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星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇進行編〜藤色の情報屋〜
88/101

番外編 ありし日の出会い《前編》

蛍と奏楽の馴れ初め(笑)です。

笑ってる余裕ない程中々シリアス……。


割と残酷な描写あるので、ご注意を……

 十一年前。

 俺は既に五回目の新しい施設うちで、最悪な日々を送っていた。



 *       *       *



「ウワッ!!」


 前進していた右足に何かが引っ掛かり、そのまま左足も絡まって転倒する。

 何もない平らな道をただただ歩いているだけでも、五分に一度は躓いて転ぶ始末だ。今更道で転けることに何とも思いはしない。

 思いはしないが……明らかに意図的に()の進行方向に足を出して来た奴らを、僕は痛みで滲む視界で睨み付けた。

 僕の無様な姿を見てニヤニヤと意地悪な笑顔を浮かべているのは、同じ施設で暮らしている子供達五人。その手に持っているのは、紙を丸めて作った剣だろうか。

 紙の強度など知れているが、太さから見て何枚も重ねて丸めたらしい。

 その剣を何に使うかなど、言われなくても普段の生活からわかっていた。

「ヒッ」と自身の意思に関係なく、喉から引き攣った声が漏れ出る。

 僕の心情など露知らず、五人の子供達の内、中央で立っている一番体格の良い男の子が「なぁ、蛍」と恐怖を煽る声で僕の名を呼んだ。

 悠河雄ゆうがおくん。ここの施設で初めて僕と友達になってくれた人だ。


「見えるか?今朝、俺は普通に廊下を歩いてただけだ。廊下には何も落ちてなかった。なのに俺は躓いて、このザマだ」


 言いながら、悠河雄くんが首から掛けた布で吊るしている右腕を見せ付けてくる。どうやら骨に異常があるようだ。

 初めから気付いていたことだが、この後の展開が既に読めてしまう。

 それでも何の抵抗もしないよりはマシだろうと、僕は震える口を開いた。


「だ、大丈夫?」


 心配するように尋ねる。コレで少しは怒りが収まってくれれば良いが……残念ながら僕の見通しは甘々だったらしい。

「ハッ」と嗤うように息を吐き出すと、悠河雄くんは更に表情かおを怖く歪めさせた。


「よく言うぜ……お前の所為だろ!?この“疫病神”!!!」

ッ!!……ウッ!……や、やめ……ウゥッ!!」


 案の定、持っていた紙の剣を振りかぶれば、悠河雄くんは僕を剣で叩き始めた。

 いくら武器が紙製で、叩いているのは歳の差も大してない子供と言えど、僕も子供だ。しかも全力で振り下ろされているので、僕からすれば鞭打ちに等しい。

 少しすれば、周りの取り巻き達も各々剣を掲げ始める。


 ……あぁ……今日も同じか…………。


 諦め切った感想を心の中だけで漏らせば、全身を襲う痛みをただただ耐えた。


 いつから、なんて覚えていない。

 気付いた時には、虐められていた。

 最初こそ、相応に反抗も抵抗もしていたけれど、多勢に無勢。言い返せば言い返しただけ仕返しが酷くなると理解した時には、既に虐め(コレ)も当然の報いかと受け入れ始めていた。

 だって仕方がない。

 僕が来てから、怪我や病気になる子達が増えた。

 僕が来てから、喧嘩をして仲違いする子達が増えた。

 僕が来てから、先生の機嫌が悪い時が増えた。

 廊下で転んだ原因に直接僕が関わっていなかったとしても、僕が来てから明らかに皆の周りで不幸が増えたのだ。

 始めは、皆「気にしなくて良いよ」って言ってくれた。「偶々だよ」って笑ってくれた。

 悠河雄くんはいつも、転ぶ僕に手を差し出してくれていた。

 でも、最初だけだ。

 炬燵のコードに足を引っ掛けて、火事を起こしたことがある。足が縺れて転び、分厚い本を持って前方を歩いていた悠河雄くんを巻き込んだことがある。本は宙を飛び、別の子の後頭部に激突して、その子は未だに入院中だ。

 普通に僕の行動と体質が原因で、僕以上に被害を受けた人達なんて数え切れないくらい居る。

 死人が出ていないだけで奇跡に近しい。その全ての原因に僕が居るのだから、施設内で起こる全ての厄事を、僕の所為にしたくなる気持ちは良くわかる。


 誰だって、こんなお荷物……嫌になるに決まってる。


「“疫病神”め!!出てけ!!ここから!!お前が生きてるから、俺達は親を失ったんだ!!!」

「そうだ!お前さえ生まれてこなきゃ……僕の母さんは今頃、僕の側に居てくれたかもしれないのにッ!!」

「死んじゃえ!!お前なんか!!さっさと死んじゃえよ!!!」


 痛い。痛い。痛い。

 本当にソレ、僕の所為なの?

 君達の不幸……全部僕が生きてる所為なの?

