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星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇進行編〜群青の調毒士〜
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分析結果

「そう言えば、優里亜ちゃんに聞きたいことがあったんですよ〜」


 感動的な兄妹の抱擁の後、思い出したかのように奏楽が告げた。

 優里亜はキョトンと小首を傾げる。


医者せんせい、どうしたの?」

「思い出したくないかもしれませんけど……優里亜ちゃんに毒を盛った亜人の特徴……覚えてるなら、教えて欲しいんですけど……良いですか?」

「うん!良いよ!」


 申し訳なさそうにお願いする奏楽に対し、優里亜は大して気にしていないらしい。にこやかに頷いていた。

 そして「えっとね」と記憶を辿るように自身の顎に人差し指を持っていく。


「とっても大きかった、お兄ちゃんよりもずっとずぅっと大きかったよ」


 優里亜が両腕を思いきり広げて頭の上でブンブン振る。「それから」と更に続けた。


「何かね、腕がいっぱいあって、顔も三つくらい肩にくっ付いてた」


 説明は以上らしい。

 奏楽は「ありがとうございます」と優里亜の頭を撫でると、透へ視線を向けた。


「透くん、今夜病院(ここ)に泊まりますか?明日退院するなら、優里亜ちゃんをどうせ迎えに来なきゃですよね?手続きすれば、大丈夫ですけど……」

「良いのか?なら、泊まるわ」

「了解です〜。なら、手続きするんで、ちょっと受付カウンターまで一緒に来てくださいな」


 言いながら、奏楽が透を手招きする。

 そんな訳で、優里亜の病室に蛍と莉一を残して、奏楽と透は病室から出て行った。



 *       *       *



「はい、ここの欄に名前を書いてくださいな」

「ん」


 受付カウンターに着くなり、必要書類を持ってきた奏楽がそれを透へ手渡す。ついでにボールペンも渡すと、透は言われた通り空欄に名前を書き込んでいった。

 透がペンを動かすのを隣で眺めながら、奏楽がふと「そう言えば」と口を開く。


「優里亜ちゃんに盛られてた亜人の毒の分析結果、口頭で説明できますか?」


 奏楽が尋ねれば、透はたった今書き終えたばかりの書類を奏楽に手渡しながら、「あー」と分析結果を思い出す。


「なんて言うか、種類別の亜人の毒が複数混ざったみたいな感じだったな。俺の分析は異能の力で勝手にされるもんだから、詳しく説明はできねぇんだけど……でも多分アレは、偶然色んな亜人の毒と共通点があるとかじゃなくて、故意に複数の毒を混ぜて作ったもんだと思う」


 透は優里亜が毒に侵された時、当然優里亜の血を体内に摂取し、解毒剤を作ろうと試みた。まあ勿論、その時は成功しなかった訳だが、分析だけは上手くいっていたので、優里亜を蝕む毒が複数の亜人の毒を混ぜたモノであると気付いていた。だからこそ、様々な毒持ち亜人を捕まえて実験していたのだ。

 透の返答に奏楽は思い当たる節でもあったのか、大して驚きもせず「やっぱりそうですか〜」と相槌を打った。


「あ、後ですね〜、祐希さんの使っていた薬の分析結果も教えてもらって良いですか?」


 透から貰った書類をカウンターに座っている女性に渡しながら、奏楽が横目で透を見る。

 祐希……獣人の亜人で、優里亜を誘拐し、透に復讐心を燃やしていた男だ。奏楽達の助けで一件は丸く収まったが、優里亜を誘拐する時、祐希が使っていた薬の事についてはまだまだ調査中であった。

 透は「あー、あれな」と記憶を辿る。

 しかしすぐに表情かおを顰めた。


「あー……いやまぁ、奏楽も調べてるんだし、薄々は気付いてると思うけど……あの『MB』って薬の成分、八割が鉄分で出来てたんだよな。後の二割は色々だけど……問題なのは、薬の成分分析に()()があるところだ」

「空白、ですか?」


 奏楽が首を傾げる。

 透は後頭部をガシガシと掻いた。


「俺の異能は摂取した固形物や液体の分析、再現、中和。だけど、異能で作られた物質モンだったり、亜人の血液や毒には、そいつ自身の星力が含まれてる。貴人は自分以外の星力を身体に入れたら死んじまうだろ?だから、俺の異能はそこら辺便利で、他人の星力を含む物質モンを摂取した場合、星力だけを自動的オートで身体から逃して、分析作業に入るんだ。だから分析結果は、本来星力が占めていた箇所が空白になって出ちまう。つまり、分析結果に空白があるイコール、摂取した物質に星力が含まれていたってことになるんだよ」


