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星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇覚醒編〜無惨な外れモノ〜
98/101

恋敵



「…………」

「…………」


 文化祭当日の夜。

 二組の生徒に誘われた打ち上げを断って、奏楽達は莉一の家へとお邪魔していた。とここまでは良いのだが……家に入ってすぐ「消毒して来る」と言って、奏楽ごと蛍が客室に閉じ籠って早二十分。防音設備が整っている為、中で何が起こっているかは知らないが、二人リビングに取り残された莉一と透は、何とも言えない表情で蛍達の消えた扉を見つめていた。


「……なぁ、アイツら何してると思う?」

「気になるなら覗いて来れば良いんじゃないですかぁ?」

「確実に殺されるだろ(蛍に)!」


 不毛なやり取りだ。

 尋ねながら透も薄々気付いているし、莉一だって何となく予想は付いている。

 せめて最後までしないよう、離れた所から祈るだけだ。



 〜       〜       〜



 時を少し遡ること、明が奏楽にキスした直前……。


「テッメェ……何しやがる!?死ぬ覚悟できてんだろうな!!?」


 当然の如く怒り狂った蛍が、奏楽をサッと自身の元へ引き寄せ吠え掛かった。

 驚きから我に帰ったらしい莉一と透も、流石に明の行為には思う所があったのか、僅かに臨戦体勢を取る。

 だがしかし、一人分の殺気と二人分の怒気を浴びても、当の明は一切怯んでいなかった。

 生意気な表情かおのまま「ん?」と足りない身長で相手を見下す。


「ほぅ……この俺を殺すって?面白ぇこと言うじゃねぇか、まだ北斗七星に覚醒もしてねぇヒヨッコが……」


 明は腰に手を当てると、声もなく笑いながら顔を床に向ける。そして……。


「身の程を弁えろよ、候補人チェリー

「ッ!!」


 垂れた前髪の隙間から、鋭い眼差しで睨み付けられた。

 物凄い気迫だ。

 とても小学生の子供が出せる圧ではない。

 蛍も無意識のうちに、冷や汗が頬を伝うのを感じた。

 だがソレはソレだ。

 一歩も引かず、蛍は奏楽を庇うように明の前へと出る。


「論点を変えんじゃねぇよ、クソガキ。テメェが何処の誰で、俺より偉かろうが強かろうがどうでも良い。俺のソラに手ェ出して、無事タダで済むと思うなっつってんだ」

「良い度胸だ、赤ヒヨコ。じゃあ、どう報復するのか見せて貰おうじゃねぇか」


 互いに一切折れることなく、相手を睨み付ける。

 だが、ここはまだ学祭中の教室の中だ。


「ちょ、お宅ら自分がどれだけ目立つか知ってますぅ?喧嘩なら場所変えた方が良いのではぁ?」

「つか既に目立ってるし……。おい蛍、ムカつくのはわかるけど、ちょっと落ち着け」


 莉一と透が蛍の身体を引っ張って、無理矢理両者の距離を引き離した。

 二人の言う通り、文化祭の片付けに入ろうとしていた生徒達が皆固まって、蛍と明の成り行きを黙って見つめていた。

 星天七宿家の人間同士、しかも片方は現役北斗七星の喧嘩など、滅多にお目に掛かれるモノではない。むしろ絶対に関わりたくない状況ではあるが、目も意識も惹かれてしまうことに変わりはないので、他クラスの生徒すら窓の外から様子を伺っていた。一般人だって、まだ全員帰った訳じゃない。

 このまま国を守る要である蛍と明が言い争っている姿を公開するのは、双方にとってデメリットしかなかった。

 残念ながらソレを理解しているのは外野だけで、当人二人は未だにガンを飛ばし合っている。

 そんな一触即発の中、唯一場を収めることのできる渦中の人物……奏楽が漸く「もう〜二人とも〜」とフワフワ声を上げた。


「莉一くんと透くんの言う通りですよ〜。喧嘩は『メッ』です。特にほたちゃんは大人気ないですよ〜」


 言いながら、奏楽は人差し指を蛍の額に突き付ける。ムッと頬に空気を詰めて、わかりやすく怒った表情かおを作っている奏楽に、蛍は「あのなぁ」と怒り鎮まらぬ様子で口を開いた。


