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星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇指極編
8/101

“土萌”

「ご歓談中のところ、失礼致します。貴方が土萌蛍様でいらっしゃいますか?」

「「!?」」



 背後から突然話しかけられ、二人揃って振り返る。

 そこには、蛍と同じく赤い髪を持った女性が一人立っていた。


「……誰だ、テメェ?」

「……」


 見知らぬ女性をすぐさま鋭く睨み付ける蛍に対し、奏楽は女性の顔を見るなり目を見開いて固まる。

 そして、恐る恐る口を開けた。


「……ほたちゃん、この人は……」

「ん?ソラの知り合いか?」


 蛍が首を傾げると、女性の方から「申し遅れました」と声が上がる。


「私の名前は“土萌どもえ”ありさ。()()()宿()()()()()()()()の人間であり、土萌家当主の秘書をしております」

「星天……七宿……ソラと同じ……?」


 蛍がありさの言葉を反芻する。

 星天七宿家……北斗七星を代々輩出する貴人の名家七家。それぞれ司る星があり、奏楽の生家である春桜家は“α(ドゥーべ)”を司っている。その内の一つ、北斗七星“β(メラク)”を司っているのが偶然にも蛍の名前と同じ“土萌どもえ家”だった。


「突然ではございますが、我が当主が蛍様をお呼びです。至急私と共に土萌家へいらして頂けませんか?」

「はぁあ?何で俺が見ず知らずのお偉いさんに突然呼ばれなきゃいけねぇんだよ。ソラならともかく、俺とは無関係だろ」

「!驚いた……蛍様は何も知らないのですね」

「ぁあ!?」


 煽られたと思った蛍が地を這うようなドスの効いた声を上げる。そんな声に全く怯まず、ありさは蛍の隣でずっと突っ立っている奏楽へと視線を向けると、すぐさま視線を蛍へ戻し口を開いた。



「……蛍様、突然で驚かれると思いますが……貴方様は()()()宿()()()()()……正真正銘、土萌家の血を引く由緒正しき貴人でございます」



 ありさの言葉に、一瞬時が止まったかのように全ての音が止んだ。

 蛍が星天七宿家の人間……つまりは奏楽と同じ出身ということだ。

 蛍は少しだけ目を輝かせて……そしてすぐにありさを強く睨み付けた。それが本当なら確かに凄いことだが、そんなこと蛍には到底信じられない。


「……ハァア!?何言ってんだ、テメェ!確かに俺は貴人で、名前も“土萌”だが、そんなのただの偶然だ!いきなり現れて、誰がそんな世迷言信じると思ってんだ!?」


 はっきりと突っぱねる蛍。

 蛍の言い分は正しかった。いきなり現れた見ず知らずの人間に突然訳の分からないことを言われて、素直に受け入れられる方がおかしい。

 仮に蛍が星天七宿家の人間なら、何故両親は会社勤めをしていたのか。何故今借金取りに追われる生活をしているのか。何故自分はあんなボロアパートで過ごしているのか。そもそも今更何の用なのか。