 僕の父さんが働いていた会社は、僕が生まれた瞬間倒産した。

 僕の父さんと母さんは、僕が生まれた瞬間喧嘩することが多くなった。

 家が貧乏になったのも、父さんと母さんが離婚したのも、全部全部僕の所為だって言われた。

 生まれただけで、皆の不幸を招いてるの?

 “疫病神ソレ”が僕なの?


 じゃあ何で……僕は生きてるの?


 答えなんて、返って来る訳もなかった――。



 *       *       *



 翌日。

 全身の怪我の痛みで、僕は目を覚ました。

 時計を見れば朝の六時半過ぎ。起きるには少々早過ぎるが、生憎ズキズキと襲う痛みが二度寝を許してくれない。

 僕は仕方なく、ベッドから降りて着替えを始めた。施設からの支給品なので、服は三着しかない。そのどれもが、日々の生活でボロボロになっていた。

 だが新しいものを持って来られても、どうせすぐにダメにする未来しか見えないので、既に汚れて穴の開いた洋服はいっそ安心感すらあった。


 ……今日はどんな事が起こるんだろ……。


 溜め息混じりに思えば、ふと部屋の扉がギィと開く音が聞こえた。

 咄嗟に振り返れば、そこには悠河雄くんとその友達。


「あれ?もう起きてんじゃん」

「折角水持って来たのにさ」


 言葉通り、悠河雄くんの右手にはバケツが提げられている。水の量はさほど多くないが、寝ていると思って水の入ったバケツを持って来たと言うなら、使い道は一つだろう。


 ……あの水で叩き起こそうとしてたってこと……だよね……。


 今は春だが、流石に朝一から水道の冷水なんて被りたくない。

 痛みに起こされて良かったと、昨日思い切り叩き続けてくれた悠河雄くんに、皮肉めいた感謝を感じる。

 だが目論見が外れたからといって、そのまま「バイバイ」と去ってくれる筈もない。

 その証拠に二人は「まあ良いか」と嫌な笑顔を見せていた。

 無意識のうちに身体が後退る。


「おい蛍、ちょっとこっち来いよ」


 クイッと、悠河雄くんが親指で扉を指し示す。

 付いて行けば、碌な目に遭わないだろう。でもこのまま立ち尽くしていても、結果はどうせ変わらない。

 僕に与えられた選択肢は一つだった。


「……うん。わかった……」



 *       *       *



 連れて来られたのは、施設の裏側にある手入れの行き届いていない庭だった。あちこちに雑草が生えており、小さいがそこそこの深さの池もある。

 子供だけでは立ち入り禁止の場所だ。


「オラッ!!」

「ウァッ!…………」


 着いた瞬間、バケツの水を思い切り掛けられた。思っていたよりも威力が大きくて、身体のバランスを崩してしまう。

 尻もちを付いた僕を囲むと、悠河雄くんは膝を持ち上げた。

 反射的に目を瞑る。

 次いでやって来た予想通りの鈍痛に、奥歯を喰いしばった。


「ヴッ!……ッゥア……ッ〜!!」


 無遠慮に足蹴にされて、身体が悲鳴を上げている。

 暫く蹲っていると、ふと攻撃が止んだ。もう満足してくれたのかと、顔を少し上げて……身体が一気に硬直した。

 悠河雄くんは近くに落ちていた石を手にしていた。

 あの石をどうするつもりだろう。

 投げ付けてくるのか、叩き付けてくるのか。どちらにせよ、昨日の紙の剣とは比べ物にならない程の凶器であることに変わりはない。

 脳から伝達された恐怖に、身体全体が逃げようと震える。

 だが、散々甚振られた身体は使い物にならない。


 ……何で逃げようとしてるんだろ……。


 ふと冷静になった。

 逃げたって何も変わらない。

 そもそも生きてる意味すらわからなくて、ずっと消えてしまいたくて……だったらこのまま、受け入れてしまった方が良いに決まってる。

 当たり所が悪かったら死んじゃうかもしれない。

 でも、それがどうした。

 死ぬことは、一番手っ取り早い“消える方法”だ。

 第一皆、僕が死ぬことを望んでる。


 そうだよ。もう良いじゃん。


 この先生きていたって、どうせ僕も周りの人達も、皆不幸にしていくだけなんだから。


 悠河雄くんが石を持った右腕を大きく振りかぶる。

 せめて一撃で殺して欲しいな、なんて……情けな過ぎて笑いが溢れた。



「何してるんですか?」



 声が聞こえた。

 聞いたことのない、フワフワした可愛い声。

 いつまで経っても、身体に衝撃がやって来ない。悠河雄くん達はある一点を見つめて固まっていた。

 一体何だと、僕も声の方へと顔を向ける。

 そして息を呑んだ。


 空みたいな淡い髪。海みたいな真っ青な。背中から差している陽の光は、まるで後光みたいに見えた。


 ……天使みたい……。


 呑気にもそんな感想が浮かぶ。

 名前も知らない天使さんは、施設を囲う柵の上からヒョッコリと顔を覗かせて、僕達の方を見つめていた――。


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