「『大人気ない』とか、そういう問題じゃねぇんだよ。ソラはちょっと黙って……」

「後、明もダメですよ〜」

ひとの話を聞け!!」


 蛍の言葉を遮る奏楽に、蛍が声を荒げる……がしかし、奏楽は当然の如くスルー。

 構わず明へと視線を向けると、同じように立てた人差し指を明の額にチョンと置いた。


「口と口のキスは本当に特別な人としかやっちゃダメなんですよ〜。相手からの了承も必要です。いきなりするのは、基本『メッ』ですよ」


 奏楽が最もらしく説教する。

 言っていることはまともではあるが、説教それを聞いていた莉一と透は「怒るポイントはまずソコか!?」と心の中だけでツッコんだ。

 大事なことではあるが、まずは『何故キスしたか』……そもそも明からの告白に対しての返事だろう。

 というか、割と大胆な明の告白を完全スルー扱いだ。

 明も明で数秒口をポカンと開けたまま黙っていたが、一つ頷くと「よし」と奏楽の言葉を了承する。


「じゃあ次からは、宣言してからすれば問題ねぇな?桜さん」

「もぅ……だから、そういうことは好きな人じゃないとダメですって……ボクにしちゃダメですよ」

「俺は桜さんのことが好きだぜ?何か問題あるか?」

「……『そういう話題で他人ひとのこと揶揄っちゃダメ』って前も言いましたよね?明カッコいいんですから、勘違いするがいたらどうするんですか〜?」

「勘違いしてくれたら助かるんだがなぁ?桜さん」


 全く相手にされていないにも関わらず、諦めず自身の想いを告げる明。

 いっそ哀れとも言える光景に、莉一と透は同情の眼差しを向けるが、蛍は当然のように怒り狂っている。奏楽と明の会話の合間で、「はぁあ!?」「ふざけんな」と憤慨しまくっていた。

 段々とギャラリーの増えて来る中、そろそろ収拾が付かなくなると思われたところで、場を収めたのは乱した原因である明本人であった。


「……まあ、ランドセル背負ったままのガキを子供ガキ扱いして来るのも無理はねぇ。今日のところは、女装その姿を拝めただけで満足してやるよ。またな、桜さん」

「もう帰るんですか?気を付けて帰るんですよ〜」


 奏楽が手を振れば、明も片手を挙げてから踵を返す。

 そんな二人の様子を、ひたすら明に殴り掛かりそうな勢いの蛍を必死で食い止めながら、莉一と透は見つめていたのであった――。



 〜       〜       〜



 そして戻って現在。

 蛍と奏楽が二人きりで客室に消えてから、半刻が過ぎた頃。

 やっと蛍がリビングへと出て来た。

 蛍一人の姿に、莉一と透は「え?」と顔を青褪めさせる。


「……蛍殿ぉ、奏楽殿はどうしたんですぅ?」


 恐る恐る莉一が尋ねれば、蛍は「ん」と指で洗面台を指し示した。


くち、冷やしに行ってる」

「「………………」」


 その一言で全て察したようだ。

 莉一と透が揃って死んだ目をするが、蛍は気にせずドカッとソファに腰掛ける。

 そして、苛立ちを発散するように「アァアアア!!」と咆哮を上げながら頭を掻きむしった。


「やっぱ殺しとけば良かった、あのガキ!今度会ったら、絶対一発殴ってやる!」

「……冷やさなきゃいけねぇ程キスしといて、まだ腹立ってんのかよ……」


 透が呆れるが、蛍は「当然だろ!」と断言するだけだ。


「ソレはソレ、コレはコレだ!ソラに手ェ出して、許せる訳ねぇだろ!!」

「まあ気持ちはわかりますけどねぇ。いきなり目の前で、奏楽殿に勝手にキスしたのは、自分としても面白くありませんでしたしぃ……ただ、大空明を殺すのは恐らく不可能ですよぉ」


 莉一が告げれば、蛍が「ぁあ?」と睨むように視線を向ける。

 慣れてるのか、莉一は不快感も怯えも全く感じることなく「ご存知ないんでしょうけどぉ」と前置きをしながら話し始めた。


「大空明と言えば、歴代“η(アルカイド)”の中でもトップクラスの実力を持ち、尚且つ最年少ながら『現北斗七星最強』を冠する……所謂貴人の天才児ですよぉ。実力は奏楽殿以上の筈ですからぁ、蛍殿が例え北斗七星に覚醒したとしても勝てる可能性は低いんじゃないですかぁ」

