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星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇進行編〜群青の調毒士〜
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スーパーヒーロー

「はぁー……これで漸く面倒事が一つ片付いたな」


 祐希と弘高が工場から先に去っていき、やれやれと張っていた緊張を解すように蛍が息をいた。それは莉一と透も同じようで、二人ともいつでも闘えるように力んでいた身体から力を抜く。

 唯一何の緊張も構えもしていなかった奏楽だけが、変わらぬ様子で「否否〜」と右手を振った。


「まだお仕事は残ってますよ〜。ね?透くん」


 言いながら、奏楽が透にニコリと笑い掛ける。思い当たる節はちゃんとあるらしく、透は表情を引き締め直した。


「咲良病院、行きましょうか」


 そうして、一行は病院へと向かって行ったのであった。



 *       *       *



「お兄ちゃん!医者せんせい!いらっしゃい!」


 病室に入ると、満面の笑みで優里亜が迎えてくれる。

 ゾロゾロと優里亜のベッド周りに並びながら、奏楽が「こんにちは〜、優里亜ちゃん」と優里亜の頭を撫でた。


「体調はどうですか?」

「うん、平気!医者せんせいのお薬、すっごいね!」

「それは良かったです〜」


 ニコニコと奏楽が返す。

 優里亜の言う『お薬』とは、血星療法のことだ。内容を知っている蛍達はそれぞれ表情筋をピクリと動かすが、奏楽に気にした様子は全くない。「それより今日は」と早速本題に入っていた。


「優里亜ちゃんにとっても良いお話を持って来たんですよ〜」

「『とっても良いお話』?」


 優里亜が首を傾げる。奏楽は「はい」と頷くと、透の両肩に手を置いて優里亜にニコリと笑い掛けた。


「透くんが到頭、優里亜ちゃんのお薬を完成させたんですよ〜」

「ッ!!」


 思ってもみなかった奏楽の発表に、優里亜の瞳が大きく見開かれる。

 目を皿のようにしながら優里亜は透へ顔を向けた。


「ほ、本当なの?それって、それってつまり……お兄ちゃん、やっと異能を操れるようになったってこと?」


 少し目元を赤らめさせながら、優里亜が恐る恐る尋ねる。透は滅多に見せない優しい笑みでコレに頷いた。


「ああ。こんなに待たせてごめんな?まだ荒削りだけど、お兄ちゃんのこと信じて、薬飲めるか?」


 透が膝を曲げて、優里亜と視線を合わせる。優里亜は今にも泣き出しそうな程目を潤ませながら、一も二もなく首を縦に振った。


「飲む!飲むに決まってるもん!お兄ちゃんのこと、誰よりも信じてるから!」

「ありがとな、優里亜」


 優里亜の返答に嬉しそうにはにかんだ透は、ポンと優里亜の頭に手を置く。そして奏楽を横目で見ると、「奏楽」と小さく呼んだ。

 奏楽は「はい」と予め用意していた注射器を手に持つと、同じように優里亜に目線を合わせる。


「ちょっとだけチクッとしますけど、良いですか?」

「うん、大丈夫」

「良い子ですね〜」


 言いながら、奏楽が注射器を優里亜の腕にツプリと刺した。ゆっくりと血液を少量抜いていき、痛みがないよう丁寧かつ素早く針を引き抜く。

 注射器を透に手渡すと、透は微かに手を震わせながら、針を自身の腕へと持っていった。


 ……大丈夫だ。コツは掴んだ。もう二度と暴走させない……。


 心の中で唱えた後、静かに息を吸う。

 覚悟は決まったらしい。

 透は優里亜の血を体内へ入れた。

 途端に透の身体が燃えるように一気に熱くなる。

 昨日透が気付いたコツとは、正にこの“熱”であった。

 暴走する時も初めて成功した時も、毎度異能を使う時、身体にマグマが流れているかのような熱が駆け巡ることを、透は発見したのだ。

 この“マグマ”の正体は透の星力だ。体内に入ってきた物質に反応し、その物質を分解、分析、記憶、そして中和剤の生成。それら全てに星力が使われる為、血流に混じって全身を巡る物質を追って、星力もまたとてつもない勢いで透の身体を駆け巡っているのである。それが発熱の原因だ。

 つまりこの熱の流れに集中して、その流れをコントロールすることができれば、思い通りに異能で作った薬や毒を操れるということである。

 透は熱の流れに全ての意識を向けた。


 ……“分析・分解(プレパレイション)


