決着
「グルルルル……」
926番が呻き声と共に、蛍と莉一を睨み付ける。どうやら解毒剤の霧には慣れてきたらしい。
先程よりは劣るものの、中々のスピードで二人に向かって飛び掛かっていった。
二人は攻撃を避けようと足に力を入れる。
だが避けるまでもなかった。
「ニャー!」
「「!!」」
いつの間にか左腕から解放されていたニャイチが、926番に突進したのである。両者の力は五分。二体共後方に飛ばされた。
そのニャイチを莉一が慌ててキャッチする。
「ニャイチ、腕から抜け出せたんですかぁ?」
「ニャー」
ニャイチが腕の先で「あっち」と示す。莉一が視線をその通りに向ければ、解毒霧の影響か、痺れて動けなくなっている左腕が落ちていた。
なるほど、だからニャイチは莉一達を助けに来ることができたのか。
納得する莉一の隣で、「んなことより」と蛍がレーザー銃を取り出す。
「莉一、アイツの腕全部落とすぞ」
言いながら、蛍は銃口を926番の残った左腕に向けると、躊躇なく引き金を引いた。鈍ったと言えど、フラッシュ状態にも等しい亜人のスピード。後一歩というところで、926番はレーザー光線を躱した。
しかし、蛍に驚きも焦りもない。
「解毒剤ぶち込む時、邪魔だ。透が完成させる前に、全部撃ち落とす」
淡々と告げる蛍に、莉一も「ですねぇ」と氷結銃を握り直した。
「残り三本だけですし、ノーコンな蛍殿は遠慮せず援護に回って貰えますぅ?」
「誰がノーコンだ!?一言多いんだよ、莉一!!」
莉一の皮肉に声を荒げながらも、蛍は右手で印を結ぶ。
……“水鏡壁”
途端に926番の三方向に水鏡の壁が現れる。これでは横に移動することも、後方に跳ぶこともできない。唯一開け放たれているのは前方。
蛍の水鏡を破壊できない926番は迷わず前へと駆け出した。
そこを狙って、莉一が銃弾を三発放つ。
「グァアア!!」
三つの銃弾は綺麗な直線を描き、926番の残っていた三本の腕を氷結させた。細胞が寒さによって壊死し、全ての腕が重力に従って、地面にボトリと落ちる。
……“解毒液”
同じタイミングで透も解毒剤の生成が終わった。
「ハァ!ハァ!……蛍ッ!!」
「ッ!」
荒い息と共に、透が解毒液を纏わせたナイフを蛍へ投げ渡した。蛍はナイフの柄の部分をキャッチすると、透へ視線を向ける。
「星力もッ、体力も……使い、果たしたッ……後、頼むッ……」
「ああ、よくやった。任せとけ」
力強く頷き、蛍はナイフを構える。
四本の腕を全て失った926番は、飢えた獣のように歯を剥き出しにして唸っている。最早驚くこともないが、これだけのダメージを受けて尚、倒れる気配がないのは、いっそ賞賛に値するだろう。
しかしソレもここまでだ。
「蛍殿ぉ、大丈夫だと思いますけどぉ、一応生け捕りなんで心臓とか首とか狙わないで下さいよぉ」
「わぁってるよ」
言いながら、蛍は地面を蹴った。と同時に926番も蛍へ向かって突進してくる。だが、926番がぶつかる手前で、蛍は思いきりジャンプし926番の背後を取った。当然急ブレーキをかけ、方向転換しようとする926番。しかし、既に後方に蛍の姿はなかった。あるのはフヨフヨと宙に浮かんでいる水鏡だけ。
……“水面鏡”
蛍の声と共に、926番の周りに六枚の水鏡が現れた。
蛍は水鏡を足場にピョンピョンと飛び移りながら、926番を翻弄していく。蛍の動きに追いつけなくなった926番が僅かに隙を見せた。
……ここだ!
