抗えない運命
「……と、まあこういう話。梨瀬さんはこんな下らない嘘を吐く人じゃないから……十中八九、君は“レグルス”と会った瞬間、相手の娘を好きになるんだよ」
奏芽からの話が終わり、蛍は何とも言えない表情を浮かべて固まっていた。
当然だろう。
今抱いている自身の感情が無かったことにされるなど、到底信じられる話ではない。しかし奏芽の言う通り、梨瀬は意地の悪い性格ではあるが、幼稚な嘘で相手を謀る人ではないことも事実。
複雑な心境を抱えて、蛍はグルグルと頭を混乱させる。
そんな蛍に、奏芽は「理解した?」と追い討ちを掛けた。
「春桜家当主と同じように、梨瀬さんだって雅様から『奏楽と縁を切るよう蛍に命令しろ』って言われてる筈。でも梨瀬さんは君にそんな命令をしてない。わざわざそんな命令しなくても、蛍と奏楽の関係が、“レグルス”に出会うまでの一時的なモノだと知ってるから」
「…………」
「さて、ここまで話したらそろそろわかるんじゃない?何で奏楽が君に隠し事をしていたのか……」
奏芽がニヤニヤと意地悪く笑い掛けている。
奏楽が蛍に隠していたのは『蛍と縁を切れ』という、たった一つの命令だ。しかしその背景には、とんでもない複雑な事情が絡んでいた。
奏芽から教えて貰ったことを頭の中で整理しながら、蛍は奏楽との会話を思い出す。
……『馬鹿だなぁ、ソラ。俺がソラを離すわけねぇだろ?例え土萌に戻ったって、俺はお前とずっと一緒にいるよ、絶対に』
……『で、でも……でも……ほたちゃんは……』
蛍が土萌家に初めて呼び出された日。あの日奏楽は何か大事なことを言い掛けていた。蛍が言葉を遮らなくても、最後まで口に出すことはきっとしなかっただろうが、それでも奏楽が蛍に関する重要な何かを一人で抱えていたことは間違いない。
そんなこと、蛍は最初からわかっていた筈だ。それでも土萌家に戻ることを選んでしまった。
しばらく無言を貫いていた蛍が「なあ」と小さく切り出す。
「ソラもその話、梨瀬さんから聞いてるのか?」
「聞いてるよ。『奏楽にも話した』って、梨瀬さん言ってたから」
「そうか……」
レグルスとβの深い繋がり。切っても切れない縁。
ソレを奏楽も知っている。
……だからか……。
蛍は心の中で呟いた。
「……ソラは知ってるんだな。俺が土萌に戻ればどうなるか……知ってたから反対してたんだ。それを俺は自分勝手なエゴで……。隠してる理由は大方、俺が自分の決断を後悔しない為ってところか」
自嘲するかのように、蛍がフッと鼻で嗤う。
奏芽の話が全て真実ならば、蛍はレグルスのことを知っていようといなかろうと、いずれは“レグルス”と出会い、恋に堕ち、北斗七星に覚醒していただろう。“レグルス”にさえ会えば、奏楽への気持ちは無くなるらしいので、葛藤も何もなく念願の北斗七星に成れる訳だ。
しかし、蛍は知ってしまった。奏楽への想いを抱いたまま、抗えない運命を聞いてしまった。
事実蛍は今、己の判断に揺らいでいる。
もし本当に奏楽への想いが無くなるなら、残された奏楽がどれ程悲痛な思いをする羽目になるか、考えるまでもない。このまま次期北斗七星候補として、土萌家に居て良いのか。蛍は悩んでいた。
こうなることを見越して、だからこそ奏楽は蛍に命令内容を隠したのだ。命令の下った背景……レグルスに関することを蛍に知られないようにする為に。レグルスのことを知って、蛍が思い悩まなくて済むように。
……あぁ……本当に情けねぇ……。
蛍は右腕で両目を覆いながら、天を仰いだ。
打ち拉がれる蛍を横目に、奏芽は「ちょっと良い?」と声を掛ける。
