本気
「ッ〜〜!!!」
「ッ……ッ……!!!」
激痛に眉根を寄せる奏楽と、目を見開いて固まる蛍。その目には、たった今蝙蝠に食い千切られて、宙を舞っている奏楽の左腕が映っている。
「奏楽!!!」
「奏楽殿!!?」
透と莉一の焦った声が、遠くの方で聞こえた気がした。
いつの間にか、奏楽の身体を覆っていた蛍の身体は、逆に奏楽によって地面に縫い付けられており、奏楽の血が顔面に思いきり掛かっていた。
「ッ……な、……そ、ソラ……ッ!?」
頭がパニックに陥っている蛍。思考が纏まっておらず、状況が飲み込めていない。
しかし奏楽は冷静だった。
「ふぅ」と深く息を吐くと、残った右腕で大地を触る。
……“土竜”
途端に地面が揺れ、瓦礫などを飲み込みながら土の龍が首を持ち上げる。そうして、蛇がトグロを巻くように、奏楽達を巨大な身体で囲った。
それを見て、月詠は「おやおや」と笑う。
「籠城戦かな?あの竜を食うのは、骨が折れそうだ」
言いながら、月詠は大量の蝙蝠を繰り出した。
一方、土竜の内側。
奏楽は千切れた腕を切断部に押し当てると、そのまま治癒術を使う。
額に浮かんでいる脂汗から、どれ程の激痛かわかる。
「そ、ソラ……」
「だ、大丈夫ですよ……すみません、ちょっと、油断、しちゃいました……」
蛍の不安そうな声に、奏楽は笑って応えた。
しばらく治癒術を使っていると、奏楽は左手をグー、パーと動かす。ぎこちなさもなく、動きに支障はない。本当にくっ付いたようだ。
奏楽はホッと息を吐くと、治ったばかりの左手を蛍の目の前に翳した。
「ねっ、この通り大丈夫ですから」
「…………」
蛍は眉根を寄せると、無言のまま奏楽の身体を抱き寄せた。触れることで、蛍の身体が小刻みに震えていることが、奏楽にはわかる。
「……ごめッ……ソラ……ごめんッ」
いつもの蛍からは想像もできない程弱々しい声で謝罪を呟かれる。
奏楽は蛍の頭を優しく撫でた。
「ありがとうございます、ほたちゃん。ボクは大丈夫ですよ。だから、ちょっと行ってきますね」
蛍の身体を離してニコリと微笑めば、奏楽は土竜の壁の先に居るであろう月詠を見据えた。
パチンと指を一つ鳴らせば、土の竜は消え大量の蝙蝠と相対する。
「おや、腕が治ってるね。治療は済んだのかい?」
「えぇ、お陰様で。でも、ちょっと余裕が無くなったんで、ここからは殺す気でいかせてもらいますね」
「……今までは本気じゃなかったと?」
奏楽の宣言に、僅かに月詠が表情を崩す。ここに来て、初めて月詠が見せた焦りの表情だ。
相手の焦りに気付いているのかいないのか、奏楽はあっけらかんと「えぇ」と頷いた。
「ボクが本気で技を撃てば、周りの全てを巻き込んじゃう可能性がありますからね〜。でも、今は全員周辺から避難していて、街もほぼ半壊状態。これならボクが本気でやっても、大して被害は拡大しませんから……」
「そこに足手纏いが三人居るけど、彼らは良いのかい?」
そう言って月詠が指差すのは、蛍達だ。しかし奏楽は動揺しない。
不敵にフッと笑えば「ボクは」と口を開く。
「ほたちゃんにだけは、どんな攻撃も絶対に当てませんよ。お気になさらず〜……と言う訳で……」
奏楽が纒う雰囲気を変える。月詠はサッと身構えた。
……“龍気砲”
奏楽が唱える。
すると空気の流れが変わった。
……まさか……ッ!
