アナタの隣に立ちたくて
完全に月詠の気配が消えたのを確認して、奏楽が龍装していた木の枝を元に戻し、放り投げる。
「「…………」」
そうして、唖然としている莉一達へ向けてクルリと振り返ると、ニコリと微笑んだ。
「いやぁ、お待たせしちゃってすみませんでした〜」
申し訳なさそうに片腕を後頭部へ回す奏楽に、思わず莉一と透は身体から力が抜ける。
「そ、そんな軽い話じゃなかっただろ!?腕!腕、ホントに大丈夫なのか!?」
正論をツッコむ透に、奏楽は「はい〜」と和やかに腕を見せた。服の袖は当然再生することもくっ付けることもできないので千切れたままだが、途切れた袖から傷一つない奏楽の真っ白な腕が見えている。問題なく動かせるところを見ると、本当に大丈夫なのだろう。
「……常々お宅の星力量の多さには驚かされてばかりでしたけどぉ、今回は本当に肝が冷えましたわぁ……」
「マジで焦ったもんなぁ……」
言いながらも、奏楽の元気な様子に二人はホッと胸を撫で下ろす。奏楽はあっけらかんと「ご心配おかけしました〜」と笑っていた。
「折角殺さずに捕まえて貰ったのに、守れなくてすみません」
奏楽が眉を下げる。926番のことを言っているのだろう。透は何言ってんだと言わんばかりに、「そんなことどうでも良いわ」と声を荒げた。
「お前が無事なだけで充分だよ、本当に」
「ですねぇ」
続いて頷く莉一に、奏楽は一瞬キョトンとしてすぐにニコリと微笑む。
「ありがとうございます〜」
ふわふわと二人にお礼を言えば、奏楽は全く会話に入って来る気配のない蛍の方へと振り向いた。
「ほ〜たちゃん?」
蛍の目の前までやって来て、膝を曲げて視線を合わせようとする奏楽。残念ながら地面に向けられた蛍の視線とは重ならなかったが、奏楽の言葉に反応して、心ここに在らずと言った様子の蛍がふと奏楽の身体を思いきり抱き締めた。
あまりの勢いに、奏楽から「ぅわっ」と小さな悲鳴が出たが、蛍の震える身体に気付くと、ソッと奏楽も蛍の背中に腕を回す。
「……ごめッ……ソラ、ごめンッ……」
嗚咽混じりの声は弱々しく、対照的に奏楽を抱き締める腕には更に力が込められる。奏楽はヨシヨシと蛍の背中を摩った。
「ほたちゃんはボクを護ろうとしてくれただけでしょ?謝らなくて良いんですよ?むしろボクの方こそ、ほたちゃんに心配かけちゃったこと、謝らなくちゃいけないのに……」
「……違う……」
小さく蛍が奏楽の意見を否定する。
蛍の閉じられた瞼には、奏楽の腕が喰い千切られた瞬間が永遠とループして映っていた。
「……ソラは、避けられたんだッ……あの時、絶対ッ……俺が余計なことをしなければッ……あんな傷、負うこともッ……!」
ギリッと蛍が歯を食いしばる。
蛍の言う通り。わざわざ蛍が飛び出さなくても、叫んでくれただけで奏楽は蝙蝠の存在に気付くことができる。あのタイミングなら、精々掠める程度の傷で済んだ筈だった。
それがわかっているからこそ、蛍は自分のことが許せない。
「……俺は結局、あの時から……何も変わってないッ!強くなりてぇのにッ!ソラの隣に立ちてぇのにッ!!守ってもらってばっかりでッ……ソラのことッ、全然護れねぇッ!大っ嫌いだッ、こんな自分!!」
「……ほたちゃん……」
抱き着いている状態では蛍の表情は奏楽には見えない。
だが悔しさと怒りで、その端正な顔が歪められていることは確かだ。
奏楽は目を瞑って、蛍の首元に自身の頭を擦り寄せた。
「確かにボクは、あのタイミングでも充分避けることができました。多分できても擦り傷程度です」
「ッ!……」
「でもね、ボク嬉しいんですよ?」