「アレが『北斗七星最強』!!?」


 思わず聞き返す蛍。

「そうですよ〜」と頷いたのは、莉一ではなくリビングにやって来た奏楽だ。


「明の実力は、他の北斗七星と頭一つ抜けてます。まあ、まだ子供なんで性格に難があるんですけどね〜。訓練サボったり、お仕事サボったり……大空家の当主が未だに新さんなのも、明のサボり癖が抜けないからですし……困った子なんですよ〜。根は良い子なんですけどね〜」


 赤く腫れた口で説明しながら、奏楽も蛍の隣に腰掛ける。

 だが、奏楽から明のことを紹介されても、蛍はちっとも嬉しくない。「へぇ」と冷ややかな声で奏楽を見つめた。


「詳しいじゃねぇか、ソラ。それじゃあ、一つ聞かせて貰えるか?いつ何処で、何をどうやったらあんなガキに惚れられる羽目になるのか!!ちゃんと説明するまで、帰れると思うなよ?」


 逃がさないとでも言うように、ガシッと奏楽の両肩を掴む蛍。

 長くなりそうな気配に、透は莉一の方を見ることなく「なぁ」と問い掛ける。


「俺先に帰って良いか?」

「良い訳ないでしょぉ。自分の家でやってる以上、透殿も道連れですよぉ」


 やく……「あんな面倒くさい二人と、三人きりにするんじゃねぇ」とのことだ。

 莉一の気持ちは痛いくらい良くわかるので、透はガクッと肩を落とした。諦めて、奏楽がどう蛍の質問……と言うより尋問に答えるのか、黙って見守る。

 だがしかし、奏楽と言えばキョトンと首を傾げ一言……。


「??明はボクに惚れてないですよ?」


 と言い退けた。

 これには蛍達三人、一同揃って唖然とする。

 あれだけ言われて、キスすらされて、奏楽は微塵も明の想いに気付いていないようだった。


「……ソラ……おま、本気で言ってんのか?」

「??はい」

「…………」


 あまりの鈍さに、流石の蛍も言葉が飛んで行ったようだ。


 ……は?嘘だろ?本当に気付いてねぇ顔だ……は?キスされてんだぞ!?何で『惚れてない』なんて断言できるんだよ!好きでもねぇ奴にキスなんかする訳ねぇだろ!つか何で気付いてねぇんだ?!俺の時は素直に伝わった……訳じゃねぇけど、ここまで鈍くはなかっただろ!


 次から次へと疑問が湧いては消え、浮かんでは散っていく。

 何一つとして蛍の口から出ることはないが、とりあえず奏楽が明のことを何とも思っていないことだけは理解した。こんな状態の奏楽に問い質しても、何の意味もないということも。