蛍が水鏡を思いきり蹴る。
勢いよく飛び出してきた蛍のスピードに対応できることもなく、926番の鈍い呻き声が上がった。
「ヴゥ……グァ………」
「…………」
蛍はナイフを握っている手の力を更に込める。ナイフの切っ先は926番の心臓のすぐ隣を突き刺していた。
暴れようとする926番だが、腕がない上、急速に体内を巡る解毒剤により、どんどんと身体の自由が効かなくなってくる。
五分程経っただろうか。
到頭全身が麻痺した926番はドサリと横に倒れた。
「「「…………」」」
その様子をしばらく黙って見つめる蛍達。
「……か、勝った……?」
「「おっしゃぁあああ!!!」」
蛍と透が雄叫びを上げる。莉一もその場に座り込むと、「はぁ……疲れましたねぇ……」と苦笑いを溢した。
「テンション低いな、莉一」
「いつものことだろ……さて……」
蛍がパチンと指を鳴らした。その瞬間、辺り一面を囲っていた水鏡の結界が姿を消す。やっと力を抜くことができた蛍も莉一同様、その場に腰を降ろした。
「ふぅ………!」
深く息を吐く蛍の身体を影が覆う。蛍は口元に笑みを浮かべながら、顔を上げた。
「お眼鏡に適ったか?ソラ」
蛍が問い掛ける。いつの間にか側まで寄って来ていたらしい。蛍の顔を覗き込むようにして腰を曲げていた奏楽は、ニコリと微笑むと「はい」と頷いた。
「お疲れ様でした〜。とってもかっこよかったですよ〜、ほたちゃん。莉一くんも透くんも、お疲れ様です」
奏楽の労いに、莉一と透がそれぞれ片手を挙げて応える。それを確認してから、奏楽は「ほたちゃん」と蛍に手を差し出した。何を言わずとも、蛍は奏楽の手を掴んで自身の身体を起こす。そのまま奏楽に支えてもらう形で、二人は莉一と透の元まで歩いた。
「……で、ソラの手を煩わせなかったんだから、試験は合格で良いんだろ?」
莉一と透の真ん中に腰掛けながら、蛍が尋ねる。奏楽は膝を折り畳んで、三人と目線を合わせると「そうですね〜」と口を開いた。
「まだまだ荒削りですけど〜、合格ですよ。よく頑張りましたね〜、三人共」
ニコッと奏楽が笑い掛ける。
あれだけ苦労して『荒削り』なのだから、中々に手厳しい評価だ。しかし蛍達は甘んじて受け入れた。
「『まだまだ』……か……。いつになったら、ソラに追いつけるんだよ」
「焦っちゃダメですよ〜。まあ、そうですね〜。まずは傷をちゃんと治すところからですかね〜」
愚痴る蛍に、奏楽は笑いながら手を翳す。すると、奏楽の右手がポワッと光り出し、次いで蛍達三人の身体も柔らかい光に包まれた。
治癒術だ。
少しして光が収まると、奏楽が手を離す。
「っな……どうなって……身体の痛みが消えた……!?」
「相変わらずふざけた星力量ですねぇ」
目を白黒させながら驚く透に続いて、莉一も苦笑を浮かべる。唯一蛍だけが奏楽の治癒術を当然のように受け入れていた。
「怪我が治ったくらいで、そんな驚くことかよ」
「否、治癒術って基本止血までしかできないはずだろ!?どんな星力量してたら、身体中の怪我を、それも一気に三人分治せるんだよ!?俺はともかく、蛍も莉一も結構な重傷負ってただろ!?つか、何で莉一も落ち着いてんだ!?驚くとこだろ!!普通!!」
「自分は前回充分驚いたんでぇ……」
ワイワイと騒ぐ三人のやり取りを見守りながら、奏楽がクスクス笑う。
「さて〜、怪我の治療も終わったことですし……」
……「そろそろ帰りましょうか」という奏楽の言葉は残念ながら続くことはなかった。
「“星の力よ、我が声に応えよ”」
奏楽の呟きと共に、辺り一面が眩い光に覆われる。
光が止み、蛍が反射的に瞑っていた目を開けると、飛び込んで来た視界に思考が一瞬停止した。
鼻先から後ほんの数センチのところまで迫っていた鋭利な爪。それを受け止めているのは、数日前に初めて見た『星剣』。爪を突き出しているのは、見たことない男だ。
月光を纏った金髪に夜闇を思わせる紫紺の瞳。左目下には、涙のような雫の形をした痣がある。
「おや、当たらなかったか……流石は北斗七星。その名は伊達じゃないようだ」
重苦しい緊迫した空気とは裏腹に軽い口調だった。
珍しく奏楽がその額に冷や汗を浮かべている。
男は数多の女を口説くような甘ったるい笑みで口を開いた。
「やあ、初めまして。会えて光栄だよ、春桜奏楽さん」