 優里亜の血液内にある毒物の分解と分析が始まる。これは然程難しい作業ではない。

 すぐに分析まで終わると、今度は解毒剤生成だ。


 ……“解毒調合ミクスベノム


 透が小さく唱える。

 体温が更に上昇した。透の額から汗が一筋流れ落ちる。

 解毒剤生成は少し難しい。既存の物質ではなく、零から情報を元に新たな薬物を造る為だ。星力の消費もバカにならない。


 ……大丈夫……いける……このまま集中しろ……。


 暗示のように心の中で永遠と呟きながら、透が解毒剤を体内で完成させた。

 いよいよ本番である。

 今できた解毒剤を拡散することなく、必要な量だけ出し、優里亜が飲めるように皿の中に入れられるかどうか。

 バクバクと煩い心臓を無視して、透は一度目を閉じた。


 ……まずは少量、手の平に出す。間違っても周りにばら撒かないように……違う毒を出さないように……最後まで気を抜くな……絶対……絶対に優里亜を助けるんだ!


 透は気を引き締め直すと、今度は自身の手の平に意識を向けた。

 皮膚を体内から焼き切らんばかりの星力ねつが透の右手の平に集まってくる。と同時に、薄らと透の手の平にフヨフヨと液体ができ始めた。

 空色にこれでもかと言わん程水で薄めたような淡い色から、徐々にハッキリとした新橋色に近しい色になっていく。


 ……“解毒液(ベノム・オフ)


 完成だ。後は手の平の上でとどまっている解毒剤の液玉を皿に移すだけ。

 透は奏楽から皿を受け取り、解毒剤を中に注ぎ入れた。

 皿を奏楽に戻し、透の身体からドッと力が抜ける。


「ハァ……ハァ……できた……」

「お兄ちゃん、大丈夫?」


 肩で息をする透に、優里亜が心配の眼差しを向ける。透は「ああ」と笑って応えた。


「それじゃあ、優里亜ちゃん。お薬の時間ですよ〜。そのまま飲みますか?スプーンもありますけど……」

「そのままで大丈夫」

「わかりました〜。はい、どうぞ」


 奏楽が解毒剤入りの皿を優里亜に手渡す。優里亜は鮮やかな新橋色の液体をジッと見つめると、ゆっくり皿を口元に近付けていった。


「…………」


 その様子を見守りながら、透の両手が微かに震える。不安げな表情を浮かべる透に、奏楽がソッとその手を重ねた。次いで莉一が透の肩に手を置き、蛍からは背中を軽く叩かれる。

 それだけで透も張っていた気が緩んだ。

 優里亜が皿の淵に口付ける。

 コクンと一つ嚥下すると、一気に皿の中身を飲み干した。


「……苦いのかなって思ってたけど、味ないね」


 完飲して一言、ケロリと優里亜が告げる。変わらない優里亜の様子に、透はホッと胸を撫で下ろした。

 奏楽もニコニコと、優里亜の頭を撫でる。


「ちゃんとお薬飲めて偉いですね〜。身体に変化はありますか?」

「うーん、よくわかんない」

「そうですか。じゃあ、二時間後くらいに検査をしましょうか。今日一晩入院して、身体にも検査結果にも異常がなかったら、明日退院できますよ」

「本当!?」


 パァッと表情かおを輝かせる優里亜に奏楽が「はい」と頷く。

 奏楽の返事に優里亜がバッと透へ顔を向けた。そして「お兄ちゃん!」と両腕を思いきり広げる。

 透は一瞬目を見開き惚けるが、すぐに優里亜の身体を抱き締めた。優里亜も透の首元に腕を回す。


「ありがとう、お兄ちゃん!お母さんとお父さんの言ってた通りだ」

「えっ……」

「お兄ちゃんは私にとって……毒で苦しむ人達にとって……“英雄スーパーヒーロー”だね!!」

「ッ!!」


 優里亜の言葉に思わず、透の目頭が熱くなる。

 透も記憶の中の優しい母の笑顔かおを思い出した。

 涙が溢れそうになるのを堪えて、透は一度身体を優里亜から離すと、これまでで一番の笑みを浮かべて見せた。


「ああ!俺は母さんと父さんの自慢の息子で……優里亜の最高のお兄ちゃんだからな!」

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