 蛍は諸々言いたいことを全て溜め息として外に出すと、「わかった」と一つ呟いた。


「これだけ聞かせろ。アイツと出会ったのはいつだ?」


 蛍が俯いたまま尋ねる。

 質問の意図はわからなかったが、奏楽は「それなら」とニコッと微笑んだ。


「三年前くらいですよ〜」

「そうか……ソラにとって、アイツはただの仕事仲間で良いんだな!?」

「ん〜……と言うより、“弟”みたいな感じですかね〜。問題ばっかり起こすんで、放って置けないんですよ〜、あの子」

「わかった……はぁーーーー」


 特大の溜め息を零して、蛍が奏楽に抱き付いた。「わっとと……」と一瞬身体がよろけるが、奏楽も蛍の背中に腕を回して身体を支える。


「ただでさえ、“レグルス”をどう会わずに処理しようか悩んでるってのに、これ以上害虫増やすんじゃねぇよ、ったく……」

「??ほたちゃん、“レグルス”のに何するつもりですか?」

「気にして欲しいのはソコじゃねぇ」


 蛍がぼやくが、奏楽はハテナを浮かべたままだ。

 すっかりいつもの蛍に戻ったようである。とそこで、離れた所から「話は終わりましたかぁ?」と莉一と透が二人を挟むようにソファへと戻って来た。


「ああ、一応な」


 蛍が答えれば、それならと透が「なあ奏楽」と話題を変えた。


「優里亜がさ、どうしても長髪のお前とお揃いのヘアアレンジして出掛けたいって言ってんだけど、良いか?」


 言いながら、透がスマートフォンのメッセージ機能アプリのトーク画面を見せる。

 奏楽は「ボクは全然構いませんけど」と言葉を濁すと、莉一へとチラリと視線を向けた。


「あのお薬、莉一くんから貰った分は今日飲み切っちゃったんで、明日の朝にはもう髪の毛戻っちゃいますよ?」

「確か効果は二十四時間だけって言ってな。莉一、もう一回作って貰えねぇか?」


 透が今度は莉一相手に両手を合わせる。

 莉一は「イエス」とも「ノー」とも答えることなく、ズボンのポケットを弄って目当てのモノを見つければ、ソレを透へと投げ渡した。


「予備の分ですわぁ。残ってんのはソレ一つだけですし、自分はもう作る気ないんで、お使い方はお任せしますよぉ」

「ありがとな!じゃあ念の為俺が飲んで、いつでも再現できるようにするわ」


 言うが早いか、透は受け取った錠剤を迷うことなく口に放り込む。

 透の異能には接種した薬物や毒物の中和機能もあるので、髪が奏楽のように伸びることはない。

 無事透の体内にて、解析作業が終わる。これでいつでも長髪剤の再現が可能になった。

 優里亜の望みを叶えることができる。

 そうとなれば、後は遊ぶ予定日決めだ。


「奏楽、いつが空いてる?」

「えっとですね……緊急招集が掛からない限りは、明日も明後日も空いてますよ」


 奏楽が答える。

 明日は日曜日だし、明後日の月曜日は振替休日で学校は休みだ。

 優里亜も日曜日は休みの筈だろうし、なら明日にするかと決まるところで「奏楽殿ぉ」と莉一から待ったが掛かった。


「薬の効果は明日切れるんですから、明日はダメですよぉ。まだ連続使用の副作用確認してないんでぇ」

「そう言えばそうですね〜。月曜日は……優里亜ちゃんが学校ですし、来週の土日どちらかで大丈夫ですか?」

「おう。むしろ悪いな。優里亜の我儘に付き合って貰って」


 透が苦笑いを浮かべる。

 しかし奏楽は「全然良いですよ〜」とはにかんだ。


「優里亜ちゃん、可愛いですから〜。甘やかしたくなる気持ち、とってもわかります〜」

「それはそうと、そのお出掛けってソラと優里亜の二人だけで行かせるのか?」


 ふと蛍が尋ねる。

 方向音痴の奏楽と小学校低学年の優里亜二人では、少々不安だ。

 透も透で別方向の不安要素があるのか、「否」と首を横に振る。


「流石に奏楽一人で優里亜のお守りをさせる訳にいかねぇから、俺も一緒に行くつもりだよ…………蛍も来るか?」


 何を思ったのか、機嫌を窺うように透が蛍を誘う。

 いくら優里亜も居るとはいえ、蛍の居ない状況下で奏楽と一日過ごすのは危険だ。後で蛍からどんな報復が待っているかわからない。

 蛍も、嫉妬で透相手に何をしでかすかわからない自覚があるのだろう。

 溜め息を吐いた後「わかった」と一言告げた。


「予定空けとく」

「ほたちゃんも来るんですか?なら莉一くんも一緒にどうですか?皆一緒なら、もっと楽しいですよ〜」


 奏楽が莉一へと尋ねれば、誘われることは予想していたらしく、莉一は「まあ構いませんよぉ」と了承した。


「じゃあ詳しい日程は、また学校で決めるか」

「そうですね〜」


 透の意見に奏楽が頷く。


 そうして長い一日が幕を降ろしたのであった――。

読んで頂きありがとうございました!


本編軸なのに、番外編の続きです。

この小説の番外編は、おちゃらけた本編とでも思ってください。基本どのストーリーも本編軸に関わって来ます(割と直接)


丸二年の記念日に間に合うか!百話投稿!!


そんな訳で次回もお楽しみに!

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