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星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇指極編
7/101

お互い様

 

 三階から飛び降りたというのに、全く足を痛める様子もなく華麗にグラウンドに着地した奏楽は、一匹の亜人へと一人対峙する。

 亜人の種類は“リザードマン”だろうか。服の裾から出ている肌から赤い鱗のようなものが見えた。面立ちも何処となく爬虫類に似ている。


「チッ!!わざわざガーディアンから逃げて来たっていうのに、ここにも貴人がいんのかよ」


 亜人の男が忌々しそうに呟く。

 そんな亜人の苛つきなど全く気にしない奏楽は、さっさと捕まえてガーディアンに引き渡してしまおうと、グラウンドに落ちていた小枝を一本手に取った。


「わざわざ逃げて来たのに申し訳ないですね〜。申し訳ないついでに、ここで大人しくボクに捕まってくださいね〜」

「誰が大人しく捕まるかッ!!」


 亜人はそう吠えると、背中のコウモリのような羽を広げた。奏楽に突進していく亜人。

 だが奏楽は全く焦る様子もなく、木の枝を構えた。


 “龍木剣(りゅうぼくけん)


 奏楽が小さく唱えると、何の変哲もなかった小枝が龍の形をした立派な剣へと姿を変える。

 突っ込んでくる亜人を軽やかに躱した奏楽は、その龍形の剣を一つ横へ軽く振るった。


 “竜盤圧魄りゅうばんあっぱく


 すると奏楽の腕の長さ程しかなかった刀身がみるみると伸びていき、トグロを巻く龍が如く亜人の肢体を縛り上げる。


「なッ!……クッ!…こ、こんなもの……ッ!」


 亜人が精一杯力を込め龍を弾き飛ばそうとするが、時既に遅し。

 龍形の剣はメキメキと亜人を絞めていき、最終的には五秒足らずで亜人の意識を飛ばしてしまった。


「ふぅ〜……終了ですかね〜」


 相手を絞め技で沈黙させた奏楽がケロッと呟く。

 一瞬で亜人を倒してしまった奏楽だが、こんなことは朝飯前。これこそ国を守る“七本の剣”……ガーディアンが誇る最高戦力“北斗七星”の実力であった。


「ほーたちゃ〜ん!!降りてきて良いですよ〜〜!!」


 亜人が完全に気絶したのを確認して異能を解除すると、奏楽はクルリと校舎の方に向き直り、大声で蛍を呼んだ。

 蛍はまたかと言いたげな表情で教室から顔を出すと、奏楽と同じく三階から躊躇わず飛び降りる。当然のように無傷で着地した蛍は、眉を顰めたまま奏楽の元へと歩いてきた。


「……怪我は?」

「大丈夫ですよ〜。多分、後五分くらいでガーディアンが来てくれると思うんで、それまで亜人が逃げないよう“()()”お願いします」

「……はぁ……」


 奏楽の言葉にやっぱりかと溜め息を溢しつつも、蛍は手で印を結ぶ。


 “水鏡籠すいきょうろう


 蛍が唱えると、先程亜人の突撃から校舎を守った水膜が、今度は亜人を囲う檻のようにして現れた。

 “水鏡みずかがみ”とは蛍の異能だ。鏡の性質を持つ水膜をいつでも何処でも発現させることができ、主な使い方としては「反射」……水膜に当たったものを受けた力と同等かそれ以上の強さで跳ね返す。

 つまり盾でありカウンターの能力も併せ持つ便利な異能なのである。

 まあ、蛍はこの異能を盾でもカウンターでもなく、檻として使っていることが殆どなわけだが……。


「いやぁ〜、ほたちゃんの“水鏡”は便利ですよね〜。一度閉じ込められちゃったら、どんな攻撃しても水膜に跳ね返されちゃうんで、なかなか抜け出せないんですよね〜」

「……そのどんな攻撃でも跳ね返せる水膜を力技であっさりぶち破った奴が何言ってんだ?……つうか、わざわざ檻なんかしなくても、お前の技喰らって五分以内に起き上がれる奴なんていねぇんだから、毎度毎度こんなことに異能使わせんじゃねぇよ」


