契約成立
「ッ!?…………」
ガタッと椅子から音を立てて、蛍が思わず身を乗り出す。
しかし動揺したのもその一瞬だけで、すぐさま冷静になると、眉根を寄せて椅子に座り直した。
「何でそんなこと、テメェが知ってんだよ?そんなに言うなら、お前が俺の欲しい情報を持ってる証拠を今すぐ見せろ」
蛍からの切り返しに、奏芽は「あーあ」と落胆した声を漏らす。
「このまま勢いで押し切れるかもと思ったんだけど……『証拠』ねぇ……」
言いながら奏芽が手元に視線を落とす。
情報を持っているという証拠……蛍は簡単に言うが、そう楽な話じゃない。
奏芽はニコリと嘘臭い笑みを浮かべて、蛍を見つめた。
「先に言うよ。証拠なんてない。目に見えないモノのやり取りにおいては、相手がソレを持っているという事を前提に話が進むから。要は相手のことを……相手を見つけてきた自身の情報網を信用するのが前提な訳。君が欲しい情報を知る経緯なんかは話せるけど、本当に持ってるかどうかのちゃんとした証拠にはならないしね。情報を持ってるかの証拠なんて、その情報を話して真実だと確かめてもらう他ないんだよ。つまり、今報酬である情報を話す訳にいかないから、君に言えることは『情報屋を信じろ』って、これだけ」
ペラペラと舌を回せば、最後に奏芽は両手の平を天井に向けて、肩を竦めて見せた。
奏芽の理論武装に、蛍は表情を顰めながらも「確かにな」と頷きそうになって、更に機嫌を悪くさせる。
証拠を用意することができないとして、それでは蛍が奏芽を信用することなど到底できない。『信用を前提』など、人間不信を拗らせた蛍には机上の空論であった。
だがしかし、ここまで来て「はい、さようなら」と立ち去ることもできない。
奏楽と梨瀬から何も教えて貰えない今、蛍は藁にも縋りたい気持ちなのだ。
「……じゃあ、その『知った経緯』とやらを話せ」
上から目線で蛍が命令すれば、奏芽は特に気にした様子もなく満足げに口角を上げる。
「簡単だよ。私が秋峰家の……星天七宿家の次期当主だから。言っておくと、奏楽と梨瀬さんが君に隠してる話に関しては、星天七宿家の当主全員が知ってる。だから最初に驚いたでしょ?『何で当事者である君が知らないの?』って。だからこの情報は星天七宿家の人間なら知ってて当然の情報なんだよ。次期当主なら尚更。知らない君がイレギュラーって訳」
「…………」
煽るような奏芽の物言いに、ピクピクと蛍のこめかみが痙攣する。
何も知らないことを奏芽に馬鹿にされている訳だが、元を辿れば奏楽と梨瀬が原因だ。腹立たしいことこの上ないが、話の腰を折る訳にもいかず、心の中だけで「仕方ねぇだろ」と蛍は怒鳴った。
「で、もう一つ。君が北斗七星に覚醒する条件だけど……先に言えば、この情報はあくまで私の推測で、ちゃんとした情報って訳じゃないから、信じるか否かは君次第になる。そもそも北斗七星の覚醒条件は人によって、北斗七星によってそれぞれだから、本来誰も知り得る筈がないんだよ。それでも私が確信して話せるのは、君が土萌の……北斗七星“β”の後継人だから」
ピンッと奏芽が人差し指を蛍に向ける。
どういう意味かわからず、訝しむ蛍に奏芽は続けた。
「流石に君も知ってると思うけど、星天七宿家の中で唯一、土萌家だけが次期北斗七星に誰が選ばれるかわかってる。代々現北斗七星の子供が次期北斗七星に選ばれるから。そんな中、現北斗七星である梨瀬さんの息子は星証の試験に落ち、梨瀬さんの子供でもない君が後継人に選ばれた」
ここまでは蛍の知る話だ。
次期北斗七星が誰になるのか……普通は誰にもわからない。だからこそ、星証による後継人選抜試験がある程だ。
しかし、土萌家だけは違う。次期北斗七星に選ばれるのは、現北斗七星の子供。
だが今回選ばれたのは蛍である。甥ではあるが、息子ではない。
……つまり何だよ。結局、梨瀬さんの子供じゃねぇから、覚醒しねぇって?そんなの、今更どうすることもできねぇだろ!