蛍に見えていないとわかっていても、奏楽は口元に笑みが浮かんでしまう。
「ボクなら大丈夫だって、ほたちゃんはわかってる筈なのに……それでも身体が勝手に動いちゃう程、ボクのこと想ってくれてるんだなぁって……ボク、すっごく幸せです」
「……それでソラのこと怪我させちゃ、本末転倒だろ……」
少し気が落ち着いたのか、蛍の声がいつもの調子に戻って来る。奏楽はフフッと続けた。
「大丈夫ですよ、ほたちゃん。前も言いましたよね?今でも、ほたちゃんは充分ボクのこと守ってくれてます。それに……ほたちゃんは気付いてないかもしれないですけど……ほたちゃんの隣に立ちたくて必死なのは、ボクの方なんですよ?」
「は!?」と思わず蛍が奏楽の肩を押して、相手の表情を見つめる。奏楽は変わらず笑顔のままだ。
「今も昔も、ほたちゃんはずっと前だけ向いて、立ち止まることなくひたすら歩き続けてます。停滞しがちで、向上心もそんなに無いボクにとっては、進み続けるほたちゃんの背中がとっても眩しいんですよね。……置いていかれないように、これでも必死に追いかけてるんですよ」
「…………」
フワリと奏楽が微笑んだ。
俄には信じられない話だが、奏楽の顔を見れば蛍にはわかる。嘘は言っていない。
目を点にして、頭を混乱させる蛍の頬に、奏楽はソッと手を添えた。
「ほたちゃん、ずっと言ってますよね。『ソラの隣に立ちたい』『ソラと対等になりたい』って。ほたちゃんはボクに、劣等感を感じてますか?」
「……」
蛍は応えない。それが何より答えだろう。
奏楽は苦笑いを溢した。
「焦らなくても良いです。ゆっくりで……いつか必ず、ほたちゃんはボクなんかより、ずっとずっと強くなりますから。だから今だけでも…………」
……「ボクと一緒にいてください」
最後の言葉はあまりにも小さかった為、蛍の耳には届かなかった。
奏楽が何と言ったかわからず首を傾げる蛍だが、奏楽の様子に語る気はないのだと悟る。
……いつかソラより強くなる、か……。
蛍が内心呟いた。
現状では、到底思い描けない未来である。しかし、蛍はその未来を目指していた。
もっともっと強くなって、奏楽をこの手で護りたい。奏楽が一人で抱え込む負担を一緒に背負いたい。自分の身を躊躇なく犠牲にできる無茶ばかりのお姫様を、蛍はいつだって護りたいと、支えたいと願ってきた。
今は奏楽の足元にも及ばず、逆に守ってもらってばかりでも……いつかは必ず。
「ソラ、俺はもっと強くなる。……お前が一人で傷付かなくて済むように……お前が一人で抱え込まなくて良いように……もっと強くなるからな!」
蛍が真っ直ぐ奏楽を見つめる。
いつだって真摯な蛍の眼差しに、奏楽は嬉しそうに眉を下げて微笑んだ。
「やっぱりほたちゃんは“ほたちゃん”ですね〜」
蛍の情緒も落ち着いたところで、奏楽は「さて」と立ち上がる。それに合わせて蛍も腰を上げた。二人揃って莉一達の所まで足を運べば、奏楽が「それじゃあ」と人差し指を空に向ける。
「帰りましょうか〜、皆一緒に」
「「「ああ/ええ/おう」」」
読んで頂きありがとうございました!!!
そして!!
これにて、漸く透編終了〜!!!ドンドンパフパフ!!
透編はマジで苦労しました。透の異能は決まっていたので、それに関する物語にしたいなと大まかな理想はありましだが、いかんせん莉一編が終わった時点でも殆どの構図が決まっていなかったので、亀以下の更新スピードとなってしまいました(土下座)
次からの新章は完全に蛍中心で、いよいよ北斗七星(奏楽や梨瀬以外の)が登場します!!お楽しみに!




