永遠を誓う
「……どうだった?土萌の彼は」
蛍も去り、倒れた凡人除いて奏芽一人だけとなった工場内にて。
新たな人影が舞い降りる。
奏芽はすぐ背後に降り立った相手を確認することなく、「良いんじゃない?」と笑って答えた。
「私は気に入ったよ、女の趣味が悪いけど。外見も中身も梨瀬さんに似てるし、次代の秋峰家と土萌家は仲良くできるんじゃない?まあ、向こうは私のこと嫌いみたいだけどね」
「はは、君は好かれることの方が珍しいけどね。人に嫌われる才があるから」
平然と失礼な返しをする相手。
奏芽は流石にムッと来たのか、「うるさいよ」と振り返る。
「お前にだけは言われたくない、瑠依」
『瑠依』と呼ばれた相手の青年は、フッと優しく微笑んだ。
黄色のアシンメトリーな髪に、穏やかな黄緑の瞳。少し垂れ目がちなところと柔らかな色彩も合わさって、非常に優しい印象を受ける美青年だ。
青年の名は天川瑠依。星天七宿家が一つ天川家の現当主であり、北斗七星“γ”に選ばれた人間である。
「仕事の邪魔しに来たなら帰ってくれる?」
ジト目で瑠依を睨み付ける奏芽。
対して、瑠依は全く気分を害された様子もなく、楽しそうに微笑を浮かべていた。
「酷いな。依頼者として、仕事の進捗状況を確認しに来ただけなんだけど……」
「見え見えの嘘吐くな。遊びに来ただけの間違いだろ、この遊び人」
「否、ほんとに酷いな。僕程誠実な男も中々居ないと思うんだけど」
「本当に誠実なら、そんな胡散臭さが滲み出てる顔な訳ないだろ」
「まさか胡散臭さの塊である君に言われるとは思ってなかった」
「余計なお世話だよ」と奏芽が突っ返せば、挨拶も程々に「ん」と先程隠し部屋で見つけた資料を瑠依に手渡す。
「予想通り、裏で『アゲハ』が絡んでた。というか『アゲハ』だけじゃない。『赤目の怪人』まで出てきたから、事態は想像以上にややこしいかもね」
「……ふむ、なるほど。やっぱり君に依頼して正解だったかな。流石は裏の情報屋だ」
賞賛の言葉だが、奏芽はジト目のまま「嫌味のつもり?」と一蹴する。
「このくらいお前だけでも充分調べられるだろ。わざわざ依頼して来る必要なかったじゃん」
「まあね。でも君に何か贈りたい時は、依頼の報酬として渡す以外に、受け取って貰える方法がないからね。という訳で、君の望みの情報はバッチリ手に入れておいたよ。いつでも僕に聞きに来て良いから」
「……お前のそういうところ、ほんと腹立つ」
嫌気が差したのか、奏芽は瑠依から視線を逸らした。
気にせず瑠依は「奏芽」と話し掛ける。
「それで?どうするんだい?」
主語も何もない問い掛けだったが、何を示しているのか奏芽にはわかっているらしい。
暫く黙っていた奏芽だが、フッと笑みを浮かべると「蛍と会って決まったよ」と口を開く。
「奏楽の目の前で、蛍と“レグルス”には初対面をして貰おうかな」
「……ははは……最悪な人間を見た」
* * *
午後七時半頃。
奏楽は春桜邸から少し離れた路地裏で、一人蹲っていた。
夜と言っても夏は暑い。しかもつい先程まで太陽が地面を熱していたのだ。奏楽の額にもじんわりと汗が滲んでいる。
ふと太腿に顔を埋めていた奏楽が、何かに気付いたように瞼を開けた……と同時である。
「確かに『会いに行く』とは言ったが……こんな暑い中、『外で待ってろ』なんて一言たりとも言ってねぇだろ」
奏楽の頭上から不機嫌な声が降って来た。
奏楽は頭を上げて、想像通りの人物の登場にふにゃりと笑みを浮かべる。
「貴人だらけのお家の中より、外の方がほたちゃんの星力感じやすいですから〜」
フワフワ告げる奏楽に、目の前に現れた人物……蛍は諦めたように「はぁ」と一つ溜め息を吐いた。膝を曲げ奏楽と目線を合わせ、少し赤く染まった奏楽の頬を自身の右手で軽く触れる。
「……見た目程熱くはねぇな……何かコンビニで冷たい飲み物買うか?」
「別にボクは平気ですよ〜。それに……ほたちゃん、そんな格好でお店に行ったら目立っちゃいますよ?」
奏楽が指摘すれば、蛍は自分の服を見直した。
所々破けてボロボロになっているが、何よりもマズいのは至る所に血痕が付いていることだろう。返り血もあるが、殆どは蛍自身の血である。特に襟元は悲惨なことになっていた。
確かにこれで人目のある場所へ行くのは得策ではない。
コンビニを諦めた蛍は再び溜め息を溢して、そのまま視線を地面へと落とした。
「ほたちゃん?」とすぐ側で心配する奏楽の声。
蛍は顔を上げることなく、「なぁソラ」と呟いた。
「キスして良いか?」
数秒の沈黙。
奏楽はポッカリと口を開けて、目を真ん丸にしている。
