依頼内容
「さて、契約も完了したことだし……そろそろ依頼内容を詳しく話そうか」
奏芽が店員にパフェの追加注文をしたところで、早速本題に入る。
ここまで散々脱線したが、蛍に仕事の手伝いをして貰うなら、当然その依頼内容を詳しく説明する必要があった。
改めて二人向き直って腰を据えれば、蛍の方が先に口を開く。
「『北斗七星殺害阻止』……劇薬の実験とか言ってたが、要はその実験とやらを阻止すれば良いんだろ?」
「まあ、一言で言えばそうだね。具体的には、実験と言うより劇薬そのものの製造を止めてほしい。その薬を作っている工場……その中で働いている奴らの始末を頼みたいんだよね」
「亜人か?」
蛍が尋ねれば、奏芽は短く「否」と首を横に振る。
「裏では関係してるだろうけど……情報によれば今回の実験、関わっているのは凡人だけ。劇薬作ってるのも、北斗七星を殺そうとしてるのも、全員一般市民って訳」
「!……凡、人が……!?」
蛍が目を見開く。
当然だろう。異能も異形も持ち合わせない……亜人に食べられる恐怖に震えることしかできない無力な人間が凡人だ。凡人にとって貴人は、恐るべき亜人から無力な自分達を守ってくれる英雄である。北斗七星と言えば、その筆頭だ。
英雄を自らの手で殺そうと言うのだから、蛍が信じられないのも無理はない。
だが、奏芽は肩を竦めて嘲笑を溢すだけだ。
「驚くのもわかるけどね〜。まあ実際、本来なら有り得ない話。凡人が貴人を……北斗七星を殺そうとするなんてさ。『闇夜』が仕事をしくじった所為だよ。全く、何の為の裏組織なんだか……」
やれやれと呆れたように首を振る奏芽。
蛍が「どういうことだ?」と首を傾げるが、奏芽は説明する気はないようだ。
「『闇夜』のことは梨瀬さんか奏楽に聞きな。問題はソコじゃないから。つまり、今回敵対するのは凡人の組織で、開発している薬ってのは凡人でも……何の力も持ってない非力な人間でも、貴人の頂点に君臨する北斗七星を殺せるようになる為のモノって訳。その薬の詳細だけど……」
そこで言葉を区切ると、奏芽はニヤリと意味深に笑った。訝しむ蛍に構わず、奏芽は笑んだまま「君達さぁ」と話を続ける。
「最近、面白い亜人と闘ったらしいね?」
『面白い亜人』……言われて真っ先に蛍が思い浮かんだのは、複合体の亜人だ。見た目的にも存在的にも断トツで珍妙だろう。
だが最近闘った亜人は、複合体を含め変な奴が多い。
どれの事か判断できず、蛍は「複合体のことか?」と奏芽に確認する。
だが違ったらしい。
奏芽は「ソイツじゃないよ」と否定すれば、更に可笑しそうに笑みを深めた。
「春桜家の貴人を一体で十人倒したんだってね?北斗七星になれなかった出来損ないと言っても、星天七宿家の精鋭を蹴散らすなんて只事じゃない。普通の亜人じゃあ、絶対に無理だ」
「フフッ」と奏芽が笑い声を上げる。
ここまで言われれば、蛍もわかった。
奏芽が言っている亜人とは祐希のことだ。透に復讐しようと薬を使い、随分と手を焼かせてくれたのは蛍もハッキリと覚えている。
しかし、そんなことよりも重要なのは、凡人の犯罪組織が作っている対北斗七星用の劇薬に関する話で、祐希の件が出てくることだ。“祐希”と“劇薬”……この二つのキーワードから導き出されるモノなど一つしかない。
「まさか凡人が作ってる薬ってのは……」
蛍が思い至れば、奏芽から「そう」と肯定される。
「ただの亜人を信じられないくらい強暴化させた薬……『MB』だっけ?それを凡人でも使えるように改造したモノだよ」
「おい、じゃあ俺なんかじゃ歯が立たねぇぞ。あの時だって、ソラがアイツの暴走止めたしな」
蛍が断言する。
使われようとしている薬が『MB』の効果と同じモノなら、北斗七星以外の貴人では手も足も出ないだろう。それこそ星天七宿家の精鋭が簡単にやられるくらいには、驚異的な代物だ。