「お前が自分勝手なエゴで土萌に戻ったって言うなら、奏楽だって同じでしょ?奏楽も自分勝手なエゴで、お前を真実から遠ざけてる。お互い様なんだから、君が奏楽に申し訳なく思う必要なんて微塵もないよ。それにどう思おうと、ここから先の結末は変わらない。君のその葛藤も悩むだけ全部無駄」
バッサリと言い放つ奏芽に、蛍は額に青筋を立てる。
構わず奏芽は言い募る。
「土萌家に戻ると決めた時点で、お前の人生は決まったんだよ。どれだけ自分の意思に沿わなくても、どれだけ自分の判断に後悔しようと、お前は次期当主として“レグルス”と婚約し、“レグルス”の女とまぐわって、子を残す。これはもう絶対だ。逃げ出そうとしたって、土萌家の人間も他の星天七宿家の人間もソレを許さない」
「…………」
……『次期当主になれば、もうほたちゃんはほたちゃんだけのものじゃなくなりますよ?本当に後悔しませんか?』
奏芽の言葉と奏楽の言葉が、蛍の中で重なる。
知っている。ちゃんとした事情は何も知らなくても、最初から蛍は知っていた。
過去の浅はかな自分を殴りたい衝動に駆られる蛍。
そんな蛍を見つめて、奏芽は「逆に良かったんじゃない?」と言い退けた。思わず「ぁあ!?」と蛍が声を荒げる。
「何が『良かった』って!?それ以上言うなら、テメェを殺すぞ!!」
「ヤレるものならどうぞ?……でもそうじゃない?君の葛藤も後悔も、全部奏楽への想いが原因だ。つまり恋心が無くなれば、君は悩まなくて済むようになる。で、都合良く“レグルス”と会えば、綺麗さっぱり恋を忘れられるって言うんだから、有り難いことこの上ないよね〜。運命決め付ける代わりに、悩みの種を排除してくれるんだよ。『良かった』じゃん。苦しみから逃れたいなら、腹括って“レグルス”と会えば、一発で解決するよ」
「だからってなぁ!!俺は!!……俺はソラが好きなんだよ!!」
蛍が叫ぶ。
奏芽は涼やかな表情で目を細めた。
「その恋は無くなる。安心しなよ。最終的に傷付くのは奏楽だけで、君は何も感じないから」
「それが嫌だっつってんだよ!!!ソラを傷付けるくらいなら、その“レグルス”を殺してやる!!それか“レグルス”とヤる以外の方法を必ず見つけ出してやる!!」
感情のまま吼える蛍。
奏芽は反応を返さない。何を考えているのかわからない無表情を見せていた。
だが、フッと愉しそうに笑みを浮かべる。
「そ。まあ良いんじゃない?私は星天七宿家の仕組みなんて『クソ喰らえ』って思ってる側の人間だし。星の決めた運命に抗うって言うなら、面白そうだし応援するよ」
……「ま、できたらの話だけど」と、奏芽は嗤った。
「とりあえず、コレで報酬の支払いは完了だよね。私はまだやる事があるから、君はサッサと帰りなよ。じゃあね〜」
「…………」
言うが早いか、奏芽がニコニコと手を振る。言葉の端々から「早く帰れ」と急かしているのがわかった。
未だ苛立ちの治らない蛍だが、いつまでもこんな工場で奏芽と二人きりで居たくないのも事実。
納得いかないが、ちゃんと報酬である情報も受け取った。
蛍は舌打ちを溢すと、最後に思い切り奏芽を睨み付けて踵を返すのであった――。
読んで頂きありがとうございました!!
やっと小難しい話がひと段落着きました(歓涙)
今回の章は色々新情報過多で疲れますね……。
次回で、恐らくこの章の最終話。
それが終わったら高校生らしい番外編を入れようと思います。
もうちょっとで初投稿から丸二年ですが、それまでに目指せ!百話!!
次回もお楽しみに




