


 これは知っている者と知っていない者の間大きなアドバンテージの差が生まれる事、そして、その事実に気づいた俺と同じ思考パターンを持っている敵も同様の事実に気づく可能性を秘めているという事を意味している。


 敵がどのような行動を取るか、自分の考えから予想できれば、戦闘の主導権を握れるし、その逆。自分の思考が読まれるとなれば窮地に追いやられるのは火を見るより明らかだ。


 自分の優位を保ったまま、戦闘を重ねていければ、勝利への近道となる。しかし、その優位も確約されているわけではない。敵がその事実に思い至れば、条件はイーブン。それどころか、その事実に気づいていないフリをしながら、気づいている相手の思考や行動を誘導する事すらも可能になる。


 このゲームの正体は単なる銃撃戦のサバイバルなどではない。


 疑心暗鬼は必須。策に策を重ね、いかに敵の思考を読みあうかというドロドロの心理戦。しかも、読みあうは己が思考。内なる自分との戦い。自分ならどう考えるか。どう裏をかくか。裏をかいた様に見せ掛けているだけなのか。一度読み違えれば死という窮地で迫られる自らのアイデンティティとの対峙。正に自分自身のリアルを見出す死のゲームなのだ。

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