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星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇進行編〜藤色の情報屋〜
82/101

多対一

 

「……ハァ!ハァ!ハァ!……ッウッ!」


 次々に襲い掛かって来る凶暴化した凡人達の攻撃を避けながら、蛍が額から流れる汗を拭う。

 いくらフラッシュ状態の亜人と同等の強さと言えど、元は凡人。蛍の水鏡を破壊できる星力は持っていないので、負けることはない。負けることはないが、それでも数が多い。

 水鏡を出し続けるのにも体力が要る。

 半数を倒した時点で、蛍はかなり体力を消耗してしまっていた。

 その上、一人で闘ったことがない上に、初めての一人戦闘が多対一だ。凡人達に理性が残っていないので、共闘されないのが唯一の救いである。


「ハァ!ハァ!……チッ!……体力配分ミスったな……ッ!」


 背後からの殺気に、咄嗟にその場から蛍が飛び退く。

 凡人の拳が、工場の床にめり込んで亀裂を生んでいた。まともに喰らえば、骨折どころでは済まされない。

 だが凡人の方は擦り傷一つ付いていないようで、痛がる素振りすら見せず、再び蛍へと突っ込んで行く。


 ……“水面鏡”


 蛍が印を結んだ。

 二人の間に現れた水鏡は、蹴りごと凡人を弾き返す。一気に蛍が床を蹴って距離を詰めた。倒れて体勢の整っていない凡人の肩を床へと押し付ければ、開けられた口の中に直接銃口を捻じ込み、引き金を引く。


「グオォオオオオ!!!」


 すぐさま別の凡人が向かって来るが、蛍は床に両手を付いて身体を回転させながら、蹴りをお見舞いした。相手が怯んだ隙に、一度凡人達から距離を取る。

 肩で息をしながら、残りの凡人の数を確認した。


 ……残りは丁度十人……解毒剤の量もそれくらいだな……無駄撃ちはできねぇ……至近距離で撃つしかない……!


 蛍が銃を構え直す。

 残った凡人達が一斉に掛かって来るのを見据えて、大きく息を吸い込んだ。


「グァアアア!!!」

「キィイイイイ!!!」


 次々に襲い掛かって来る凡人達の攻撃を避けながら、隙を突いて銃の中身を撃ち込む蛍。

 一人、二人と順調に仕留めていくが、そろそろ体力の限界である。


「グアッ!」


 ほんの少しの油断を狙われ、背中に重い蹴りを一撃喰らった。ガードが間に合わず、蛍の身体が軽く吹っ飛ぶ。

 しかし畳み掛けようと、凡人が目の前まで迫って来ていた。

 大きく口を開いて、歯を突き出す凡人。亜人のように鋭利な訳ではないが、それでも本気で噛み付かれれば、場所によっては致命傷になるだろう。


 ……首狙ってやがるッ!


 蛍の予想通り、凡人は空中で蛍の肩を掴むと、一気に蛍の身体を自身の方へと引き寄せた。


「チッ!……ッ!」

「ガッ!!?」


 器用に凡人ごと空中で回転した蛍が、膝を折り畳み、そこから全力で凡人の腹に蹴りを入れる。

 床に叩きつけられた凡人。体勢を整えた蛍は今の内にと、床に足が付いた瞬間凡人の方へと飛び掛かった。

 確実に解毒剤を撃ち込んで、一息吐く。

 だが休んでいる時間はない。

 残り七人。


 ……焦るな……落ち着け……一人一人対処すれば問題ない……。


 自分に言い聞かせながら、蛍は向かって来る凡人達の拳や足技を躱した。相手の方から接近してくれたことを逆手に取り、いきなり腰を下ろして片足を目一杯伸ばせば、下半身を回して足払いを掛ける。避け切れずバランスを崩したところを狙って、連続で銃を撃った。

 残り三人。


「ハァ!ハァ!……!?」


 蛍が目を見開く。

 三人の凡人達が同時に、三方向からバラバラに突進して来たのだ。


 ……撹乱か!?理性がない癖に、何で今更連携だよ!!本能で共闘しなきゃマズいとでも感じ取ったのか!?


 半分逆ギレで蛍は走り出す。

 本来なら水鏡でガードするところだが、生憎これ以上異能を使用すれば、体力切れで動けなくなる可能性すらある。万事休すならやむを得ないが、身体能力だけで切り抜けられるなら切り抜けるべきだろう。

 だが、既に限界が近いのだ。

 明らかに先程よりも機敏さも俊敏さも劣っている蛍は、左右から迫っていた凡人二人に両腕を拘束された。


 ……クソッ、捕まった!


