対凡人
屋根の上をピョンピョンと移動しながら走ること十五分。
蛍と奏芽が辿り着いたのは、普通の工場だった。白ベースの壁はツヤっとしており、クリーンな印象を受ける。普通の製薬工場だと言われても納得しそうな程、ありふれた工場だった。
「……ホントに此処か?」
工場を見上げて、蛍が眉根を寄せる。奏芽は食えない笑みを浮かべたまま「そうだよ」と頷いた。
「表向きは製薬会社の工場だからね。問題の薬を造ってるのは、此処の地下。隠し扉があるから、付いて来て」
言いながら、奏芽が工場の入り口とは全く違う方向へと身体を向ける。工場の裏手に回り、雑草が一つも生えていない地面……その近くの工場の壁を手探りで探って行けば、触って初めてわかる少しの凹凸。
奏芽はニヤリと口角を上げて、凹凸部分の壁を指の爪で軽く引っ掻いた。するとその部分の壁だけ蓋のようにパカッと開き、中のスイッチが見える。
迷わずスイッチを押せば、地響きと共に地面の中から地下に通ずる階段が現れた。
「……この下か……」
蛍が短く呟けば、奏芽から「さて」と視線を送られる。
「この先を降りたら別行動。精々頑張ってね、次期“β君?」
「…………」
奏芽の言葉を無視して、蛍が階段へと進んで行く。その態度は予想通りだったのか、奏芽は大して気を害することなく「あ、そうそう」と思い出したかのように口を開いた。
「中にある薬や資料、機材類はできる限り壊さないでね」
そうして、任務が始まった。
* * *
隠し階段を降りた先、そこに広がっていたのはバカでかい製薬場だった。
「…………」
壁に身体を隠しながら、蛍が中の様子を慎重に伺う。
床も壁も天井もクリーンな白で統一されており、試験管やビーカー、訳のわからない文字や数字が羅列された書類などが散らかっている長机の周りには、数十人の凡人が作業をしている。幾つもの薬棚に、部屋を駆け巡る赤い液体の流れている管。隅には実験用のネズミやらネコやらが檻の中に収容されていた。
……本当に凡人しか居ねぇな……。
改めて奏芽の情報が正しいことを確認すると、蛍は「良し」と手で印を結んだ。
……“水鏡籠”
途端に、部屋中にある機材を囲むように水鏡が現れる。とそこで、凡人達は侵入者の存在に気付いたらしい。
「ッな!?誰だ!?」
「これは異能!?貴人が居るぞ!!」
ガヤガヤと一気に騒がしくなり、凡人達の手には拳銃が握られる。
蛍は隠れるのを止めて、壁から姿を現した。
「あ、赤い髪!!」
「まさか星天七宿家の……」
凡人達がどよめく。
蛍は一切気にせず、首をコキコキと左右に一回ずつ倒すと「はぁ」と大きく息を吐いた。
そして……。
「グアッ!!」
凡人達の視界から消えた瞬間、蛍の蹴りが凡人の一人を壁まで吹き飛ばしていた。
足を上げた体勢のまま、蛍は「やっぱ弱ぇな」と呟く。
驚愕しながらも、凡人達は慌てて銃口を蛍へと向けた。
一斉に引き金が引かれる。
……“水面鏡”
蛍が小さく唱えれば、蛍の周りに三枚の水鏡が出現し、銃弾を全て弾き返した。
唖然とする凡人。
凡人達が固まっている隙に、蛍は身を低くして駆け出し、凡人達の手から銃をはたき落としていった。ついでに何人かの腹や首に手刀を叩き込む。
部屋に四十人近く居た凡人達だが、ものの数分で十人が気絶してしまった。対して蛍は息一つ乱さず、汗の一つも掻いていない。
……凡人と闘うのはコレが初めてだが……こうも戦闘力が違うもんか……。
蛍も蛍で呆然とする。
しかし、凡人達には奥の手があった。
早々に勝てないと諦めた凡人達は、それぞれ手元に注射器を取り出す。針を首に押し当てれば、中身を体内へと流し込んだ。
……例の薬か……残った人数はだいたい想定通り……後はどれだけパワーアップしてるかだな……。
ここからが本番である。
蛍は漸く気を引き締めると、懐から拳銃を取り出した。本物の銃ではない。ただの玩具……水鉄砲だ。
「ヴッ……ゥウ!!」
「ヴぁ……ァア!」
人間のものとは思えない唸り声が響く。
理性を失った凡人達を尻目に、蛍は銃を構えるのであった。
* * *
一方その頃。
隠し階段近くにあった秘密の通路を通り、こぢんまりした部屋へと侵入していた奏芽は、部屋内の机……その上に散らばっている書類を一枚一枚調べていた。
……『MB』だけじゃない。他にも色々とヤバい事やってるねぇ……。
ペロリと舌で上唇を舐めながら、奏芽が無意識のうちに口角を上げる。
「!」
一枚の書類を目にした瞬間、奏芽が手を止めた。
右下部に印刷された蝶のマークを見て、奏芽はニヤリと笑みを深める。
「……副職をやってる余裕がなくなるかもね〜……」
言っている内容は穏やかではないが、その声は楽しそうに弾んでいた。
ある程度書類を調べ終わり、必要な文書をカメラに納めた奏芽は、クルリと身体の方向を変えてファイル棚へと近付く。
……『北斗七星“α”』……北斗七星の研究資料か……。
ファイル毎に貼られたラベルの文字を確認して、奏芽がソレらを全て引っ張り出す。一番上に積んだ『北斗七星“δ”』……つまりは奏芽に関するファイルから、手を付けた。
「……………」
ペラペラと、本当に読んでいるのか疑問に思う程のスピードで、ファイルの内容を頭に叩き込むこと三分。
いよいよ最後のファイル『北斗七星“α”』を奏芽は手に取った。表紙を開き、ページを次々にめくっていけば、とあるページで手の動きを止める。
そこには、他の北斗七星のファイルには書かれていなかったメモが挟まれてあった。
「……へぇ……」
奏芽が口元に弧を描く。
挟まれたメモを目線にまで持っていき、そのまま握り潰した。
……『北斗七星“α”は生け捕りに』……ねぇ……。
読んで頂きありがとうございました!!
謎に謎を重なる文章ですみません!!
次回もお楽しみに!
 




