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星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇進行編〜群青の調毒士〜
68/101

訓練開始

「犯人逮捕って、犯人の居場所わかってんのか?」


 自信たっぷりに宣言する奏楽に透がツッコむ。すると、奏楽は意味深に人差し指を口元へ持っていき、ニコリと微笑んだ。その次の瞬間、ブーブーと奏楽の胸ポケットでブザー音が響く。

 奏楽は胸ポケットからスマホを取り出すと、画面も碌に確認せず通話ボタンをタップした。


「はい、こちら春桜奏楽」

『奏楽様、“9()2()6()()”を発見致しました。場所はメールにて送っております。御当主様より『生け捕りにしろ』とのことでございます』

「了解しました〜。後はこっちでやっておくんで、市民の方々の避難だけ、できる限りさせておいてくださいな」

『かしこまりました。失礼致します』


 一分にも満たない短い通話が終わると、不思議そうな表情を浮かべている透に対して、奏楽がフフッと種明かしを始めた。


「春桜家に『毒探知』って言う異能を持った人がいましてね〜。優里亜ちゃんに使われた毒物が複数の亜人の毒を混ぜ合わせたモノだと予想した時、春桜家当主がその異能を使って、犯人の捜索を開始したんですよ〜。毒探知にはそれなりの準備と時間がかかるんですけど、丁度今日のお昼頃に居場所を特定できるって、報告があったんですよね〜」

「じゃあ、さっき言ってた『926番』ってのは……」

「はい〜、犯人の通称ですよ〜。名前も種族もわからない時は、当主が番号を付けて、それで呼び方を統一するんです」


 奏楽の説明が終わる。

 奏楽はスマホからメールを開くと、連絡通り赤い点が打たれた地図の添付ファイルを確認した。場所はここから南に数キロ。人通りの多い街中だ。

 これは早く行かないと被害者が爆発的に増えるなと、奏楽がスマホを仕舞う。

 とそこで、透が「奏楽」と真剣な表情で呼び止めた。


「俺も……一緒に行かせてくれないか?」


 透が拳を固く握り締める。奏楽は変わらずフワフワとした雰囲気のまま「それは」と口を開いた。


「優里亜ちゃんを襲った張本人だからですか?」

「ああ、そうだ」


 透は偽りなく素直に頷いた。少しだけ奏楽が眉根を寄せる。

 透が優里亜の為ならどんな犠牲も厭わない性格であることを知っているからだ。復讐心や恨み憎しみが動機なら戦場に連れて行く訳にはいかない。

 しかし、奏楽が何か言う前に、透は「でも」と強い眼差しを奏楽へ向けた。


()()の為じゃねぇ。優里亜の代わりに一発だけでもぶん殴りたいだけだ」

「!」


 奏楽が一瞬目を見開く。

 それは確かに怒りだろう。けれども“復讐”ではない。兄としてのケジメだ。

 奏楽はフッと口元に笑みを浮かべる。


「はい、わかりました。良いですよ〜」

「ホントか!?」

「はい〜。ついでにほたちゃんと莉一くんにも来てもらいましょうか〜」


 ニコニコと奏楽が勝手に決める。


「誰に何処に来てもらうって?」


 奏楽の背後から苛つきの滲んだ低音ボイスが発せられた。

 クルリと奏楽が振り返れば、いつも通り眉間に皺の寄った蛍の顔。奏楽は「ほたちゃん〜」と嬉しそうにはにかんだ。


「丁度良いところに〜。今から犯人逮捕に行くんで、道案内お願いしますね〜」


 詳しい説明も何もなしに奏楽が頼めば、蛍は「はぁあ!?」と声を荒げた。後頭部をガシガシと掻きながら、「また面倒事起こしたのか」と奏楽を睨む。


「今度は一体、どんなお節介焼くって?」


 呆れたように蛍が尋ねれば、奏楽は「いえいえ〜」とニコリと微笑んだ。


「今回はちゃんとしたお仕事ですよ。でも……」


 そこで奏楽が言葉を区切る。意味深に笑う奏楽に、蛍は「あ?」と訝しむように片目を細めた。


「折角ですから、実践訓練でもしましょうか〜」



 *       *       *



「それで、結局どういうことですぅ?」


 あの後奏楽から詳細説明も何もなく、とりあえず莉一を呼び出し、一行は蛍の案内で犯人が居ると思われる地点へと向かっていた。

 当然蛍達以上に何も聞かされていない莉一から、いい加減説明しろと不満の声が上がる。

 走る足を止めることなく、奏楽は「えっとですね〜」と説明を始めた。優里亜を襲った犯人である亜人が暴れ始めていること。その犯人の毒情報を元に、春桜家の貴人が犯人の居場所を割り出したこと。今はその犯人を捕まえる為に移動していること。

