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血潮の波濤

 最初の敵を殺したあと、俺は身を隠せる場所を探していた。さっきの戦いで、なぜ銃の引き金が引けなかったのかも気にはなっていたのだが、なによりも両腿の流血が止まらなかったからだ。


 なんとかして流れ出る血を止めなければ体力の低下は免れないし、血がでるままに移動したときにできる血痕が、敵に俺の居場所を教えるのが怖かった。


 白の直線で構成された無機質な世界をさまよい、三方を壁に囲まれた空間を発見する。


 周囲を警戒し、敵の気配が無いことを確認した上で血痕で敵を招かぬように配慮し、腰を降ろした。


 まずは止血だ。壁に体を預けながら、足の位置を高くし患部を強く圧迫する。どす黒い血が僅かに吹き出るが、次第に出血は収まっていった。敵の爪で抉り、切り裂かれた皮膚は、見た目こそ真紅に染まっていたものの、傷自体はそんなに深くなかったようだ。痛みも瞬間的なものだったようで、今は大した痛みも無い。


 今俺を苛む痛みのもとは、吹き飛ばされた右の八重歯だ。ズキズキと断続的に頭に響く痛みも耐え難いが、なにより痛みで歯を食いしばることができないのが厄介だ。なにかとふんばり力を込めることは当分難しそうだ。


 自分の体の状況を確認を一通り終えると、俺はズボンのベルトにさしていた銃を引き抜いた。


 眼前に構え、引き金を引いてみるが、やはり弾はでない。というより引き金が引けないのだ。


 この問題を何とかしなければ、またさっきの様な血生臭い肉と肉のぶつかり合いに身を投じなければならない。足に負傷を抱え、踏ん張り、力を出すことも叶わぬ身でそんな戦いを生きていけるはずがないことくらい、ゲームでしか戦場を知らない俺にもわかる。


 気を取り直して、銃を観察する。そもそも、ほとんどのゲームで、こんな火薬で金属の弾丸を飛ばす様なレトロな銃など出てこない。一般的なのは対象の内部に反物質を生み出すものや重力波の干渉力を利用するものだ。すこし古いデザイン、機能を模したものでもレーザーが良いところで旧世紀の初頭にすでに前時代の遺物として捨て置かれた「拳銃」など、ゲームのなかですら見かけない。今は使われることのない歴史上の武器という点において、拳銃も石器も大差はないのだ。


 そんな未知の物体の構造と仕組みを理解するべく、唯一の武器を眺め、いじること数分。引き金が引けなかったのは安全装置を解除していなかったためであるという、笑い話にもならない間抜けな結論に至った。銃の側面に付いていた出っ張りに触れたところ、カチリ、と音を立ててその部分がスライドし、引き金が軽くなったのだ。


「なんだよ、こんな簡単な事だったのか」


 そんな簡単なことにすら気づけなかった自分に脱力するが、その結果が招いたのは、吹き飛んだ歯と引き裂かれた皮膚、危うく死ぬかもしれなかったという恐怖だ。とても笑うことなどできない。みずからを守る武器を最大限に活用しなければ、待っているのは死だ。


 あらためて、自分の置かれている状況を振り返り、自然と銃を握る手に力がこもる。




 その時、遠くで足音が響いた。 


 突如響いた敵の存在を示す音に、全身が強ばる。


 足音は、幾分離れたところでなったものが、反響を重ねて俺のところまで響いてきたもののようだ。あわてて、身を預けていた壁から顔を出し、周囲を伺うが、敵の姿は確認できない。しかし、徐々に大きくなるその音は敵の接近を告げている。


 安全装置を解除し、敵を殺せる準備を整えた武器を握りしめ、敵の接近を待つ。


 こちらは足音をたてていないし、身を潜めている。敵がこちらの存在に気づいているとは考えづらい。気づいていないからこそ、こうも不用意に音を立てて移動しているのだろう。


 加えて、こちらには敵を欺くためのとっておきの策がある。今俺が身を潜めている突き当たりに続く、通路部分にある分岐点には、俺の血痕をあえて垂らしてあるのだ。俺が居る方向とは別の方向へ、点々と続く血痕は敵を死へと誘う罠だ。


