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星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇進行編〜藤色の情報屋〜
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共依存

 生まれた時から俺の周りは不幸でいっぱいだった。

 物心着く頃には、既に険悪だった両親と邪魔者扱いだった俺。両親の顔も名前も覚えずに、俺は児童養護施設へと預けられた。

 だからと言って、俺の中の何かが変わる訳でもない。不幸体質も、周りからの扱いも……環境が変わった所で、俺はいつでも何処でも“疫病神”だ。

 最初こそ優しかった施設員も周りの子供達も、一ヶ月も経つ頃には全員俺のことを蔑む眼差しで睨んで来る。何度も施設をたらい回しにされて、気が付けば俺は誰のことも信用できなくなっていた。

「“疫病神”だ!やっつけろ!」と下らないセイギを振り翳して虐めてくる子供。極力関わらないでおこうと、見て見ぬ振りする大人達。

「消えてしまおう」とソレばかり考える毎日で、俺は確かに荒んでいたと思う。

 そんな時にあいつに……


 奏楽ソラに会ったんだ――。



 *       *       *



 奏楽の泣き声が衝撃波となって、周りの生物の脳内を破壊しようとしてくる。

 少しでも気を抜けば、意識ごと持っていかれそうになる感覚に、奏芽は端正な顔立ちを歪めて必死に抵抗していた。


 ……信じられないッ!何だこの馬鹿みたいな星力量!!ちょっとでもこっちの星力放出量を下げたら、あっという間に全員お陀仏じゃん!?


 奏芽はグッと奥歯を噛み締める。

 奏楽の異能の一つ“共鳴”は、脳に直接攻撃して来る。もし奏芽の結界防御が崩れれば、奏楽の半径百メートル以内の生物全ての頭が、瞬きの間に弾け飛ぶことだろう。

 そもそも奏芽は今、自身の最大出力を出し惜しみすることなく、結界を張っている。にも関わらず、奏楽の異能は結界を超えて多少の影響を奏芽達に与えているのだから、結界が無くなったらなど考えるまでもないだろう。

 問題は奏芽の星力量と奏楽では、圧倒的に奏楽の方にゆとりがあることだろうか。このまま籠城戦ができたとして、奏芽の星力枯渇が来ればデッドエンドだ。


 ……マズいな……どうする……いつまでも最大出力の結界を張れる訳じゃない。かと言って、結界を張り続けながら奏楽の暴走を止めることは不可能。そもそも奏楽に近付くイコール結界の内側に入るってことなんだから……そんな自殺行為できる訳がない……異能を使いながら張れる結界の範囲は……さしずめ私の脳内に直接だけってところかな。この辺りは住宅街でも工場地帯でもない。犠牲になるのは精々百人程度……このまま全員死ぬのを待つくらいなら、奏楽殺して私だけ助かるってのも……運が良ければ離れてる数十人は助かるかもしれないし……。


 頭の中で考えを纏めていく奏芽。

 全員助かる道が無い為、犠牲を出す作戦にシフトしようとした所で、蛍の様子がおかしいことに気が付いた。


 ……あいつ……何してんの……?


 奏芽の視線の先では、耳を塞ぐことも身体を蹲らせることもなく、しっかりと立って奏楽に近付いていく蛍の姿があった。

 普段ならただ歩いているだけの光景に疑問を抱くことはない。だがしかし、今は奏楽の異能が暴走を起こしている。

 結界を張っているとは言え、その影響は計り知れない。意味がないとしても、両手で両耳を塞ぎ身体を縮こまらせ、少しでも我が身を守ろうと身動きが取れずに居るのが正常だ。

 それなのにである。

 まるで何も感じていないかのように歩く蛍は、異常そのものに見えた。


「…………」


 蛍は血に紅く染まった上着を脱ぎ捨て、いよいよ奏楽を囲む結界の内側へと入って行った。

 しかし蛍が奏楽の異能で苦しむ様子は一切無い。


 ……奏楽の異能、あいつには効かないの……?


