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星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇進行編〜藤色の情報屋〜
90/101

番外編 ありし日の出会い《後編》

 寒い。冷たい。暗い。

 視野が悪過ぎて、殆ど何も見えない。

 多少は泳げると言っても、所詮は障害物の無いプールでの体験。まともに手入れもされていない池の中とは訳が違う。

 それでも必死に手足を動かした。

 散々打たれた筈なのに、何故か痛みを感じない。

 とにかく無我夢中で泳いだ。

 暗緑の中、淡い空色を捉える。

 手を目一杯伸ばして、相手の腕を掴むと、一気に水面うえを目指した。



 *       *       *



「プハッ!!!……ハァ!ハァ!ハァ……」

「ケホッ!コホッ……」


 池から顔を出して、酸素を取り込もうと荒い呼吸を繰り返す。

 隣の天使さんも咳き込みながら、酸素を吸い込んでいた。

 互いに呼吸が落ち着けば、水から上がることなく「君さぁ!」と僕は声を荒げた。


「何考えてんの!?死ぬ気!!?馬鹿じゃないの!!僕なんかと友達になりたいからって、普通ここまでする!?おかしいでしょ!!」


 正論を言ったつもりだった。

 でも天使さんと言えば、怒鳴られているにも関わらず、キョトンと惚けた表情かおを浮かべて、そしてすぐにまた柔らかく微笑んだ。


「助けてくれてありがとうございました〜。まさか全身怪我だらけの君が直接来てくれるとは思ってなかったんで、ちょっと反省してます」


『ちょっと』じゃなくて、めちゃくちゃ反省して欲しい。

 本当に有り得ない。

 僕が言ったことだけど、池に自ら飛び込むなんて信じられない。カナヅチなら尚更。

 というか会話のキャッチボールができてない。お礼なんかよりも、もっと他に言うことがあるでしょ。

 こっちは心臓バクバクで、一生分の気力を使い果たした気分だと言うのに。

「本当、意味わからない……」と僕は地面に突っ伏した。

 ザパァと、隣で水から上がる音が聞こえる。


「あの……池に飛び込んだんで、ボクと友達になってくれますか?」

「…………」


 未だ水から出ない僕を覗き込むようにして、天使さんが問い掛ける。


「……何でそこまで?」


 質問に質問で返した。

 本当に理解できないから。

 僕なんかを選ぶ理由が。

 岸に生えた雑草を強く握り締める。

 その時だった。


「ウワッ!!?」

「ッ!」


 地盤が緩かったのだろうか。

 岸辺の土が崩れて、池の中に沈みそうになる。

 本能的に腕を真上に上げるが、空を切るだけで何も掴めない。


 本当、こんな時まで僕の体質は変わらない。


 パシンと、僕の手を何かが掴んだ。

 水の中に半分以上浸かった僕の身体を、しっかりと支えてくれる。


「…………」


 僕の手を握ってくれているのは天使さんだった。

 ニコリと笑った表情かお

 本当に綺麗だなと思った瞬間……。


「ちょっと失礼しますよ〜。舌噛まないように気を付けてくださ〜い」

「……は?……え、ェエエエエエ!!!?」


 グイッと思いきり腕が引っ張られたと思えば、僕の身体は宙に弧を描くように投げられた。

 確か施設の本棚にある漫画の情報だと『背負い投げ』だったか。

 地面に叩き付けられる前に、身体の勢いが殺され、何とかノーダメージで地面へと倒れ込む。

 水から引き上げる為だとしても、もっと他に方法は無かったのだろうか。無いなら無いで、後は自分で水から上がるのに。

 天使さんと居ると、心臓に悪過ぎる。切実に。


「大丈夫ですか?」


 僕の顔に天使さんの影が落とされる。

 大丈夫か否かで言えば、答えはノーだ。

 元々身体はボロボロだし、精神もこの短時間で消耗し切った。

 口にするのも億劫で何も言わなければ、天使さんは「先程の答えですけどね」と勝手に話し始める。


「ボク、大好きな人から『お前なんか死ねば良いのに』って言われたんです。すぐ後には『私なんか生まれて来なければ良かった』って言わせちゃいました」


 池に飛び込む前のような、悲壮感に溢れた声音じゃない。

 それでも簡単に話せる話題じゃないであろうことは読み取れる。

 相槌を打つことすらできない僕は、ただ黙って話の続きを待った。


「ボク、生まれてからずっと大事に育てられてきて、『生まれて来てくれて良かった』『貴女の傍に居れて嬉しい』って、好意や善意しか受けたことなかったんで、とってもショックだったんですよね……しかも生まれて初めての敵意が、一番大切な人からだったんで……あの子の悩みとか葛藤に気付けなかった自分が、どうしようもなく情けなくて……人々を護るのがボクの使命なのに、身近な人の心すら護れなかったのが……『自分なんか生まれて来なければ』って言わせちゃったことが、信じられないくらい悲しくて……君が『死んでしまえば』って言いかけた時、あの日のことが頭を過ったんです。だから……そんなこと、もう二度と思って欲しくないなって……君のこと、独りぼっちにしたくないなって……思ったんですよね」


 眉を下げて笑う天使さんは、情けなさそうにはにかんでいた。


 ……自分だって『死ねば良い』って言われてるのに、何で言われたことより言わせた方にショックを受けるんだろ……。


 そもそもどっちにしたって、そんなことの為に命の危険を冒してまで池に飛び込むなんて有り得ない。

 有り得ないと思うのに……。


 ……『独りぼっちにしたくないなって……思ったんですよね』


 信じてしまいたくなる。

 馬鹿げてると思うし、正気を疑うレベルだけど、天使さんは僕と友達になる為だけに池に飛び込んでくれた。

 あんなに拒絶されても、怒るどころか微笑み掛けてくれた。

 本当に……信じても良いの?