月詠の頬に冷や汗が伝う。
奏楽を中心に、竜巻のように大気が渦巻くと、空気でできた巨大な龍が奏楽の真後ろに現れた。
「……大気すらも武器に換えれるのか……思った以上に厄介な異能だね……」
「コレ……結構疲れるんで、さっさと終わらせますよ」
言いながら、奏楽は右腕を前に突き出した。
……“龍嚥千切”
途端に龍が牙を剥き出しにし、月詠に突進してくる。
凄まじい勢いは、まるで暴風だ。
間一髪月詠が攻撃を避ければ、マントを掠めたらしく、マントの一部が跡形も無く消え去っていた。
「ッ……まるで空間そのものを喰い千切っているみたいだね」
冷や汗混じりに月詠が呟けば、奏楽から「言い得て妙ですね〜」と返される。
「当たらずも遠からず……まともに受ければ、骨も残りませんよ〜」
奏楽の言う通り、半壊した街にぶつかりながら月詠を追いかけている龍は、瓦礫そのものすら呑み込んでいるように見えた。正確には、龍に当たった瞬間、瓦礫が木っ端微塵に砕け散っているのである。
当然人に当たれば、大怪我では済まない。
……異能で作られたモノなら、相手よりも大量の星力で覆ってしまえば、技は消滅する。……でも、僕の星力量じゃあ、彼女の規格外の星力量には到底及ばないか……。
龍から必死に逃げながら、月詠が奏楽の技を観察する。
だがしかし、龍に意識が集中すれば、当然奏楽本人を見失う。
……“龍木剣・刺肢龍蛇”
月詠の僅かな隙を狙って、龍型の剣が波打つように、その切っ先を月詠の眼球目掛けて突き出していた。
「ッ!?」
寸でのところで剣を躱す月詠。慌てて奏楽の立ち位置を確認するが、視認できる場所に奏楽は居なかった。
「龍ばかりに気を取られていると、ボクに背後から刺されちゃいますよ〜」
「ッ!!」
すぐ後ろから声が降ってきて、反射的に月詠が振り返る……と同時に、奏楽の踵落としが月詠の肩に直撃した。
「グァッ!……ッ!」
地面に膝を着いてしまった月詠が視線を上げると、視界に広がったのは空気できた透明な龍の姿。
身体の周りには、トグロを巻いた龍の胴体。隙間が空いているのはお情けだろうが、少しでも動けば、龍に触れて即お陀仏だろう。
状況を把握すると、月詠はフッと口角を上げた。
「ははっ……どうやら、少々侮り過ぎていたみたいだね。流石は現役北斗七星。これはたった一人で生け捕りにするのは不可能のようだね」
負けを認めたらしい。
月詠は両腕を挙げ、降参の意を示した。奏楽は異能を解くことなく、口を開く。
「闘う気がなくなったなら、大人しく帰ってもらって良いですか?」
「ああ、帰るよ。そもそも今日はただ実験をするだけの予定だったしね。君に挨拶したのはついでさ」
月詠の戦意が確実に消えたことを確認して、奏楽は龍を消す。龍の脅威から解放された月詠は、軽やかな足取りで奏楽から距離を取った。
「折角なら七海透さんを殺したかったけど、君の前じゃあ、無理そうだね。仕方ない。今回はこれで我慢するか」
そう言って、月詠はパチンと指を鳴らした。
「ッ!」
奏楽が目を見開く。
ほんの刹那の内に、蛍達が必死に生け捕りにした926番が粉々に破壊されていた。
まさか蛍達や自分ではなく、複合体と言えど亜人が狙われるとは思っておらず、奏楽は反応が遅れてしまう。
「折角の実験体だったけど、このまま貴人に持って帰られて調べられるくらいなら、壊す方がマシだからね」
「……実験……君らの仕業だったんですね……何の為にわざわざ仲間の亜人を……」
奏楽が瞳に少しだけ怒りを滲ませる。だが月詠に答える気は更々ない。
「それじゃあ、また会おう。今度会う時はお互い命懸けだ。楽しみにしているよ」
それだけ告げると、月詠は全身を蝙蝠で覆い……次の瞬間には手品のように姿を消してしまったのであった。
 




