足手纏い
凄まじい轟音が鳴り響き、既に瓦礫と化している町の残骸が更に粉々に打ち砕かれることで、辺り一面を土煙が覆う。
……“刺肢龍蛇”
奏楽の剣の刀身が十メートル近く伸び、グネグネと地面を抉りながら、月詠を追いかける。それを軽く躱しながら、月詠は奏楽との距離を一気に詰め、そのまま踵落としのモーションに入った。
後ろにジャンプすることで避けた奏楽は、地面に足が着くと同時に地を蹴り、体勢が整っていない月詠の横腹目掛けて剣を振るう。
しかし、これも身体を逸らすことで躱された。
「……な、どうなってんだよ、コレ……」
「流石は北斗七星と南星十戒のバトルですねぇ……」
目で追えないレベルの高次元な攻防戦に、透と莉一が冷や汗を流す。
とてもじゃないが、あの場に加勢することはできそうもない。それ程までに、自分達とは違う次元の闘いだった。
……ソラ……。
蛍が固く拳を握り締める。額を流れて、汗が頬を伝っていった。
「……マズいな……」
「ッ!?蛍、見えてるのか!?」
ボソッと呟かれた言葉に透が反応する。
蛍は戦況から一瞬たりとも目を離すことなく「見るだけならな」と応えた。
「ソラ達の動きを追うことはできる。ただ実際付いて行けって言われたら、今は無理だ」
奏楽の闘い方は幼い頃からずっと見てきている。追えなくなることはないだろう。だが、身体がそれに追いつくかと言われれば話は別ということだ。
しかし、問題なのはソコではない。
「というか、マズいんですかぁ?今どんな状況ですぅ?」
莉一が固い声で蛍に尋ねる。莉一に戦況はわからないが、蛍が言う程とは余程のことだ。
透もゴクリと唾を呑み込む。
「……ちょっとだけだが押されてる。戦い辛そうにしてるから、原因は俺達だろうな」
言いながら、蛍が顔を顰めた。
奏楽の剣は伸縮自在で、軽く百メートルは余裕で伸びる。切れ味も抜群な上に、その刀身は竜の胴体のようにグネグネと自由自在に動く。だが、いくら凄い武器と言えど、それを思いきり使える条件はシビアで、周りに人が居れば、それだけで剣を振るうにも神経を削られる。相手が格下ならともかく、今奏楽が相手にしているのは亜人最強の一人である。
圧倒的に分が悪かった。
「なら、ここから離れた方が良いんじゃ……助太刀できるならともかく、戦力になれないなら、せめて足手纏いにならないよう逃げた方が良いだろ」
「一理ありますねぇ」
透と莉一が頷き合う。しかし、蛍がそれに待ったをかけた。
「逃げた方が良いなら、もうソラが先にそう指示してる。それを言わねぇってことは、離れられた方が逆に迷惑ってことだ」
蛍の言う通りだった。
まだ奏楽達は月詠の実力を知らない。どんな攻撃を仕掛けてくるかも判断できない状況で、勝手に離れられたら、それこそ奏楽は蛍達を護りきれなくなる。
奏楽の考えがはっきりわかる蛍は、奏楽が自分達の為に苦戦している状況に「クソッ」と奥歯を噛み締めた。
逃げることも戦力になることもできない。本当にただの足手纏いだ。
「なるほど。腐っても現役北斗七星。これは完全に育ち切る前に摘み取った方が良いかもね」
奏楽の一撃を避けながら、月詠が笑う。その表情は余裕の一言だ。
対する奏楽もヘラッと笑みを浮かべる。
「それはどうも〜。十戒に褒めて貰えるなんて、光栄ですね〜」
不利な状況にも関わらず、奏楽は呑気なものだ。
そんな奏楽の様子に、月詠は僅かに表情を顰める。
「へぇ、まだそんなに余裕があるんだ。ならこちらも、そろそろ準備運動を終わらせようかな」
月詠の瞳が怪しく光る。
背筋に悪寒が走ると、奏楽は表情を引き締め直し、構えを取った。気にせず、月詠はバサリと両腕を真横に広げる。
……“夜の行進”
瞬間、月詠の広げられた腕からカーテンのような暗幕が現れ、そこから無数の蝙蝠が飛んで来た。
一々避けるのは手間だと判断した奏楽は、両腕を顔面でクロスさせ蝙蝠の大群に備える。
しかし、そんな奏楽の対応に、月詠がフッと意味深に笑った。
嫌な予感がして、咄嗟に奏楽はその場から大きくジャンプする。
「ッ!!」
反応が遅れた所為で、一匹の牙が足を掠めたらしい。少し表情を歪める奏楽だが、これくらいで動けなくなることはない。
だがしかし。
「ッ……!?」
途端に走る激痛に、奏楽がバッと足に視線を落とす。見れば、ただの擦り傷だった傷口が、深い切り傷へと変化しており、ダラダラと血が流れていた。瞬時に足へ星力を込め、治癒術を使い傷を癒す奏楽。
傷口が完全に塞がると、大量の蝙蝠を侍らせている月詠と向き合った。
「面白い術ですね。吸血鬼の特性ですか?」
「ああ。一度の咬み傷で、より多くの血を飲む為の術だよ。でも流石だね。少し掠めた程度じゃ、貧血にすらならないか」
「貧血には慣れてますから〜」