 何とかして振り解こうとするが、流石はフラッシュ状態の亜人と同じくらいの力量である。疲れた身体では、多少暴れたくらいビクともしない。

 その間に残った一人の凡人が、蛍の目の前まで距離を縮めていた。ガバッと大口を開けると、正気を失った目で蛍を見下ろす。

 そして……。


ッ〜…………!!」


 思わず蛍が痛みで目を瞑る。

 凡人が蛍の首筋に、思いきり噛み付いていた。亜人並の強靭な顎の力は計り知れず、歯の間からダラダラと大量の血が流れて来る。


「ッ〜!……クッソッ……食い、千切る、気かよッ!……」


 激痛に脂汗が滲む中、蛍は銃の引き金を引いた。

 パァンと小気味良い音が工場内に響き渡り、銃口から解毒剤が飛び出して来る。残念ながら、凡人に腕を押さえられている所為で、銃口は凡人の身体を捉えていない。そのまま解毒液は凡人の身体をスルーするが、そんなこと蛍にとっては想定内だ。


 ……“水面鏡”


 指だけ印を結んで水鏡を出せば、外した筈の解毒液は水鏡に反射されて、威力増しで右腕を掴んでいる凡人の肩を撃ち貫く。その衝撃で、左腕を押さえていた凡人も蛍から離れてくれた。

 両腕が自由になった蛍は、しつこく蛍を噛み殺そうとしている凡人の首筋に銃口を突き付ける。

 躊躇なく発砲すれば、残るはただ一人だけ。


 ……ギリギリ脈は無事だが……深く噛まれ過ぎたな……異能も使っちまったし……これ以上はもう体力がたねぇ……。


 未だ血の滴る首を片手で押さえながら、蛍が残る一人を見据える。

 芸もなく突っ込んで来る凡人だが、蛍は避けようとしない。そのまま正面から押し倒されれば、食い殺そうとしてくる凡人の頭を片腕で制して、その隙に相手の腹に銃を沈ませた。

 曇った銃声音の後は、蛍の身体に確かな重みがのし掛かる。


「ハァ!ハァ!ハァ!…………」


 荒い息を繰り返しながら、蛍は気を失った凡人の身体を押し退けた。上半身だけ起こして深く息を吐けば、服の裾を千切って、止血しようと首の咬み傷に押し当てる。


 ……何とか全員倒せたな……。


 漸く気を休められると、胸を撫で下ろした蛍……その時、何かが動く気配を察知して視線を動かした。


「…………」


 黒い毛並みに血のような真紅の瞳。

 蛍へと近付いて来るのはただの猫だった。


 ……何だ猫か。実験動物用の檻が壊れたのか?……まあ、どっちでも良い……とにかく秋峰奏芽が来るまで、ちょっとでも体力を回復させねぇと……。


 蛍の意識はすぐに猫から外された。

 しかし猫は真っ直ぐと蛍との距離を詰めて来る。

 後数センチ……というところで、感じた殺気に、蛍は反射的に頭上へと片腕を持ち上げた。


「ッ〜!!?」


 腕から溢れ落ちる鮮血。

 いつの間にやら、猫の爪が蛍の腕を貫通していた。

 痛みに眉根を寄せる蛍だが、それよりも感じる違和感。


 ……猫の爪が人間の腕を貫通する訳ねぇ……そもそも刺された感じが一箇所からしかねぇし、肌に真っ直ぐ刺さってる。まず爪じゃねぇ……なら、爪に見せかけた鋭利な刃物……というかそもそも、何で猫が俺の頭上に居るんだよ……!?


 思考を纏めながら蛍が腕を振り払えば、猫はクルリと回転して後方へと跳んだ。

 チョコンと床に着地すると、猫はニヤリと口を開く。


「あらら、ガードされちゃった。星力抑えてるし、直前まで殺気すら出てなかったのに、よく反応できたねぇ〜。流石は次期北斗七星候補ってところかな」


 猫が喋った。間違いなく、猫の口から人間の言葉が飛び出ている。

 だが蛍は動揺しない。


 ……『星力』……猫の姿……何かの亜人か……。


 蛍の考えを肯定するかのように、猫の瞳から血の色が引いていく。

 完全な薄紅色に戻る頃には、猫の姿は消えていた。


「…………」


 麻色のふわふわとした猫っ毛のショートヘアに、クリクリと愛らしい大きな猫目。上半身をほぼほぼ覆っているポンチョのお陰で体型はわからないが、辛うじて少しだけ出ている両手の内、右手には蛍の血がベッタリと付いたナイフを持っている。

 猫の代わりにその場に立っていたのは、見知らぬ美少女だった――。

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