 蛍が暗に「こんなことじゃなくて、俺にも戦わせろ」と文句を言えば、「これも修行ですよ〜」と適当なことを奏楽はニコニコ告げた。


「……ったく、いつになったら俺にも戦わせてくれるんだよ」


 蛍が剥れながら、グラウンドに寝転がる。

 奏楽は基本的、絶対に蛍を亜人との戦闘に参加させなかった。蛍の異能の性質上、戦闘中周りに被害が出ないよう、蛍にサポートさせることはままあれど、前線に立たせることは絶対にない。

 そもそも蛍は亜人と戦う組織“ガーディアン”に入っていないのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが、貴人ならば誰でも入れるガーディアンに所属することさえも奏楽は反対していた。


「……ほたちゃん、そんなにガーディアンに入りたいんですか?」


 このまま地面に寝転がっていては汚れてしまうと、奏楽がグラウンドに正座して自分の膝の上に蛍の頭をもってくる。

 奏楽に顔を覗き込まれる形で尋ねられた蛍は、不満気な表情かおのまま奏楽の頬に自身の手を添えた。


「別に……ただ、俺にも戦える力が欲しいだけだ。折角貴人として生まれてんのに、ソラを護れねぇんじゃ意味ねぇだろ」


 蛍が奏楽の頬を撫でる。

 当然のことだが、貴人だからといって好き勝手に自身の異能を使って良いわけではなかった。異能を使って良いのは亜人と戦うガーディアン隊員か、もしくは何らかの資格を持った研究者などの特別な貴人だけだ。

 現状ガーディアンでも資格持ちでもない蛍が異能を使うことは法律で禁止されている。それでも檻を作ったり、水膜でバリアを張ったりして許されているのは、ひとえに北斗七星そうらが黙認しているからだ。その為、奏楽から許しが出ない限り、蛍が亜人と戦うことはできない。下手をすれば蛍自身が犯罪者になってしまうのだ。

 だからこそ蛍は何度も奏楽に自分も戦わせてくれと頼んでいるのだが、奏楽は一向に首を縦に振らない。


「ほたちゃん……何回も言ってますけど、ガーディアンは一般市民を守る組織であって、個人を護る為のモノじゃないですよ?ほたちゃんがガーディアンに所属したところで、ボクの部下になるだけですし、そもそもボクが庇われる程の相手なら割と本気でほたちゃんじゃ歯が立たないんで、戦場になんて絶対立たせませんよ?」

「ウッ……だからちょっとでも歯が立つように、ソラに修行付き合って貰ってんだろ?せめて背中くらいは護らせろよ」


 奏楽の言葉に一瞬視線を逸らすも、蛍は負けじと言い返す。ここで折れてしまっては、一生蛍は奏楽を護る盾にはなれない。

 毎度のことながら全く引き下がる気のない蛍に、奏楽はやれやれと溜め息を溢した。


「背中なら今も護ってくれてるじゃないですか〜。ほたちゃん、ボクの戦闘中ずっと透明な水鏡でボクの死角護ってくれてるでしょ?今まで気付いてないフリしてましたけど、本当は知ってるんですよ〜?ほたちゃんには充分助けて貰ってると思ってるんですけど……それじゃあ不満ですか?」


 奏楽が自分の頬に添えられた蛍の手に自身の手を重ねる。そのまま蛍の手に顔を擦り寄せ甘える動作をする奏楽に、蛍は一つ溜め息を吐いた。

そんな風に言われれば、いくら文句があったとしても口に出せない。

色々な感情を胸の内に留めた蛍は、仕方なしに今回は言い負けてやると白旗を揚げた。

 “今回は”……だ。

 蛍はもう片方の手も奏楽の頬にもっていくと、真っ直ぐな眼差しで奏楽の瞳を見つめた。


「お前がどう思ってようが、俺は他の全部投げ捨ててでも、いざとなったら絶対にお前を護るからな!それだけは忘れんな!」


 お互いの鼻と鼻がくっつきそうな距離で堂々と告白紛いの宣言をする蛍に、奏楽が少し目を見開いて固まった。

 そしてすぐにフッと柔らかく微笑む。


「仕方ないですね〜。でも、ほたちゃんも覚えておいてくださいよ〜?ほたちゃんがボクを護りたいって思うように、ボクだってほたちゃんのこと何が何でも守りたいって思ってるんですから」