若干噛み合ってない切り返しを奏楽がするのと、月詠が蝙蝠を放つのは同時だった。奏楽は剣を構えると、自分から蝙蝠の群れへと突っ込んでいく。
……“龍光斬魄”
奏楽が剣を振えば、ぐんぐんと刀身が伸びていき、針の穴を縫うように、蝙蝠達の胴体を一瞬にして真っ二つにしていった。蝙蝠だった物体は黒い影へと姿を変え、ボトボトと地面に落ちる。
次はお前だとでも言うように、奏楽が刃の切っ先を月詠に向けた。
しかし、容易に技を見切られたにも関わらず、月詠の余裕ぶった表情は変わらない。
「良いね。やはり簡単に壊せるか。でも、ここからが本番だよ」
「ッ!!」
殺気に反応して、奏楽がその場から飛び退く。振り返った先の光景に、思わず言葉を失ってしまった。
「…………これはこれは……」
漸く出た言葉と共に、冷や汗が奏楽の頬を伝う。
奏楽の視界には、先程身体を真っ二つに斬られて崩れ去った蝙蝠の群れが、完全復活している姿が映っていた。
「不死身ですか……厄介ですね〜」
「安心しなよ。この子達が狙うのは君じゃない」
「?」
奏楽が頭に疑問符を浮かべる。と、同時に月詠がニヤリと口角を上げた。
パチンと月詠が指を鳴らす。
すると蝙蝠達は奏楽から向きを変え、一斉に飛び出した。
「ッ!!」
慌てて奏楽が駆け出す。
蝙蝠の狙いは蛍達だった。
普段の万全の状態ならともかく、先程まで926番と戦って、体力も星力量も底が尽き掛けの三人に、半不死身の蝙蝠達を倒す余力はない。
……“龍流演舞”
何とか蝙蝠達より先に三人の元へ間に合った奏楽は、蛍達を背に庇い剣を振った。
まるで龍が宙を舞うかのような剣筋に、アッサリと蝙蝠達が叩き斬られていく。しかし、影になった蝙蝠は数秒足らずで元の姿に戻り、何度でも襲いかかって来た。
「ッ……!」
流石の奏楽も表情に焦りが滲んできた。相手の蝙蝠は無尽蔵でも、奏楽の体力には限りがある。と言うより、体力に関してだけ言えば、他人より劣るくらいだ。星力量と天才的な戦闘センスで誤魔化しているだけである。その為、防御一辺倒の戦闘は、奏楽の一番苦手とする戦いだった。
「ソラ!!」
蛍から心配の声が上がる。
奏楽は奥歯を食い縛った。
……何とかしないと……ほたちゃんに心配をかける訳には…………こうなったら……。
奏楽は短く息を吐くと、攻撃を受け流している剣はそのままに、地面へと片膝を着いた。
到頭体力切れかと焦る莉一と透に、勝ち誇った表情を浮かべる月詠。
だがしかし、奏楽の目は死んでいなかった。
……“土竜”
奏楽が素早く唱える。
途端、ゴゴゴと地響きが鳴り、地面が揺れ始めた。
「な、何だ!?」
「地震?」
状況を飲み込めていない透と莉一。
月詠も言いようのない不安を感じて、眉を顰めた。
「皆、しっかり踏ん張っててくださいよ!」
奏楽が蛍達に横目で告げれば、その次の瞬間、大地の揺れが一層酷くなり、奏楽の目の前の地面が大きく盛り上がっていった。
ただ盛り上がったのではない。
龍だ。土でできた龍が蝙蝠達の前に立ち塞がっていた。
……“土砂津波”
土の龍が蝙蝠を呑み込むように、首を地面に倒していく。まるで土砂災害の図だ。
半不死身と言えど、大地に呑み込まれればそう簡単に復活できないようで、奏楽は肩で呼吸しながら「どうですか?」と月詠に笑みを向けた。
対する月詠は両目を見開き、信じられないとでも言うように固まっていた。
「……驚いた。まさかこれ程まで星力量を湛えているとは……正直、今の技を僕本体に打たれていたら、無事じゃ済まなかったかもね。まあ、それだけ星力量を削る技だ。連発はできないだろうし、そもそも使いたくすら無かったんだろうけど……保険というのは、ちゃんと打っておくべきだね」
そこで言葉を区切ると、月詠はニコリと綺麗に微笑んだ。
「これでジ・エンドだよ」
奏楽の死角で、ユラリと影が揺らめく。月詠が予め避けさせていた、最後の蝙蝠である。
奏楽はまだ気付いていない。
「ッ!!」
蛍の身体が誰よりも先に反応した。疲れ切っていた足に力が宿り、奏楽目掛けて一直線に駆けていく。
「ソラッ!!!」
「!?ほたちゃッ……!!」
蛍に押し倒されるように抱き締められて、漸く奏楽も蝙蝠に気が付いた。
どんどんスピードを上げて、二人へと突進してくる蝙蝠。このままでは、後一秒もしない内に、蛍の身体が食い破られてしまうだろう。
「ほたちゃん!!」
瞬間、肉と骨が千切れる音の後、血飛沫が上がった――。
読んで頂きありがとうございました!!!
大変遅くなってしまい、申し訳ございません!!
知ってる方ももしかしたら居るかもしれませんが、今別の小説に掛かり切りなので、『星に唄う』の投稿ペースが一ヶ月に一話程度になってしまうことをお詫びします。
すみません!!
出来るだけ、早く次話を出せるよう頑張ります!
次回もお楽しみに!