 それらを説明し終えた後に、莉一の頭の中に一つ疑問が浮かんだ。


「犯人に仕返しがしたい透殿や、常に奏楽殿と一緒に居ないと落ち着かない蛍殿はともかく、自分が同行する必要ありますかぁ?亜人討伐くらい、本来なら奏楽殿一人で事足りる案件でしょうぉ?」

「ぁあ!?誰が落ち着きがないって!?」


 すかさず蛍から怒号が飛ぶが、各自スルー。気にせず、奏楽は笑って莉一の質問に答えた。


「だから『実践訓練』なんですよ〜。ボクは今回、一切手を出さないんで……ほたちゃんと莉一くん、そして透くんの三人だけで犯人を捕まえてくださいな」

「「「はぁあ!!?」」」


 思わず三人の声が揃う。奏楽はのほほんとした様子で「仲良しですね〜」と微笑んでいた。


「否、手を出さないって、どういうことだよ」


 当然透がツッコむ。

 しかし奏楽は「言葉の通りですよ〜」と笑うだけだ。


「攻撃も反撃も、市民の保護も……ボクは一切手伝いません。ほたちゃん達三人で、街の人達を守りながら、犯人を捕まえてくださいな。それが今回の訓練……と言うより、どっちかと言えば試験ですね〜」

「「「………」」」


 三人とも口を閉ざす。

 蛍達は三人共、正式なガーディアン隊員でもない、ただの学生だ。当然星影高校一組のエリートではあるが、実戦経験は数える程度。春桜家が直々に動く亜人相手に、いきなり対応できる技量は流石にない。特に蛍は貴人としての基礎がまだまだの半人前もいいところだ。条件が厳し過ぎて、訓練にも試験にもならない内容である。

 莉一と透がそれぞれ不安を募らせる中、蛍は一人、いつになく真剣な表情を浮かべていた。


「……つまり、ソラに手を出させなきゃ良いってことだな?」


 蛍が尋ねれば、奏楽は一瞬キョトンとした様子を見せ、すぐに口角を上げた。


「はい。そういうことです。当然ほたちゃん達が死にそうになったり、逃げ遅れた人達に被害が出そうなら、ボクが助けます。そうなる前に決着を着けられたら、ほたちゃん達の合格ですね〜」


 フワフワと奏楽が告げる。

 なるほど、確かにそれなら試験であろう。

 莉一と透にも奏楽の意図がわかった。理由は知らないが、都合良くやってきた実戦の機会チャンスで蛍達を鍛えたいのだろう。


「奏楽殿は子供を崖から突き落として育てるタイプですねぇ」

「お人好しの割にな」


 莉一と透がそれぞれ呟けば、蛍から「極端な奴だからな」と同意の声が上がる。

 そんなこんなで会話をしながら、いよいよ犯人が居る筈の街が見えてきた。



 *       *       *



 地図として借りていたスマホを奏楽に返して、先頭を走っていた蛍が足を止める。それに合わせて一行も動きを停止した。


「「「「…………」」」」


 四人の目先には、瓦礫の山と成り果てた街の残骸の中央で、一体の化け物が咆哮を上げながら暴れている。

 本来の首とは別に、両肩にくっ付いている不自然な二つの頭と、四本もある丸太のような太い腕。一般的な亜人より二回り以上もある巨躯。何も身に付けていない上半身は深緑色をしており、どこからどう見ても人間とは程遠い姿をしていた。

 これが優里亜を襲い、毒を盛った亜人“926番”である。


「……優里亜殿の仰ってた通り、異形中の異形ですなぁ」

「変わった星力の感じがするな。見た目通り、ただの亜人じゃねぇぞ、コレ」

「……ソラ、アレを生け捕りにすれば良いんだな?」


 926番から感じられる威圧感に、奏楽以外の三人が表情かおを引き締める。

 それぞれ感想を聞いたところで、奏楽は場違いなテンションで「はい」と胸の前で両手を合わせた。


「ほたちゃん、ボクに手出しさせないよう、頑張ってくださいね」


 奏楽がニッコリ微笑む。蛍も釣られるようにフッと口元に弧を描いた。


「ああ。そこでゆっくり観戦してろ。ソラにも逃げ遅れたノロマ共にも、傷一つ付けさせねぇからよ」


 そう宣言すると、蛍は敵を見据えた。莉一と透も蛍の両隣にそれぞれ立つ。


「行くぞ」

「「ええ/ああ」」


 三人同時に地面を蹴った。

 一気に駆けていく三人の背を見送りながら、奏楽はフフッと一人呟いた。


訓練しけん開始です」

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