いくら次期北斗七星候補と言えど、蛍は自身の力を過信していない。現状、一人で祐希のような状態の奴らを相手取ることはできそうもなかった。
だが奏芽は「心配いらないよ」とアッサリ告げる。
「君が言ってるのは、『MB』を“亜人”が使った時の場合でしょ?どう改造してるのかは知らないけどさ、元々弱い凡人が使ったところで、精々フラッシュ状態の亜人程度の力しかないよ」
「それでも充分強いだろ。何人敵が居るかは知らねぇが、一人で複数人相手できる実力は俺にはねぇよ」
蛍が言えば、奏芽から「はぁあ?」と呆れた声が返される。
「その星力量と異能の能力があって、加えて奏楽から体術習ってるんでしょ?それで勝てなきゃ、戦闘センス無さ過ぎ。次期北斗七星なんて夢のまた夢だよ。君さぁ、一人で闘ったことない訳?」
『一人』……考えるまでもなく無い。
奏楽の側に居て、蛍が一人で闘うことなど有り得なかった。そもそも共闘すら渋られていたのだ。
蛍は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら「ねぇよ」と呟いた。
「まともに闘ったのだって最近になって漸くだぞ?いつもはソラのサポートが殆どだ」
「チッ……過保護の腰抜けが……」
蛍の言葉に、奏芽が小さく舌打ちを漏らす。見せつけるように溜め息を吐けば、奏芽は蛍を見据え、ピシッと人差し指を真っ直ぐ向けた。
「君はもう闘う権利を持ってるんだから、意地でも前線に立ちな。奏楽の過保護なんて放っとけ。現北斗七星からのお墨付きだよ、君は充分一人で闘える。それを証明して、奏楽に見せつけてやりな」
「!…………」
奏芽の激励に、蛍が拳を固く握り締める。
とそこで、話題を変えるようにパンと奏芽が両手の平を顔の前で合わせた。
「……という訳で、凡人の相手宜しくね。あ、そうそう。生かすも殺すも自由で良いけど、殺すつもりなら一人は生かしといてね。聞きたいことあるから」
「それは良いが……お前はその間、何するんだよ」
蛍がジト目を奏芽に向ける。
奏芽は「ん〜?」とパフェに付いているクッキーを口に放り込めば、しばらく咀嚼を繰り返してゴクンと嚥下した。そして口を開く。
「言ったでしょ?他にも依頼された仕事がある。そっちに集中したいから、雑魚の相手を君に任せるんだよ」
「その仕事ってのは?」
「今回敵対する凡人の組織の全容を明かすこと。後は組織の裏で繋がっているであろう奴らの正体も調べたいかな。他にも細かく調査内容言われてるけど、まあ君には関係ないことだから気にしなくて良い」
奏芽の話が終われば、「ふーん」と素っ気なく蛍が返す。
「決行日と決行場所は?」
「今週の土曜。薬を作ってる工場に直接乗り込む。工場には私が案内するから、土曜の朝七時に、土萌邸前まで迎えに行くよ」
「わかった」と蛍が短く頷く。
これでとりあえず、伝えるべき情報は全て話した。
奏芽はパフェの最後の一口を食べ終わると、席を立つ。
「それじゃあ、最後に……このことは私達だけの秘密……誰にも言わないでね、ほたちゃん?」
「ッテメッ!!」
思わず蛍が立ち上がるが、その瞬間に奏芽は蛍の目の前から姿を消していた。ご丁寧にテーブルの上には、二人分の会計金が置かれてある。
「…………チッ」
額に青筋を立てたまま、蛍はカフェを後にしたのであった――。
読んで頂きありがとうございました!!
気付いたら、昨日で前回投稿の一ヶ月後!驚きで日にちを二度見しました。
という訳で慌てて執筆(毎日進めとけや!)
現在、並行して書いてる別の小説の調節作業に手間取っているので、相も変わらず亀更新ですが、気長に続きをお待ちください(土下座)