 透の説明が終わると、奏楽は「つまり」と透の伝えたいことを代弁するように、右手人差し指を天井に向けた。


「『MB』に誰かの星力が含まれていたってことですね?」

「ああ」


 透が首を縦に振る。

 成分の八割が鉄分でできており、星力も含まれている。ついでに言えば、『MB』の色はドロッとした真紅であった。

 ここまで来れば、『MB』が何によって作られたモノか、ある程度予想は付く。


「多分、『MB』は貴人か亜人、どっちかの血でできたモンだと思うぜ」

「亜人ですよ」


 透が予想を告げれば、奏楽が確信めいたように発言する。それに対して、透が不思議そうに「何で言い切れるんだ?」と尋ねた。

 貴人は相手の星力が貴人のモノか亜人のモノか、判別できない。なら何故奏楽は『MB』が亜人の血液であるとわかったのか。

 奏楽は右手人差し指を口元に持ってくると、声のトーンを少し落とした。


「亜人の血液には、他者の身体能力を倍増させる効果があるからですよ〜。でも麻薬みたいなものなので、悪用されないように、そのことを知っているのは星天七宿家の人間とガーディアンの幹部クラスだけです」


 奏楽が静かに告げる。

 ゴクリと生唾を飲む透だが、ふとあることに気付いた。


「ん?でも、祐希は確か吸血鬼の亜人から薬を貰ったって言ってたよな?亜人もそのこと、知ってんじゃねぇか?」

「さぁ……断定はできないですけど、恐らくは知ってると思いますよ〜。どこから知ったのかはわかりませんけどね。ただ問題なのは、亜人が情報を持っていることよりも、ただでさえ身体能力の高い亜人が亜人の血を悪用しようとしているところなんですよね〜」


 本当に問題なのかと思う程、フワフワした口調で奏楽が話す。

 例えば貴人が亜人の血を飲んだ場合、亜人の血液に含まれる星力によって、血を飲んだ本人が死んでしまう。凡人が飲んだ場合、死ぬことはないだろうが、所詮は力のない生身の人間である。一般のガーディアン隊員で充分対処できるだろう。

 しかし、亜人が亜人の血を飲んだ場合はそう簡単な話ではない。透の方が遥かに実力で上回っていた祐希でさえ、亜人の血を摂取しただけで、透よりも格上の春桜家の貴人十人を圧倒してしまったのである。亜人が亜人の血を飲めば、対応できるのは現状北斗七星のみだ。それは一般市民にとって、計り知れない恐怖となる。

 そのことを透も理解したのか、「どうすんだ?」と強張った表情で奏楽に活路を求めた。

 だが、奏楽は変わらずのほほんとした笑顔でこれに「そうですね〜」と応える。


「ま、その内何とかなりますよ〜。『MB』については上に報告してますし、そろそろ誰か動く頃だと思いますしね〜。それよりも今は……」


 奏楽の言葉はそこで一度途切れた。

 一人のナースが焦った様子で「奏楽様!」と二人に駆け寄ってきたからだ。

 奏楽は真面目な表情かおで「どうしましたか?」とナースに問う。


「たった今、急患が三人運ばれてきたのですが……彼らの症状が優里亜ちゃんの中毒症状と全く同じで……」

「「!!」」


 優里亜の名に、奏楽だけでなく透も反応を示す。

 しかし奏楽が動揺したのはその一瞬で、すぐに表情を戻すとナースに指示を出していった。


「とりあえず、優里亜ちゃんに盛られてた毒が、その三人から検出されるかどうか調べてください。後ですぐにボクもそっちへ向かいます」

「かしこまりました」


 頭を下げると、すぐに移動するナース。その後ろ姿を見送りながら、透が奏楽へ視線を向けた。


「もし本当に優里亜と同じ毒なら、俺が解毒剤作ろうか?」


 透が提案する。だが奏楽は首を横に振った。


「それだと透くんの負担が大きくなるんで、大丈夫ですよ〜。ただ、解毒剤を分析して咲良病院(うち)でも作れるようになりたいんで、試験管数本分だけ出して貰って良いですか?」


 奏楽の頼みに、「それくらいなら」と透が了承する。

 奏楽は「やれやれ〜」と一つ大きく伸びをした。


「本格的に動き出したみたいですね〜」


 奏楽が羽織っていた白衣を脱ぐ。紺碧の瞳にはいつもの緩さや温かさが消え、冷え切った怒りが映されていた。

 奏楽の雰囲気に、思わず透が少し気圧される。

 構わず奏楽はニコリといつも通り微笑んで、「さてと」と口を開いた。


「これ以上患者を増やされる前に、とっとと犯人捕まえちゃいましょうか」

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