 たくさんの疑問が蛍の頭を駆け抜けていっては、自身が星天七宿家の人間であることを否定していく。

 そんな蛍の心情には興味がないらしく、ありさは再び奏楽をチラリと見た。


「信じられないのも無理はございませんが、これは紛れもない事実でございます。()()()()()()()()()()()信じて頂けますか?」

「は?…………」

「……」


 ありさの口から急に出てきた奏楽の名前に蛍がフリーズする。何故今ここで奏楽の名前が出てくるのか。

 戸惑いながら蛍が奏楽へ視線をむけると、奏楽は罰が悪そうに二人から視線を逸らしていた。

 そんな奏楽の様子に、蛍はありさの話が少なからず真実で、奏楽はそのことを知っていたのだと悟る。


「……ソラ……知ってたのか?…俺が星天七宿家の人間だって……ずっと黙ってたのか?」

「……」


 蛍の目を見ないようにしながら無言を貫く奏楽に、蛍は奏楽の正面に回り込み無理矢理視線を合わせた。


「ソラ、こっち見ろ。何でそのことずっと黙ってたんだ?」

「……それは……」


 言い淀む奏楽になおも真っ直ぐ奏楽の瞳を見つめ続ける蛍。

 こうなった蛍は、奏楽が話すまで諦めてくれない。

 観念して言うか言わないか奏楽が悩む中、ありさが二人の間に割って入った。


「お取り込み中のところ申し訳ありませんが、少々急ぎですので……蛍様、私に付いて来てください。付いて来て頂ければ、少しは私の話も信じて頂けると思います」

「…………ソラも一緒なら付いて行ってやるよ」


 しばらく口を噤んでいた蛍だが、条件付きで了承する。だがそれに反応したのは奏楽だ。

 その顔は蛍が今まで見たことのない表情をしている。色々な感情が渦巻いている表情かおだが、一番近いのは“怯え”だろうか。


「ほ、ほたちゃん、それは……」

「申し訳ございませんが、他の御家の方をお呼びする訳にはいきません」


 奏楽に被せて、ありさも蛍の条件に苦言を呈する。だがしかし当の蛍は奏楽の様子を気にしながらも「そんなこと知るか」とあっさり一蹴した。


「ダメなら行かねぇ、それだけだ。ソラと二人で話さなきゃいけねぇこともできたことだしな」


 半分脅しに近い我が儘を蛍が言えば、少し迷いはしたもののありさは「畏まりました」と蛍の条件を渋々飲んだ。


「ではお二人共、付いて来てください」



 *       *       *



 ありさに連れられてやって来たのは、とんでもない敷地面積を誇る日本家屋の豪邸だった。

 巨大な門をくぐり、完璧に手入れされた日本庭園を進んで屋敷の中に入ると、迷路なのかとツッコみたくなるような長い廊下を何度も曲がりながら奥へと歩いていく。そうして一つの部屋へと一同は辿り着いた。


「よく来たな、歓迎しよう」


 部屋では一人の女性が蛍達のことを待っていた。

 蛍やありさと同じ真紅の髪は背中程まであり、緩く一つに結ってある。切れ長の瞳は深いヴァイオレットの色をしており、目元には泣き黒子が一つ。どことなく顔立ちが蛍に似た、大人の色気漂う美女だった。

 美女は蛍に歓迎の意を示すと、蛍の隣で座っている奏楽へと視線を向けた。


「久しぶりだな、春桜のせがれ。アポなしで突然訪問してくるとは……何かしらの罰があっても文句は言えんぞ?」

「ッ!?」


 “罰”……その言葉に反応して、蛍がバッと奏楽に顔を向ける。奏楽は蛍の視線に気付かないフリをして、「申し訳ないです」と深々頭を下げた。


「罰はいくらでも受けるんで、できればこの場に留まりたいんですけど……良いですか?」


 顔を上げた奏楽が相手の美女に許しを請う。美女は顔を顰めると、一つ溜め息を吐いて「よかろう」と奏楽の立ち会いを認めた。


「ソラ!罰って……「ほたちゃん!良いから」


 蛍の文句を遮って奏楽が蛍を制する。「余計なことは言うな」ということだ。蛍は仕方なく押し黙る。


「まあ、今回は大目に見てやろう。罰は勘弁しといてやる。奏楽にも聞きたいことはあったしな。さて、取り敢えず……まだ名を告げていなかったな」


 そこで言葉を区切ると、美女は蛍に向けて勝ち気な笑みを浮かべた。


「私の名は土萌梨瀬(りせ)。北斗七星“β(メラク)”にして、現土萌家当主の座に就いている。そして、蛍……お前の父親の双子の妹……つまりお前の叔母に当たるわけだ」

「!……俺の叔母……」


 蛍が目を見開く。

 蛍には自分の両親の記憶は殆どない。両親の顔も名前も覚えてはいなかった。その為、自分の親戚かぞくに会うのもこれが初めてだ。

 蛍の胸中に色々な感情が渦巻く。


「まあ、そんなことはどうでも良いか。名も名乗ったことだし、早速本題に入ろう」


 梨瀬は組んでいた腕を解くと、右手の甲に自身の顎を乗せ真剣な表情で口を開いた。


「今回突然お前を呼びつけたのは他でもない。蛍……お前に次期北斗七星“β(メラク)”に選ばれる為の試験を受けて貰いたいのだ」

「……………ハァアアア!!??」

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