「……僕、本当に信じられないくらいの不幸体質だけど、良いの?」


 右腕を持ち上げて、両目を覆う。

 天使さんの表情かおが見えないけど、どうせこの人は優しく笑ってるに決まってるから構わない。


「きっと君も不幸にする。大好きな人から『死んじゃえ』って言われるよりも、もっと辛い目に遭うかもしれない。それでも良いの?」

「『人生山あり谷あり』ですよ。例え辛いことが起こっても、大丈夫です。それを吹き飛ばせちゃうくらい楽しいことが起こるかもしれませんから」


 ほら、返ってきたのは優しい声だ。


「……僕、定期的に転ぶから、すっごく歩くの遅いけど……」

「なら手を繋いで歩きましょ?転びそうになっても、ボクが支えますよ〜」

「……階段でも躓くから、君のこと巻き込むかも……」

「ボク、こう見えても強いんですよ〜。何なら君ごと抱えて飛び越えちゃいます〜」

「…………火事起こしたり、君に怪我させちゃうかも……」

「火事ですか〜。なら一緒に消火訓練しますか?火を消せなくても、逃げ切るだけなら余裕ですし〜。後、怪我なんて日常茶飯事ですよ〜。ボクの家、病院経営してますから、怪我なんてへっちゃらです〜」

「…………」


 本当、何なんだよ、この子……。


 何故だか目頭に熱いモノが込み上げて来た。


「……ッ……ほん、とにッ?……本当に、僕から離れていかないッ?……」


 君は……本当にずっと、僕と一緒に居てくれるの?

 怖くて相手の顔が見れない。

「はい」とやけにハッキリ、相手の声が耳に届いた。

 誘われるように、腕を下げる。


「この先ずっと……君と一緒に居ますよ。ボクから離れることはしません。約束します。だから……」


 天使さんが右手を差し出してくれる。


「ボクとお友達になってくださいな」


 まだ完全に信じられる訳じゃない。

 それでも後一回。後一回だけ……


 この子のことを信じてみたい。


「……うん……!!」


 恐る恐る僕は差し出された手を取った。

 そして飛び込んだ視界に目を見開く。


「ありがとうございます!」


 まるで満開になった桜みたいな笑顔だった。自身の顔が熱くなるのを感じる。

 いつまでも笑顔に見惚れてる訳にもいかないので、惚けた頭を誤魔化すように上半身を起こした。


「あ、そう言えばまだ名前聞いてませんでしたよね?お名前、何て言うんですか?」

「……蛍……土萌蛍……」

「!…………」


 僕の名前を聞いて、天使さんはパチクリと目を瞬かせた。女の子っぽい名前だと思われたのだろうか。

 天使さんは「そうなんですね」と呟くと、僕の右手を両手で包み込んだ。


「改めまして、初めまして〜。ボクの名前は奏楽。春桜奏楽です〜」

「……そ、ら……ちゃん……」


「そうら」の「う」を聞き飛ばした僕は、『名が体を表すってこういうことを言うんだろうな』と、呑気な感想を頭の中で浮かべていたのであった。


 きっと死ぬまで忘れない。

 これがソラとの出会いだった――。

これが二人の出会いです!!


本当は一話だけに纏める予定だったのに、いざ書き始めたら一万字一瞬で越えてしまい、「あ、一話だけは無理だコレ……」となって、急遽3部に分かれました。


ちなみに蛍くんの性格『人間不信拗らせた守銭奴』……人間不信さは良く伝わっているかと思いますが、恐らく読者の皆さんは「何処ら辺が守銭奴なんだろ……?」と思っていることでしょう。

実際、蛍はケチですが金儲けに興味がある訳ではなく、発端は奏楽と出会って数ヶ月……。


蛍「ねぇ、ソラちゃん。絶対に裏切らないものって何があるかな。こんな僕でもソラちゃん以外に、信じられるモノってできると思う?」

奏楽「そうですね〜……あ、そう言えば『お金は絶対に裏切らない』って大人の人達が言ってましたよ〜。お金さえあれば、どんな人でも自由にお買い物できるし、間違ってないんじゃないですか〜?」

蛍「確かに……お金か…………」


と言った具合に、お金に興味を示し始めます。

自身の立場をよくわかっていた蛍は、施設から追い出された後しっかり一人暮らしできるよう、貯金をするようになりました。

すると奏楽に「ほたちゃんって、なんか『守銭奴』みたいですね〜」と言われて、僕って守銭奴なんだと蛍が思い込みます。ちなみに当時の奏楽は『守銭奴』のことを読んで字の如く『お金を守る(大事にする)人』と解釈してたので、実際のところ蛍は守銭奴程行き過ぎてはないです。


完全なる裏設定。

結論、蛍はケチだし金好きだけど守銭奴程ではない!

(何やねん!ややこしわ!!)

幼少期奏楽さんの可愛い勘違いです。許してあげてください。

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