「…………ほたちゃんがわざわざ聞くなんて、明日は吹雪ですか?」
予想と斜め上の奏楽からの切り返しに、蛍はズリッと肩から転がりそうになる。
何とか持ち直せば、未だ俯いたまま「良いだろ別に!」と声を荒げた。
頑なに目を合わせようとしない蛍に、奏楽はキョトンと首を傾げる。
「……『ダメ』って言ったら、しないんですか?」
「………………」
返事がない。
奏楽はクスッと笑みを溢した。
「良いですよ」
答えたと同時に、腕ごと身体を引っ張られる。
最初の勢いとは裏腹に、互いの唇が重なると蛍は丁寧に奏楽の口内を暴いていった。喘ぐ声も吐いた息すら呑み込むように、深く深く奏楽を求める蛍。
五分以上経って漸く唇を離せば、今度は奏楽の首筋に思い切り噛み付いた。
「ッ……!」
肉の裂ける感覚に、奏楽が僅かに表情を歪める。
歯型にできた傷口を舐めながら、更に吸い付いてくる蛍に、奏楽は「ほたちゃん?」と乱れた息で名を呼んだ。
ピクリと蛍が動きを止める。
奏楽は蛍の頭をソッと撫でた。
「どうかしましたか?」
「ッ!…………」
出会った頃から変わらない何処までも優しい声に、蛍は堪らず奏楽の身体を抱き締めた。
そしてボソッと、奏楽の耳元に口を寄せる。
「ごめん、ソラ……俺、何にも知らねぇで、勝手に……ずっと不安にさせて……ごめん……」
脈絡のない蛍の謝罪だったが、奏楽は察したようだ。
困ったように眉を下げると、「もしかして」と口を開く。
「奏芽から全部聞いちゃいました?」
「…………」
蛍は応えない。それが何よりの答えだ。
奏楽は少しだけ顔を俯かせた。
「ごめんなさい。ボクの自分勝手なエゴで、ほたちゃんに大切なことずっと隠してきて」
「…………ホントに……何で隠すんだよ……知ってたら、こんな……お前を不安にさせる判断、絶対しなかったのに……」
「……ごめんなさい。本当にごめんなさい……」
何度も奏楽が謝罪を口にする。
蛍はギュッと、奏楽を抱く腕に力を入れた。
「謝んな、頼むから。余計情けなくなる。自分勝手はお互い様だろ?俺ももう謝んねぇから……だから謝んな」
暫し静けさに包まれる。
破ったのは蛍だ。
「なぁソラ」と蛍は更に両腕に力を込めた。
少し痛むが、奏楽は抵抗しない。黙って蛍の言葉を待っている。
「……愛してる。ずっとずっと、この先一生。お前だけを愛してる。俺は永遠にお前だけのモノだ」
「…………」
「……っつったら、信じてくれるか?」
答えなどわかりきっているのか、蛍は口元に乾いた笑みを漏らす。
蛍自身、この先どうなるかわからない。奏芽の言う通り、本当に“レグルス”に心を奪われるかどうかは、その時になってみないと知り得ないからだ。
だがあの梨瀬が断定した。土萌の当主になる人間は……北斗七星βに選ばれた人間は、否応なしにレグルスに惹かれると。
その話を奏楽だって梨瀬から聞いている。
普通に考えて、“レグルス”と出会っていない状態の蛍の告白など、奏楽からしてみれば信用できる筈もない話だった。
ソレを良く理解しているからこそ、蛍は奏楽の顔が見れない。
……狡い質問だよな……。
心の中で、蛍が自分自身を嘲る。
どれだけ経っただろうか。
恐らく三十秒も過ぎていない。
耳元で奏楽が笑ったのが、蛍には伝わった。
「……ほたちゃん、ボクがこの世で一番信じてるモノ知らないんですか?」
奏楽が質問に質問で返す。
「狡い奴」と蛍は一瞬思ったが、おあいこである。
蛍は強張っていた身体が解けていくのがわかった。
「……『俺』」
「当たりです」
言いながら、奏楽も蛍の背に腕を回した。
「信じてますよ、ほたちゃん。この先ずっと……だからほたちゃんこそ、ボクのことで不安にならないで良いんですよ、ね?」
一度互いの身体を離せば、奏楽はいつも通りの優しい微笑みを蛍に向けた。
蛍は観念したように、大きく息を吐く。
「俺よりソラの方が何倍も狡いわ……」
「お互い様ですね〜」
読んで頂きありがとうございました!!!
これにて前日譚全編終了です!!!
そう『前日譚』!!!
信じられないことに百話近く書いてて、本編じゃないんです(泣)
ちなみに本編は蛍が北斗七星に覚醒してからです笑
物語の進行上、蛍が北斗七星に覚醒するまでを書かなきゃややこしいので、前日譚から先に書いてます。
散々謎や伏線を放り投げてるのも、コレが前日譚だからです。なので大体の伏線回収は本編始まってからします。待ち切れず読者の皆さんに見捨てられないか心配です……。
非常に設定のややこしい話ですが、是非ご堪能ください。
次回もお楽しみに!




