下準備
「『MB』の解毒剤?」
翌日、星影高校昼休みにて。
蛍は奏楽を寝かしつけ、透に「『MB』の解毒剤を作ってくれ」と開口一番告げた。
そして冒頭の透の聞き返しである。
透の隣では、同じく莉一が不思議そうに首を傾げているが、蛍に詳しく説明する気は更々なく、「ああ」と頷くと要求を続けた。
「今週の土曜に必要なんだ。出せる分、全部出せ」
「『全部出せ』って……別に良いけど、何があったんだよ」
当然の反応である。
だが蛍は「関係ねぇから、気にすんな」と、それだけだ。勿論納得できる訳もなく、透も食い下がる。
「気にするだろ!『MB』って、あのとんでもない薬だろ!?その解毒剤が必要って、よっぽどの案件じゃねぇか!」
「それよりも『MB』の解毒剤は、透殿が作成したモノのデータを元に、春桜家で再現することができたのではぁ?何故わざわざ透殿に頼むんでぇ?」
透に続いて、莉一も尋ねる。
これは言うまでキリがないなと悟った蛍は、「はぁあ」と大きな溜め息を吐きながら、ガシガシと後頭部を掻いた。
「今回は俺個人が引き受けた問題で、依頼内容は他言無用なんだよ。だからお前らにも話せねぇし、ソラにも当然話さねぇ。ただ解毒剤は必要だから、何も聞かずに作れって言ってんだ。春桜家に解毒剤依頼したら百パーセント、ソラに話が入るだろ。こいつは頑固だから、内容聞くまで用意してくれねぇよ、絶対」
「『個人』ってことは、蛍殿一人で解決するおつもりですかぁ?」
「ああ、そうだ」
蛍が肯定すれば、莉一と透が顔を見合わせる。普通に心配だし、何より奏楽にも内緒という点が気になった。
しかし、他言無用の案件ならば、詳しく聞くことはできないだろう。
色々気になる気持ちを抑えて、透は「わかった」と頷いた。
「星力量枯渇まで作れる解毒剤の量は……大体十人分ってところだ。今は、さっきまで授業で星力使ってたから、八人分ってところだな。出せるだけって言ってたけど、何人分必要なんだ?」
透が質問すれば、蛍は一度黙り込む。
奏芽が言うには、蹴散らすべき敵は工場で働く凡人数十人。当たり前だが、初めから薬を飲んで働いている奴は居ないだろう。蛍の存在に気付き、薬を飲むしかない状況だと判断する奴が何人いるかだ。
とりあえず、正確な人数がわかっている訳ではない。それでも、十人分や八人分だけでは足りないだろう。
「……少なくとも、三十人分は欲しいな。どれだけ必要になるかは、正直わかんねぇが……」
「なら、金曜までに三十人分……できればそれ以上用意して、学校に持って来てやるよ。使い方とか注意点とかは、金曜に説明する。それで良いだろ?」
「ああ、頼んだ」
話がまとまったところで、昼休み終了五分前の予鈴が鳴った。
そろそろ奏楽を起こさなければいけない。その前に、蛍は莉一と透にビシッと人差し指を突き付けた。
「良いな?このことは絶対に!!ソラには内緒だぞ!?」
「「……はいはい」」
* * *
そして土曜日。午前七時。
約束通り、奏芽は土萌邸の門から少し離れた所に現れた。
藤色の腰まである長い髪を、纏め上げて黒い帽子の中に隠し、目元にはサングラス。身に付けている服も暗色ベースの地味な装いだった。
蛍が門から一人で出てくると、すぐに気付いて片手を挙げる。
「やあ、お早う。言い付け通り、誰にも言ってないみたいだね」
「当然だろ」
挨拶もなしに、蛍がぶっきらぼうに返すが、奏芽は特に気にしない。
「さて……準備ができてるなら、早速行こうか。覚悟は良い?」
奏芽がニヤリと口角を上げる。
蛍はフンと鼻で嗤った。
「さっさと行くぞ」
二人は同時に地面を蹴ったのであった――。
読んで頂きありがとうございました。
タイトル通り、“下準備”なのでちょっと短めです。
八月中に二話投稿できて良かった(歓喜)
次回もお楽しみに!