 奏芽が訝しむ中、膝から崩れ落ち頭を両腕で抱え込んでいる奏楽を、蛍はゆっくりと抱き締める。


「……ソラ、落ち着け」

「ッ!………………」


 一瞬だけ、奏楽の肩がビクッと反応した。

 だが暴走は止まらない。

 構わず蛍は続けた。


「ごめん……ごめんな?辛い思いさせて。心配ばっかりかけて。俺がどんなに情けない奴でも、お前はずっと側に居てくれるのに……俺が強くならなくても、お前は十分一人で闘えるのに……いつもいつも……俺が出しゃばって、お前ばっかりが傷付く……ごめん。ごめんな、ソラ」


 蛍は密着していた身体を少し離して、奏楽の両頬を包み込み、目線を自分と合わせる。

 奏楽の焦点は未だ彷徨ったままだ。目の前の蛍を認識できていない。

 それでも蛍は笑みを浮かべて見せた。柔らかく、優しい笑みを。


「俺は死なない。お前が死ぬ、その時まで……絶対に死なねぇよ。だからもう……泣かないでくれ」


 言い終わると同時に、蛍は奏楽の口に吸い付いた。

 泣き声ごと呑み込むように、深く深く口付けていく。


 ……嘘……あいつ、()()()()()()()()()()……の……?


 二人のキスを見つめながら、奏芽が信じられないと言わんばかりに眉を顰めた。


 ……そりゃ、奏楽の星力が枯渇すれば異能の暴走は止まる……けど、他人の星力なんて、貴人にとってはただの毒だ……血が近いならまだしも、赤の他人の星力なんて体内に入れた瞬間、内側から弾けて即死……なのに何であいつは兄弟でも何でもないのに、奏楽の星力を吸い取って平気な訳!?


 意味不明と、奏芽は表情かおを歪めるが、常軌を逸しながらも蛍の取った方法は最善であった。

 無理矢理星力を抜かれるのは、体力消費が半端じゃない。体力の元々乏しい奏楽は、逃げるように蛍の唇から顔を背ける。みすみす逃す訳もなく、蛍は更に奏楽へと覆い被さった。


「……んッ……ふ、あッ……」


 いつの間にか奏楽の涙が止まっていた。泣き声も物理的に止められ、控えめな甘い声が途切れ途切れに上がっている。

 蛍は一度唇を離すと「ソラ」と名を呼んだ。

 今度こそ、しっかりと奏楽の瞳が揺れる。ここまで来ればあと少し――。

 蛍はグイッと自身の口を、奏楽の耳元まで持って行った。


「ソラ」


 ゆっくり。ハッキリ。

 言い聞かせるように、奏楽の名を呼ぶ蛍。


「…………あ、ほたちゃ……ボク、また…………」


 震える奏楽の声が耳に届いて、蛍が奏楽の顔を見遣る。

 漸く奏楽の、紺碧の瞳と目が合った。

 異能の暴走も完全に収まっている。

 蛍はフッと表情を緩めれば、そのまま奏楽の身体を抱き寄せた。


「気にすんな。お帰り、ソラ」

「……ただいま……ごめんなさい……」


 奏楽も蛍を抱き締め返す。

 どうやら嵐は去ったらしい。

 奏芽も結界を解いた。


「ほたちゃん、すぐ怪我の治療しますから……」


 言うが早いか、奏楽が両手を蛍の患部へと翳す。そこで「そんなことより」と不機嫌な声が上がった。

 治癒術を使いながら、奏楽が声の方へと顔を向ける。

 奏楽と蛍のすぐ側に奏芽が立っていた。


「説明して貰おうか。今の何?奏楽の暴走も、蛍が奏楽の星力を吸って無事な理由も、それ以前に蛍が奏楽の暴走の中で平気だった訳も。全部教えて貰うよ」

「それは……」

「俺が話す」


 答えようとする奏楽を遮って、蛍が口を開いた。

 治癒術は終わったらしい。すっかり全身の痛みが癒え、ついでに星力量枯渇による体力切れも奏楽からの星力で充分回復できた。

 奏芽への説明よりも、蛍は先に奏楽へと意識を向ける。


「ソラ、もう大丈夫だから、先に帰っててくれ。俺はまだ、奏芽コイツと話があるんだ。今夜、そっちに会いに行くから、な?」

「…………はい。お仕事の邪魔して、すみませんでした。奏芽も、迷惑かけてごめんなさい」


 まだ何か言いたげな表情かおをしながらも、奏楽は大人しく引き下がった。

「全くだよ」と刺々しく返す奏芽に、もう一度頭を下げれば、奏楽は工場から素直に出て行く。

 蛍と奏芽、再び二人きりの時間がやって来れば、徐に奏芽から「それで?」と質問の答えを促された。

 蛍は自身の左耳、奏楽から貰ったピアスに触れると、少しだけ目を伏せる。

 そして自嘲気味に、フッと微笑んだ。


「俺とソラは……お互い相手に依存してんだよ」

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