 敵が血痕を見つけ、喜々として手負いの俺の背中を負ったところで、その先に俺はいない。そうこうしている間に本当の俺は無警戒の敵の背中を照準しているはずだ。


 耳をこらし、敵の足音から動向を探る。


 一度足音が消えたかと思うと、僅か後、小さくなって音が再開する。先ほどより幾分音が小さい。


「血痕に気づいたな」


 怪我をしている俺の幻を小走りに追う黒い敵を想像し、立ち上がる。後ろから密かに近づき、この銃で一撃だ。一時の安息を得た場所を出て、再び戦場へと身を投じる。


 音を立てずにかつ急いで敵の後ろを取るべく、角を曲がると、そこに黒い存在が立っていた。


「え?」


 予想だにしていなかった事態に思考が現実に付いていかない。敵の虚を突くために動いたはずが、俺が逆に虚を突かれのか。


 考えをまとめられない俺の脳が辛うじて認識した現実。それは、黒い手がこちらに構えた、鈍い光沢を放つ銃だった。


 ここまで来て、ようやく罠が見破られていたことに気づくが、もう遅い。虚を突かれ鳩のごとく間抜けな面をさらす俺を、敵の銃口はしっかりと捉えている。


 死の予感が脳裏をよぎり、全身から力が抜ける。


「くそ。死ぬのか、俺」


 諦めの台詞を口にしながら、しかし俺の中の本能は生存を諦めては居なかった。その本能のおかげで目を瞑らずにいられたのは僥倖以外の何者でもないだろう。


 最後まで光を捉えていた両の眼は起死回生につながる光景を見た。


 引き金にかけられ、力を込められた指と、堅く動かない引き金。敵の表情は黒く伺い知れず、その身構えはこちらをむいたままだ。


 頭ではなく、直感が死の淵で今一度全身を突き動かした。 


 奴は安全装置を外していない。


 自らも陥った境遇だからこそ、それが察知できた。


 その考えが頭に浮かんだ瞬間、俺は自らの眉間を捉える銃口に向かって、一直線に駆け出していた。

 

 三歩程踏み込んだところで、腰の後ろに差した銃に手を伸ばすという選択肢がすっかり頭から抜け落ちていたことに気づくがもう遅い。

 

全身のバネを伸縮させ、爆ぜるようにして、敵に身を寄せたつもりだったが、足をもつれさせて転ぶ寸前だったのかも知れないし、実際にはどうだったのかはわからない。ただがむしゃらに敵に近づいた。


 ズキリ、と鋭い痛みが強く食いしばった口内で暴れるが、気になどしていられない。それを抑えこむように一層食いしばる力を強め、駆ける。


 安全装置を外してないから引き金を引けない。しかも敵はそれに気づいていない。そう、思った。そうでなければ死だ。


 敵との距離は目測で十五メートルほど。その果てしない距離を文字通り懸命に駆けた。


 直感は当たった。


 こちらを見据えていた敵の視線が揺らぐ。


 近づく俺と、一向に敵を撃ち殺さない自身の武器との間で困惑の視線が泳いでいる。


 ここまでくれば直感は確信に変わっていた。


 もはや、敵が今すぐ安全装置の存在に気づき、急いでそれを操作したところで、俺が組み付き銃を無力化する方が早いだろう。


 そこまで、俺の接敵を許してなお、敵は銃を諦めようとはしていなかった。


 血の臭いが立ちこめ、手に嫌な感触の残る生死をかけた殴り合いを経験した俺にはその気持ちが痛いほどわかる。体と体をぶつけ合う戦いは痛くて怖い。その二つから、本質的にではないとは言え、遠ざけてくれる銃という武器は一度手にしてしまうと、それを手放すことが容易ではなくなる魅力が、銃と言う飛び道具にはある。


 その銃の魔力に囚われたのであろう敵は、役に立たないとわかっていても、それを手放すことなく、半ば自棄になり、カチカチと動かない引き金に力をこめていた。


 対して俺は、二メートル程の間合いまで近づくまでに、すっかり冷静になれていた。さっきの一戦の経験も大きいだろう。そう考えると、敵はこれが初陣なのかも知れない。


 最後の一歩を大きく踏み込むと、右足を振り上げ、敵の銃を握る右手を蹴りあげる。


 敵がすがっていた銃が大きく弧を描き飛んでいく。


 手から放れて尚、己を守る武器への未練を消せない敵は、弧を描く銃を視線で追い、届かぬと頭では分かっているだろうに、銃へと伸ばす手を止められないでいる。


 そんな哀れな様子を尻目に俺は、両腕を使い敵の体を突き飛ばす。後ろに数歩たたらを踏む敵と、バックステップで距離をとる俺。


 少し間合いを取ったところで、腰の銃を引き抜き、手先の感触で安全装置が外れてることを確認。的の小さい頭は避けて、体の中心、胸のあたりを照準。


 乾いた銃声が二度響いた。


 崩れ落ちるように倒れ、赤い染みを作りながらももがき、こちらに目を向ける敵。声もなく、黒一色に染められた瞳からも感情を読みとれないが、なにかの感情を強くぶつけられている気がして思わず目を逸らす。


 ほどなく無機質な敵は、先ほどの敵と同様、甲高い機械音を最後に、データへと分解されていった。


 敵の銃を拾う。案の定安全装置はかけられたままだった。


 銃声でほかの敵に自分の居場所をさとられてしまうかも知れないこの場所には長く留まっていられない。背後にある大きな血溜まりを視界に入れないようにして振り返る。鼻を突く血の臭いで湧き上がる吐き気を懸命に我慢しその場を後にした。


 二度目の戦闘はこうしてあっけなく幕を閉じた。

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