最凶異能
「『亜人でも貴人でもある』……って何だその化け物は!?」
「さあ?わからないから化け物なんでしょ」
理解不能と言わんばかりに声を上げる蛍に、奏芽が「何言ってんの」と両手の平を天井に向け肩を竦めた。
「『赤目の怪人』についてわかってることは多くない。亜人と関わりがあるかどうかもわかっていなかったけど、とりあえず亜人と同じで人間を食べることはわかってるから、“敵”認定してるってだけ。まあ今回で、亜人……それもアゲハと関わりがあることがわかったけどね」
どうやら謎に包まれた存在らしい。
気にはなるが、これ以上聞いても何も得られそうにない為、蛍は「そうかよ」と話題を断ち切った。
「それよりも……まずは君の怪我、何とかしないとね」
言いながらニコッと微笑むと、奏芽は蛍の身体へと右手を翳す。治癒術だ。
ポワッと柔らかい光が手の平を中心に、蛍の身体を包めば、身体中の痛みが少しだけ癒えていく。
数秒して光が収まると、蛍は自身の身体を確認した。
「…………まだ治ってねぇけど?」
「は?」
ボソッと出された文句に、奏芽が信じられない程低音ボイスを発する。
その表情は笑顔のままだが、明らかに目が笑っていない。
「え、何?もしかして、奏楽みたいに全快できると思ってる?あっはは……アレと一緒にしないでくれるかな?治癒術に必要な星力量は、他のどの術よりも桁違いに多いんだよ。全ての怪我を一発で完治なんて冗談じゃない。止血と痛み止めだけでもしてあげたこと、感謝して欲しいくらいだね。それとも何?死ぬ覚悟があるなら、私の異能を使って治癒してあげようか?」
ペラペラと舌を回す奏芽から、段々と黒いオーラが出てくる。
地雷を踏んでしまったようだが、蛍に気にした様子はない。そんなことよりも「ん?」と引っ掛かった。
「『異能で治癒』って……そう言えば、お前の異能って何なんだ?空気から酸素抜いたり、床がいきなり剣山になったり、治療までできるってどんな異能だよ」
「あれ?まだ言ってなかったっけ?」
蛍の疑問に、ケロリと負のオーラを消して奏芽が応える。
「私の異能はね」と奏芽は口元に人差し指を持ってきた。
「“操作”……私の半径五十メートル以内にある物質を、分子レベルで操作できるっていう能力。まあ人間含めて、動物は触れてなきゃ異能の効果が使えないけどね」
アッサリと告げる奏芽だが、蛍は何も言えずに固まってしまった。
分子レベルの物質操作……スケールが大き過ぎて、実感が沸かない。
そんな蛍の心情はわかっているのか、奏芽は「例えば」と説明を続ける。
「さっき見せたように物質の化学式を変更させることができる。さっきは空気から酸素を抜いたけど、水を酸素と水素に分解することもできるし、空気中の酸素を全部二酸化炭素にすることもできる。まあ、その逆も然りかな。後は単純にベクトル操作だね。その場にある物質を自由自在に動かして、形を変えさせる。念力とか超能力に近い感じ。わかった?」
ニコリと微笑みを向けてくる奏芽。
蛍は眉を顰めて、心の中で吐き捨てた。
……最凶かよ……。
とんでもない異能である。使い方によっては殆ど自然災害のような能力だ。しかも攻撃技以外にも、色々応用が効きそうなところも使い勝手が良い。
「……つか、その異能でどうやって俺の怪我治すって?」
ようやく奏芽の信じ難い異能を呑み込めれば、蛍は一つ疑問に思う。
確かに何でもできそうな能力ではあるが、ベクトル操作と分子操作でどうやって傷の手当てをするのか。
奏芽は「ああ、簡単だよ」と口を開いた。
「対象の血液を操作するの。星力による治癒術が自然治癒力に必要な細胞を無理矢理活性化させてる能力だとすれば、私の異能は自然治癒力に必要な細胞を無理矢理動かして働かせてるって感じ。だから、治癒術の何倍も相手の身体に負荷が掛かるし、一歩間違えれば全身の血管が破裂して即死だね」
「……絶対に俺に触るんじゃねぇぞ!!」
説明を受けて、開口一番蛍は声を荒げた。
そんな命懸けのギャンブルで治療など、死んでも御免である。
必死な様子の蛍に対し、奏芽は「あはは」と楽しげに笑った。
「心配しなくてもやらないよ。異能での治療は馬鹿みたいに精神削られるからね。死にかけ以外の時に使うつもりはない」
「なら最初から言うんじゃねぇよ」
苛つきながら蛍が愚痴った。
だが奏芽は何処吹く風である。口先だけの謝罪すらない、清々しい様であった。
上昇する苛立ちゲージに、蛍が舌打ちを溢……そうとして、接近してくる星力反応にピクリと身体の動きを止めた。
「ッ!…………」
「??何?どうした訳?」
突然明後日の方へと顔を向けた蛍に、奏芽が訝しむように首を傾げる。
段々と顔を青褪めさせた蛍は、慌てて奏芽の両肩をガシッと掴んだ。
「今すぐ、俺の血を何とかしろ!!」
「…………は?」
思わず奏芽が聞き返す。当然の反応だ。
しかし蛍には詳しく理由を解説している余裕はない。
「傷はそのままで良い。とりあえず服とか床に付いてる俺の血を、消すなり別の物にするなりしてくれ!!今すぐ!!」
「否、意味わかんないんだけど、何で私がそんなこと……」
「ソラがこっちに向かって来てんだよ!!気付いてねぇのか!!?」
蛍が吼える。
確かに特大の星力反応が、凄まじいスピードで蛍達の場所へと向かって来ていた。蛍の言うように、この反応は奏楽で間違いない。
それは奏芽にもわかる。
だがしかしだ。
「血の痕跡を消すことと、奏楽のことと何の関係がある訳?そもそも、何で奏楽がここに来るの?」
奏芽が尋ねる。
最もな疑問ではあるが、蛍は「アホか!!」と、相手に気遣うどころではなかった。
「今日のこと、ソラには言ってねぇんだから、ソラが気になって俺の所に来るのは当然だろ!?んなことより、早くしろ!!さっさとしねぇと、取り返しのつかねぇ事になるかもしれねぇんだぞ!!?」
「意味がわからない。ていうか、もう遅いんじゃない?」
奏芽が肩を竦めるのと、「ほたちゃん?」とふわふわした声が聞こえたのは同時であった。
ギクッと肩を跳ねさせ、蛍が入り口へと視線を向ければ、今まさに階段を降りて来た奏楽の姿が見える。
……ソラ……!




