自分勝手
「俺が次期北斗七星だァア!?」
蛍が「何言ってんだコイツ」と言わんばかりに返せば、梨瀬から「まだはっきりとは決まっていないがな」と冷静に訂正される。
「知っての通り、北斗七星は代々星天七宿家の貴人から輩出されている。春桜家なら“α”、我々土萌家なら“β”と言った具合にな。だが、星天七宿家の貴人であれば誰でも北斗七星に選ばれるという訳ではない。特に土萌家はどの人間が“β”に選ばれるか、生まれる前から決まっている。本来なら、私の子供が継承される筈だが……私の子供は試験に落ちた」
「……テメェの言う試験って一体何だよ?」
本来選ばれる筈の貴人が落ちる程の試験……これから自分に押し付けられるのはどれほどの無理難題なのかと、面倒くさそうに蛍は尋ねた。まあ、まだ受けるとは一言も言ってない訳だが……。
梨瀬は蛍の問いに対してニヤリと笑むと、懐から何かを取り出してソレを蛍に向けて投げた。
蛍は受け取ることなく、無惨にも床に転がったソレを横目で見つめる。
梨瀬が投げたモノ……ソレは星の形をしたチャームのようなモノだった。
「……何故キャッチしない?」
まさかスルーされるとは思っていなかった梨瀬が、地味に青筋を額に立てながら蛍に問い掛ける。対する蛍は何食わぬ顔で「会って数分の奴から投げ渡されたモノを素直に受け取る訳ねぇだろ」と鼻で笑った。
流石は人間不信を拗らせた守銭奴、実の叔母に対して微塵も信用する気はないようだ。
「フンッ……生意気な餓鬼だな……まあ良い。それは“星証”と呼ばれる物だ」
「“星証”?……ソラがいつも持ってるヤツに似てるな」
改めて床に転がるチャームを見つめた蛍が呟くと、梨瀬が「同じものだ」と頷いた。
「“星証”は北斗七星の本来の力を解放する為のモノで、この世に七つ……北斗七星だけが持つことのできる神器だ」
「その大切な神器と試験に何の関係があんだよ」
「“星証”……その名の通り『星の証』……つまり“星証”は北斗七星に選ばれた者の証だということだ。曰く……この星証を手元に置いておけるのは現北斗七星か次期北斗七星のみ……」
ここまで聞けば梨瀬が言いたいことはわかる。
梨瀬の言葉を引き継ぐように蛍が口を開いた。
「つまりその“星証”を持ち続けることができた奴が次の北斗七星ってわけか」
「そういうことだ。約二十四時間……丸一日持っていることができれば、星に選ばれたということになる。もう既に可能性のありそうな土萌の人間には試した……が、全員ダメだった。もうお前しか残されていない訳だ」
梨瀬の話を最後まで聞くと、蛍は小さく「なるほどな」と呟いた。
ずっと頭に引っかかっていたのだ。
何故十六年間放ったらかしにしておいて、今更手の平変えて蛍を連れ戻しに来たのか……その訳が。
つまりは跡継ぎがいないので、急遽今まで忘れ掛けていた……否、知っていたかも怪しい蛍の存在に目をつけたということだ。
何でもない、実に人間らしい自分勝手な理由だ。
……クソが……!
蛍が心の中で舌打ちをする。
正直に言って、こんな自分勝手な奴らの為に試験を受けるなど、蛍は更々御免だ。
「その試験、俺が受けるメリットは?何処にあんだよ。ずっと今まで会いに来ることさえしなかった癖に、随分虫がいい話じゃねぇか」
皮肉混じりに蛍が笑えば、梨瀬もフッと微笑む。
「勿論、血の繋がった家族だからお願いを訊いて欲しい……などと馬鹿げたことを言う気は更々ないさ。調べさせてわかったことだが、蛍……お前は今、安いボロアパートで食事などを切り詰めながら生活しているそうじゃないか。試験を受ければ、結果がどうであろうと土萌の家に歓迎しよう。今までの貧乏生活から解放してやる。まあ、それ相応に働いてもらうことにはなるがな」
「どうだ?悪い話ではないだろう?」と梨瀬は嗤った。
蛍も梨瀬の提案に鼻で嗤う。やはり人間など信用できたもんじゃないなと。
梨瀬の発言は大体予想通りだった。
貧乏学生である蛍に“お願い”を持ち掛けるなら、確実に金で釣ってくるだろうと思っていた。
「まあ、蛍の言う通り……虫がいい話なのは事実。なので、引き返す機会を今だけやろう。試験を受けるか否か……今ここで決めろ。自分勝手な私達の言いなりになりたくなければ、今ここで去れ!もうお前には関わらん。だが試験を受けると決めたなら……もし試験に合格したならば、お前の意思関係なく、私達はお前を土萌の次期当主とする」
「…………」
本当に何処までいっても自分勝手な言い分に、蛍は無言で梨瀬を睨み付けた。そして、チラリと隣の奏楽を横目で見る。
この部屋に……否、土萌家に入ってからずっと、奏楽は不安そうな表情をしていた。だからといって何か声を上げる訳でもない。ずっと梨瀬に向けて頭を下げているだけだった。
星天七宿家のことなど表面だけしか知らない蛍には、奏楽が何故そんな表情を浮かべているのか、何故言いたいことを言わないのか、何故あんな奴に頭を下げているのか、まるでわからない。
一つだけわかるとすれば、奏楽が不安そうにしている原因が自分にあるということだけだ。
「……少しだけ時間をくれ。ソラと二人きりで話したい」
蛍が静かに告げれば、奏楽から視線を感じた。その視線に気付かないフリをして、蛍は真っ直ぐ梨瀬を見つめる。
梨瀬は面白そうに口角を上げると「よかろう」と蛍の申し出を受け入れた。
「隣の部屋が空いている。好きにしろ」