覚醒条件
「実は奏楽、上から今物凄く叩かれてるんだよね〜!」
「………………は?」
ケラケラと嗤って告げる奏芽の言葉が全く理解できず、数分固まった蛍から間抜けな返事が溢れる。
蛍の脳内処理完了を待たずに、奏芽は更に嗤った。
「ほら、先日の926番の件覚えてる?」
「……複合体の亜人のことか?」
「そうそう、ソレ。アレに関する任務は北斗七星“α”に依頼が入ってた筈なんだよね。事実、奏楽の元に情報が入って来てたし、奏楽が出動したでしょ?」
と言われても、蛍はそれ程ピンと来ない。
確かに奏楽も出動したが、実際に926番を討伐したのは蛍達だ。
蛍は苦笑いを溢しながら、「闘ったのは俺達だけどな」と呟いた。その呟きを聞き逃すことなく、奏芽は「そう、ソレ!」とビシッと蛍へ向けて人差し指を突き付ける。
「それが大問題なんだよ。北斗七星宛に来た依頼を別の人間……それもガーディアン隊員にもなっていないただの学生や、他家の次期北斗七星候補を巻き込むなんてさ。その後、南星十戒まで現れるし、一歩間違えれば次期北斗七星“β”を失っていたかもしれなかったって事で、上から『どう責任取るつもりだったんだ!?』って大目玉!馬鹿だよね〜!」
「ッ…………」
「で!ソレを皮切りに土萌家に戻った蛍と未だに仲良くしてるってこともバレちゃって、春桜家当主から色々と罰が与えられてるみたいだよ」
「ッそ、それはソラの所為じゃねぇよ!!」
思わず蛍が反論する。
だがしかし、奏芽はそんなことどうでも良いのか、「誰の所為とか関係ないよ」と不気味に目を細めた。
「『星天七宿家の人間は他家の者と親密な関係になってはいけない』……それがルールなんだよ。それくらい知ってるんでしょ?」
「ッ!!…………」
「特に当主に近しい立場の異性同士なら尚更。当然理由もちゃんとある。表向きには、過去起きたような星天七宿家同士の対立を避ける為ってなってるけど……実際は家の価値を損なわない為だ」
「…………」
どういうことかわからず、蛍は眉を顰める。
奏芽は本当に真面目に話しているのかわからない程、楽観的に嗤っていた。
「土萌家みたいに“絶対に”って訳じゃないけど、他の星天七宿家も現当主と血が近い者が次期当主に選ばれ易いんだよね、やっぱり。子供だったり、姪っ子甥っ子、後は兄弟とか?今の北斗七星も一人を除いて、全員が前北斗七星と近親関係にあるし。それって優れた星力が遺伝によって継がれてるからなんだよね。だからこそ、他家の人間と結ばれる訳にはいかない」
「……何でだよ。優れた星力持つ者同士なんだから、別に良いだろ。近親婚続けるよりも、よっぽどか優秀な子供が生まれるぜ?」
「まあね〜。じゃあ、その生まれた子供はどっちの家の子になると思う?次期北斗七星に選ばれたら否応なく決まるけど……星天七宿家は北斗七星を筆頭に、優秀な貴人を生み出す為だけに存在する家系。折角生まれて来た優秀な人材を他家に渡したいと思う?」
「…………」
蛍は応えない。代わりに不快感を表すように、最大限に表情を歪めていた。
それが何よりの答えである。
何も答えていないにも関わらず、奏芽は愉しそうに「そう」と頷いた。
「絶対に渡したくないんだよ。家同士によっては、蹴落とし合いする程仲が悪い家もあるし……後はシンプルに『血を混ぜたくない』って言うのもある」
「『血』?」
「うん。星天七宿家が星天七宿家たる所以……『各家に一世代一人ずつ、必ず北斗七星が生まれる』……でも血を混ぜれば、生まれる北斗七星がバラバラに……例えば土萌家から“α”が生まれたりするかもしれないってこと。バラバラでも全ての家に北斗七星が一人生まれてればまだマシけど……もし、一つの家に二人北斗七星が生まれて、何処かの家に北斗七星が生まれないなんて事になったら……星天七宿家の権力の均衡が崩れる。それを恐れてるって訳。だからこそ、いつまで経っても土萌家次期当主たる蛍くんと離れるつもりのない奏楽は、上から叩かれまくってるし春桜家当主から重い罰も受けてる。まあ一番の理由は、よりにもよって仲良くしてる他家の異性が、春桜家次期当主と土萌家次期当主ってことだけど」
「…………」
蛍は顰めっ面のまま、口を噤んでいる。
奏芽は「さて」と言葉を区切った。
「ここから先は今回二つ目の報酬……『蛍が“β”に覚醒する条件』とも関わってくる話だよ。どうして奏楽が君に、必要以上に与える情報を制限してるのか。何故土萌の次期当主と仲良くすることは、特別禁止されてるのか。全ては土萌家の慣習に答えがある」
「…………」
蛍は真剣な面立ちで続きを待った。
奏芽が「まず結論から言おうか」と前置きをする。
「蛍が“β”に覚醒する条件……それはね……」
そこで一度意図的に口を噤めば、奏芽は笑みを深め、立てた人差し指を唇まで持って行く。
「蛍がある女性と結ばれる……つまり決められた女と子作りすれば良いってこと!」
「…………………………………」
瞬間時が止まった。
今日一番の笑顔で告げる奏芽。
ポカンと間抜けな表情を晒したまま、フリーズしてしまった蛍。
シーンと工場内が一気に静まり返り、空間そのものが凍り付いてしまったようである。
……こ、づ、くり……こづ、くり……子、作り…………『子作り』…………。
奏芽に言われたことを噛み砕きながら、脳内処理することおよそ五分弱。
「……ハァアアアアアアアアアアア!!!!????」
蛍の絶叫が地球全体に轟くほど響き渡った。
「な、なな、何言ってんだ!!?テメェ!!!」
目と眉を思いきり吊り上げて、蛍がビシッと人差し指を突き付ける。先程までの緊迫した空気は何処へやら。ありありと苛立ちを露わにしている。
だがしかし、対する奏芽は涼しい表情で「そんなに照れない照れない」とケラケラ蛍を揶揄った。
「照れてねぇよ!!!くだらねぇことしか言えねぇなら、テメェの副職秋峰家にバラすぞ!!」
「落ち着きなよ。ちゃんと今から、順を追って説明してあげるから」
蛍の脅しを全く意に介することなく、奏芽は変わらぬ喰えない表情を見せる。
「“レグルス”を知ってるかな?」
そう言って細めた奏芽の瞳は、奏楽と同じ色にも関わらず、やけに怪しく鈍い光を放っていたのであった――。
読んで頂きありがとうございました!
もう本当、奏芽さんの出る回は話が難しい(泣)
読者の皆さまが付いて来れてるか不安です……。
もう少し、後もう少しだけ小難しい話にお付き合いください!全然フィーリングでササッと読み進めるだけで構わないんで、軽く目を通して頂ければ……。
要は「蛍と奏楽が一緒に居ることは、互いの立場上よろしくない」……その理由を奏芽が難しく説明してるだけです。
次回もお楽しみに。




