土下座
透が異能をコントロールできるようになった翌日……つまりは亜人との約束の日。
「弘高ッ!!」
「祐希ッ!!」
奏楽達の目の前で熱い抱擁が交わされる。
約束の時間、しっかりと亜人十八体の解毒、体力回復共に完了させた奏楽達は、隙あらば暴れたり逃げようとしたりする亜人達を連れて、例の廃工場まで来ていた。工場に着けば、既に例の亜人は来ており、その姿を確認するなり、十八体の亜人の内一体が相手へと駆け出した。そして冒頭の抱擁である。
友との感動の再会だ。
「良かった!無事に逃げられたんだな」
「弘高、馬鹿野郎!っとに、二度と自分を囮にするような真似すんじゃねぇよ!ホントにッ……ホントに心配したんだからな!!」
「ああ、悪かったよ。また会えて嬉しいぜ?親友」
涙のハグは終了したらしい。
弘高、祐希という名の亜人は、互いに腕を離して拳を付き合わせていた。
その様子を黙って見守りながら、奏楽達は先に十七体の亜人達を解放する。戸惑いや透に対する怒り、殺気などを滲ませながらも、十七体の亜人達がバラバラに工場から出て行った。
弘高も「行こうぜ」と祐希の肩に手を置くが、祐希は弘高に「先に行っててくれ」と手で合図を出すと、工場内に留まる。素直に工場の出口まで行った弘高を確認して、祐希は奏楽に歩み寄った。奏楽もそれに合わせて足を進める。
「約束、本当に守ってくれたんだな。礼を言うぜ、北斗七星」
三日前とは打って変わって穏やかな笑みを浮かべる祐希に、奏楽も「はい」とにこやかに頷く。
「お礼なんて良いですよ〜。こちらこそ、ボク達のことを信じてくださってありがとうございました〜。それと……」
奏楽はペコリと頭を下げると、一歩身を引いて透に前を譲った。
透は少し表情を強張らせて、祐希の前に出て来る。祐希も祐希で笑顔を消した。
少しばかり工場内に緊迫した空気が漂う。
「……自分勝手な理由で襲いかかったこと……毒を盛ったこと……他にも色々……本当に悪かった!」
「ッ!!」
祐希が目を見開く。
重苦しい空気を掻き消すように、透が床に額を擦り付けて謝ったのだ。他の誰でもない“祐希”に対して。
祐希の後ろでは弘高も口をあんぐりと開けて固まっている。
しばらくフリーズしていた祐希だが、いつまで経っても頭を上げようとしない透に「はぁ〜〜〜」と大きく息を吐くと、ガシガシと後頭部を掻いて、透の肩にポンと手を置いた。
「お前のことは一生許さねぇ。俺のたった一人の親友を傷付けたから……でも……俺も悪かった。関係ないのに、テメェの妹を巻き込んだ。だからお互い様だ」
「ッ!」
思いがけない祐希の言葉に、バッと透が顔を上げる。祐希は先程までの穏やかな表情に戻っていた。その表情に透も強張っていた表情筋を緩める。
一部始終を見守っていた奏楽もニコニコしながら、「良かったですね〜」と二人に笑い掛けた。
「あ、そう言えば、聞きたいことがあるんでした〜」
ポンと左手を右手の平に乗せて、奏楽が祐希に視線を向ける。頭の上に疑問符を浮かべた祐希は「聞きたいこと?」と首を傾げた。
「三日前、君が飲んだ薬物……アレを君に渡したのは誰ですか?」
蛍にしかわからない程微弱だが、奏楽が纒う雰囲気を変えた。
三日前……祐希は透に復讐する為、優里亜を誘拐する為、自身の星力量と身体能力を爆発的に上げる薬を使っていた。
その薬は透の異能によって、再現することが可能になった為、現在奏楽は薬の解析を行っている……が、一番の問題はそんな薬を祐希が何処で手に入れたかだ。
亜人の力を上げる薬など、まず正規の店では手に入らない。そもそも春桜家次期当主が認知していない薬など、そうそうあるモノでもない。
奏楽の雰囲気に気圧されながら、祐希は「あー……」と言葉を濁す。
「見たことない亜人……だったな。コウモリに変身する……バカみてぇに星力量が多かった……」
「えっ……」
祐希の言葉に反応したのは透だ。
透の様子に奏楽が「どうしました?」と首を傾げる。
透は「否」と口を開いた。
「……優里亜を誘拐したって、俺に言ってきた亜人と多分同じだ。ソイツもコウモリの姿だったし、確か星力量も北斗七星レベルで多かったから」
透が答える。
奏楽はふむと少し俯くと、再び祐希に視線を向けた。
「その亜人の名前とか種族とかわかります?」
「多分種族は……『吸血鬼』だと思う……が、名前は知らねぇ。というか……」
そこで言葉を区切ると、祐希は言い難そうに眉を顰めた。奏楽がキョトンと不思議そうな表情を浮かべる。
「あいつ……今はまだ北斗七星に気付かれる訳にはいかないって言ってた。だから自分が目立つ訳にはいかないから、サポートだけしてやるって、薬を俺に渡したんだ。これを飲めば、確実に復讐が成功するっつって」
「……薬の説明は何かありました?」
「あー……確か……『MB』って呼んでたな。一時的に身体能力と星力量を上昇させるって言ってたぜ」
「…………」
聞きたいことは全部聞けたのか、奏楽が黙り込む。
五分程経ってから、奏楽は一人「はい」と頷くと、いつも通りフワフワと笑顔を浮かべた。
「お時間取っちゃって、すみませんでした〜。ありがとうございます〜」
「もう良いのか?」
「はい〜。どうもありがとうございました〜。その薬、もう二度使っちゃダメですよ〜」
「使わねぇよ」とツッコみながら、祐希は「それじゃ」と踵を返す。
「世話んなったな、北斗七星」
「はい、お元気で」
そうして、一つ問題事が解決したのであった。