内心、蛍が憤る。
しかし、奏芽が言いたいのはそういうことではなかった。「多分ここから君の知らない話だと思うけど」と前置きをしてから、奏芽が語り出す。
「土萌家だけ、現北斗七星の子供が次期北斗七星に選ばれるのには、ちゃんとした理由がある。土萌家には、他の星天七宿家にはない慣習が古くからずっとあるんだけど、その慣習の効果が土萌家から北斗七星“β”を輩出してきてるんだよ。言い換えれば、その慣習の効果がなければ、土萌家の貴人から北斗七星は生まれない。その慣習はね、現北斗七星と次期北斗七星にしか存在しないんだ。当然だよね。土萌家から北斗七星を輩出する為だけの慣習なんだから。つまり梨瀬さん含めて、代々北斗七星“β”が行ってきて、君がしてないこと。君が受け継いでいない慣習の効果。そこまで考えれば、覚醒条件がわかるよねぇ」
ニヤリと、確信めいて奏芽が不敵な笑みを見せる。
蛍も言いたいことはわかった。
「つまり……俺が土萌の慣習の効果を受け継げば、北斗七星に覚醒する……」
「そういうこと。まあ、経緯って言うより推理だね。今回報酬として教えてあげる情報が、その慣習の内容だよ。どう?信用する気になった?」
ニコッと奏芽が微笑む。
何となく認めたくなくて、苦虫を噛み潰したような表情を蛍は浮かべるが、奏芽の話には説得力があった。
後は何故土萌の慣習を秋峰家の人間である奏芽が知っているかだ。
「……何で秋峰家のお前が土萌の慣習を知ってんだ?」
素直に蛍が尋ねれば、奏芽は「何だそんなこと」とあっさり告げる。
「星天七宿家は互いに不可侵と言っても、なんだかんだ国を守る要……敵同士じゃなくて力を合わせるべき仲間だからね。お互いの家の大まかな情報は伝え合ってるんだよ。北斗七星を途切れさせない為にもね。それに、私だけじゃなくて春桜家の人間である奏楽も慣習のこと知ってるでしょ?そういうことだよ」
「……わかった。お前が俺の欲しい情報を持ってるってのは信じてやる。だが、お前の話に乗る前にこれだけは聞かせろ。何でこの話、俺に持ってきた?仕事の手伝いなんて誰でも良いだろ。何で俺を選んだのか、その理由を教えろ」
最もな疑問だ。蛍の視線が真っ直ぐと奏芽を射抜けば、奏芽は「あれ?そう言えばまだ言ってなかったっけ」とあっけらかんと笑う。
「幾つかあるけど、一番は都合が良かったから、かな?情報屋の仕事、秋峰の人間には内緒って言ったじゃん?だから、秋峰家の人間には頼れないし、他の星天七宿家の人間に頼むのは論外。その他ガーディアンの貴人も戦力不足。幹部級なら頼んでも良いけど、アイツら結構忙しいからね。それで君って訳。星天七宿家の貴人でありながら、他家の人間と関わることに抵抗ないでしょ?後は単純に、イレギュラーで次期北斗七星“β”に選ばれた君に興味があったから。面白そうじゃん?無名の貴人がいきなり国の英雄候補に上がるなんてさ」
『面白そう』……言葉通り、奏芽はケラケラと愉快そうに笑っていた。
性格の悪さが滲み出ている理由だが、下手に取り繕った話よりも遥かに納得できる。
「さて」と奏芽は、顔の前で手を組んだ。
「今話せることは全部話した。後は君の返答次第だ。そろそろ答えを聞かせて貰おうかな?」
「…………」
奏芽の話に乗るか否か。
メリットは充分だ。胡散臭さは拭えないが、この話が嘘じゃないことは蛍にもわかる。
……『北斗七星殺害阻止』……いつもならソラが率先して解決して、俺は手を出すどころか、問題そのものすら解決した後にしか知らせて貰えねぇ……だが今回は違う。初めてソラの保護下から出られる。初めてソラを護る側になれる。
蛍はグッと固く握り拳を作り、一呼吸分瞼を閉じた。
頭の中に思い浮かぶのは、困ったように眉を下げて微笑む奏楽の優しい表情。
……ごめん、ソラ。お前は俺に、危ないことをしてほしくないんだろ?土萌のこと、北斗七星のこと、星天七宿家のこと、ソラのこと……俺に知られたくないんだろ?でも、俺はどんな危険を冒してでもソラを護りたいと思うし、もっと色んなことを知りたいと思ってる。だから……許さなくて良い……は狡いな。どうせお前は俺に対して絶対に怒れないんだ…………文句は幾らでも聞いてやる。お前の隣に立つ為にも、今回だけ認めてくれ。
蛍は瞳を開け、真剣な眼差しで奏芽を見据えた。
「お前の話に乗ってやる。詳しい話を聞かせろ」
蛍の返答に、ニヤリと奏芽が口元に弧を描く。
「契約成立だね」
読んで頂きありがとうございました!!!
友達と大阪旅行へ行き、帰ってきてからコロナで寝込み……と7月前半バタバタしている内に、前回の投稿から一ヶ月経とうとしていて焦りました!慌てて執筆したので、内容が突飛かも(今に始まったことじゃない)
奏芽が出て来る回は小難しい話が多めなので、読者の皆様方頑張って付いてきてください!次回も色々と難しい話が続きますが、フィーリングで何となく読むだけでも全然良いので、どうか見捨てないで(泣)
それでは次回もお楽しみに!