「……お前の『何が何でも』は本気で自分の身も犠牲にしようとするから止めろ、絶対に」

「お互い様ですね〜」

「おい、本当に止めろよ?」


 思いきり顔を顰める蛍に、ケラケラと笑う奏楽。

 そうして傍迷惑な『亜人学校突撃事件』は幕を閉じた。



 *       *       *



 あれから、奏楽の予想通り五分後にやってきたガーディアン隊員に未だ伸びていた亜人を引き渡し、本日の授業カリキュラムを無事全て終え、今は下校中の放課後。

 蛍の築何十年のボロアパートへ向けて、二人は通学路を並んで歩いていた。


「そういや、今日はあんまり厄介事が起こらなかったな」

「そう言えばそうですね〜。こんな平和な日は初めてじゃないですか〜?」

「平和過ぎると嵐の前の静けさって感じがするけどな」

「ほたちゃんの場合は比喩でも何でもなく、本当に嵐が来ちゃいますからね〜。しかも避難勧告が出されちゃうレベルのやつが」

「そういうことをサラッと言うな!」


 互いに手を繋いで他愛ない会話をしながら歩く二人は、はたから見れば同性バカップルだ。言ってる内容はアレだが……。というか、朝から借金取りに絡まれて、昼近くには亜人から襲撃を受けて、一体どこが平和なのだろう。残念ながら既に感覚が麻痺している二人には、大抵のハプニングが平凡な日々を潤わすスパイスにしかなり得ない。


「それはそうと、ほたちゃん今日は買い物寄らなくて良いんですか?」

「ん?ああ、食料はまだあるからな。それに、いくら食材費はソラ持ちって言っても、できる限り節約しねぇと……」

「それなら、今日はほたちゃんの誕生日な訳ですし……久しぶりにボクがお料理作ってあげましょうか?」

「!!?」


 良い笑顔で奏楽が提案すると、音を立てて蛍はビシリと固まった。すぐさま我に帰り、蛍は非常に焦った様子で奏楽の両肩を掴む。


「止めろ!!絶対に止めろ!!おま、初めてキッチンに立った時のこと、もう忘れたのか!!?」

「嫌ですね〜。あの時は初めての料理だったんですから、ちょっとくらい失敗するのは当然じゃないですか〜。今日は二回目ですし、きっと大丈夫ですよ〜」

「キッチン爆発は“ちょっと”の失敗じゃねぇよ!!!危うく住む場所が無くなるところだったんだぞ!!?後、二回目だから大丈夫って、何処にそんな根拠があるんだ!!?二度とキッチンに立つなって、あの時散々言っただろ!!」

「でも練習しなきゃ上達しないじゃないですか〜」

「安心しろ!お前が料理できなくても、俺がお前の分の飯を一生作ってやる!!だから、ソラは絶対に料理をするな!!」

「むぅ〜……」


 納得いかない様子で奏楽が不満げに頬を膨らませる。

 だがそんな可愛い顔をしても、こればかりは蛍も折れる訳にはいかない。

 なにせ死活問題だ。

 前回奏楽が蛍の家で料理を作った時は、本当に死ぬかと思った。否、実際蛍が水膜を張るのが後一秒でも遅ければ、爆発に巻き込まれて2人共この世にはもういなかっただろう。


「……ホント何でお前は戦闘に関しちゃ一流なのに、その他は信じられねぇ程不器用なんだよ……よく今まで生きてこられたな」

「そんなに褒められると照れちゃいますね〜」

「一言たりとも褒めてねぇよ」


 恥ずかしそうに右頬に手を添える奏楽に蛍がツッコむ。

 その時だった。



「ご歓談中のところ、失礼致します。貴方が土萌蛍様でいらっしゃいますか?」



 ここから二人の運命の歯車が大きく回り始めた――。

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