怪物
……せ、『赤目の怪人』……『アゲハ蝶』……?
聞き慣れない単語に、蛍が訝しむように奏芽へ視線を向ける。
だが蛍のことなど構わず、両者は共に喰えない笑みを浮かべて会話を続けた。
「そうだよ、ボクは『赤目の怪人』の一人。『アゲハ蝶』とは何て言うのかな〜……まあ敵ではないね。でも正確に言えば、『アゲハ蝶』全体と関わりがあるわけじゃないよ。ボクらが関わっているのは、『アゲハ』のボスだけ。ボスの指示に従う代わりに、恩恵を貰う。そういうビジネスライクな関係とでも言おうかな」
ペラペラと聞かれたことを躊躇なく教える少女。
あまりの素直さに嘘を疑う蛍だが、奏芽はどうやら信じたらしい。
「なるほどね」と頷けば、次の質問を繰り出す。
「それじゃあ、君の名前は?後“異能”も教えて貰える?」
「『異能』!!?」
思わず蛍が聞き返した。
異能は貴人の特権だ。それを聞くということは、この少女は亜人ではなく、貴人ということになる。
しかし奏芽はコレをスルー。変わらず、視線を少女へと固定していた。
少女は一瞬目を丸くして、そしてフッと口角を上げる。
「名前ね……『じゃあ“ミラ”で』」
ニッコリと少女が微笑めば、蛍はジト目を相手に向けた。
……『じゃあ』って何だよ……本名言うとは思ってねぇが、確実に偽名じゃねぇか。ナメてんのか……。
盛大に心の中でキレる蛍だが、質問した本人である奏芽は大して気にしていないようだ。答えの続きを黙って待っている。
ミラと名乗った少女は「“異能”か……」とポツリと零した。
「教えることはできないかな。代わりにヒントだけあげるよ。ボクの能力でできることは大きく分けて二つ。言うなれば基本技と応用技。どちら共、次期“β”君に見せてるから、後で聞いて謎解き頑張ってみてよ」
ヘラヘラとミラがはぐらかす。
だが、ちゃんと質問に答えないことよりも、蛍が気になったのは別の事だ。
……“異能”を否定しなかった。本当に異能を持ってるのか……ならコイツの正体は貴人ってことに……。
蛍が考え込む中、隣の奏芽は「最後の質問だよ」とさっさと話を進めていた。
「君ら『赤目の怪人』は全員で何人居るのかな?」
奏芽の瞳が怪しく細められる。
ここに来て、初めてミラの表情に曇りが見られた。残念ながら、その意図を汲める者は此処には居ないが、何かしらの地雷を踏んだようだとわかる。
だがソレも、瞬く間に軽薄な笑みへと戻された。
「強いて言えば小さな町一つ分かな。怪物の数は……これが最後の質問って言ってたよね?それじゃあ、また今度」
言うだけ言って、ミラの瞳が再び真紅に染まると、いつの間にやらその場から姿を消していた。
逃げたらしい。
奏芽に追いかける気配は微塵もないので、『逃がしてやる』という約束は本当のようだ。
二人取り残された工場内で、蛍は早速奏芽に「おい」と話し掛ける。
「色々と説明しろ!『赤目の怪人』ってのは何だ!?『アゲハ蝶』は!?アイツは本当に貴人なのか!?」
立て続けに一気に捲し立てる蛍だが、奏芽は「へぇ」と意地悪く嗤うだけだ。
「君が『貴人の常識を殆ど知らない』って情報は本当みたいだね」
「うるせぇよ!」
額に青筋を立てる蛍。
馬鹿にされたと思ったようだが、奏芽には悪気があるだけで、馬鹿にしているつもりは一切なかった。
その証拠に、奏芽は少しだけ真面目な表情を浮かべて、「ねぇ」と膝を折り曲げて蛍と目線を合わせる。
「君が本当に、次期北斗七星として力を付けていきたいなら、奏楽の側から今すぐ離れな?」
「……は?…………」
脈絡のない、突然の話題に蛍が間抜けな声を漏らした。
何故いきなりそんな話になったのか。
蛍が考えつく前に、奏芽は続ける。
「アレは他人の成長を妨げる。情報も試練も与えてくれなければ、自分勝手なエゴで相手を縛ってばっかり。君の為にならないよ」
「…………」
真剣な眼差しだ。
会話の意図が何であれ、今まで蛍が見てきた奏楽の言動を考えても、奏芽の言う事が割と真実を射ていることは確かだ。
蛍だって理解してないわけではない。
それでも「ふざけるな」と蛍は奏芽の案を一蹴した。
「お前が……周りの奴らが何と言おうと……俺はソラの隣に居る。ソラの隣に立てねぇなら、強くなる意味も、お前らの事情に踏み込む意味もねぇ」
「……そう。ま、好きにすれば良いんじゃない?」
言いながら、奏芽は立ち上がった。蛍と顔を合わせないようにしながら、「さっきの質問だけど」と口を開く。
「『アゲハ蝶』は星影でいずれ習うよ。簡単に言えば、『亜人版のガーディアン』。亜人による亜人の為の亜人だけの組織ってところ。目的は貴人達への復讐かな。基本亜人は群れることがないけど、『アゲハ』の団員はまあまあ居ると思われてる……団員じゃない亜人達への影響力が強いのも確か。まあ、私達ガーディアンの一番の敵だよ」
大雑把な説明だが、大まかな内容はわかった。
先程、奏芽がミラに『アゲハ蝶』との関連を聞いていたのも、これで理解できる。
貴人への復讐の為に設立された亜人だけの組織……今回の件と関わっているのなら、話は凡人だけの復讐劇に留まらない。そしてミラの返答を信じる限り、無関係どころか確実に裏で糸を引いている可能性が出てきた。
蛍の表情が険しくなる。
だが奏芽は「そんな誰でも知ってる情報よりも」と、『アゲハ蝶』のことを『そんなもの』呼ばわりだ。
「『赤目の怪人』については、ガーディアンの上層部しか知らない。星天七宿家の人間であっても、当主に近しい立場の人間しか知らない、所謂極秘情報ってヤツ」
「……貴人の犯罪者だからか?」
蛍が尋ねる。
ミラは確かに異能を持っている……つまりは貴人だ。そして貴人の犯罪者は物理的にだけじゃなく、社会的にも葬りさられると聞く。
お偉方しか知らないと言うのも納得だ。
しかし奏芽は「否」と首を横に振った。
「貴人の犯罪者じゃないよ。そもそも貴人の犯罪者に呼び名なんて存在しない。生きていた証、存在そのものが無かったことにされるからね。異能を持ってるだけで、『赤目の怪人』は貴人じゃないんだよ」
「は?」
奏芽の言っている意味がわからず、蛍は眉根を寄せた。そんな蛍の反応に、奏芽はニヤッと意味深に笑みを深め、愉しそうに続ける。
「『赤目の怪人』はね、言うなれば『異能を持った亜人』……若しくは『異形を得た貴人』……つまり亜人でもあり貴人でもある。貴人でもなければ亜人でもない。ましてや、凡人でもない。正体不明の化け物……怪物。だから“怪人”。異能……能力を使う時だけ目が血のように紅く染まるから『赤目の怪人』って呼んでるんだよ」




