適任
そうして、再び地獄のトレーニングが始まった。「一緒に頑張るって言いましたし……」と言う奏楽の鶴の一声により、今度は透だけでなく、蛍と莉一も春桜式特訓メニューに強制参加させられていた。
奏楽以外ヘロヘロになる一日を過ごしながらも解毒研究は進めており、十八体の内十人の解毒に成功した。
肉体強化に加えて、精神が安定してきたことによってか、透も少しずつ異能をコントロールすることができるようになっていき、亜人との約束の日の前日には、摂取した毒物の解毒剤を体内で生成するところまでは、意識的にできるようになっていた。
後は体内でできた解毒剤を体外へ適量放出できれば良いだけだが、それが中々難しい。
「ん"〜……ッ!あ"ぁッ!できねぇ!!」
宮園別荘の庭にあるシェルター内。透が盛大な愚痴と共に、ゴロンと床に寝転がった。右手にはナイフ。左手には空気。つまり一時間に及ぶ葛藤は失敗に終わったらしい。
透の左手には解毒剤の「げ」の字も見当たらなかった。
疲れと落胆から起き上がる気配のない透の傍らで、蛍が「おい」と眉を顰める。
珍しいことに、シェルター内には蛍と透の二人しか居ない。奏楽と莉一はニャイチと共に、地下の研究室で残りの解毒剤の調合を頑張っていた。
「ソラに言われただろ。力むんじゃねぇよ」
蛍がぶっきらぼうに言えば、透は両目を片腕で覆ったまま「無茶言うなよ」と反論した。
「こっちだって、力みたくて力んでんじゃねぇんだよ。全然解毒剤が外へ出てくれねぇんだから、仕方ねぇだろ……」
「……つか体外へ放出って、『星力鎧包』と仕組みは一緒なんじゃねぇのか?何がそんなに難しいんだよ」
蛍が尋ねれば、漸く透はガバッと上半身を起こした。
「『星力鎧包』は身体全体から放出する術だろ?解毒剤って言っても、毒をそんな広範囲に散布する訳にいかねぇし、そもそも『星力鎧包』は星力垂れ流しじゃねぇか。こっちは解毒剤を自分の武器にちゃんと留めて固定しなくちゃいけねぇんだぞ?量だって気をつけなきゃいけねぇし……後、いくら星力からできたモノでも、星力そのものと異能で造られたモノじゃ、扱い方が全然違う」
透が表情を顰めながら答えた。その表情には「そんな簡単だったら、苦労しないんだよ」と書かれてある。
難しい理由はわかるが、突破口が中々見当たらないのだ。
「……というか、話変わるけど……珍しいな。蛍が奏楽と離れてるなんて。莉一と二人きりにして良いのかよ」
揶揄い半分と言ったように、透が口角を上げる。蛍は「チッ」と舌打ちを溢せば、「うるせぇな」と背を向けた。
シェルターに入る前、奏楽との会話が蛍の頭にフラッシュバックされる。
……『ほたちゃん、解毒剤造りできないんですから、透くんの特訓手伝ってあげてくださいな』
……『はぁあ!?何で俺が……莉一に解毒剤研究させて、ソラが特訓してやりゃ良いだろ!?ソラの手伝いならやってやる』
……『莉一くん一人は危険ですよ〜。莉一くん、何故か昨日今日とフラフラなんですもん。』
……『何故も何もテメェの阿保みたいな特訓メニューの所為だろ!!すっとぼけんな!』
……『ほたちゃん……ダメですか?』
……『ウッ……………今日だけだぞ……』
……『流石ほたちゃん!ありがとうございます〜!ほたちゃんなら、適任だと思ったんですよね〜!』
回想終了。
奏楽のやけに情を煽ってくる嘘泣きと、その後コロリと変えた、キラキラした良い笑顔を思い出して、蛍は機嫌を更に悪くさせた。
蛍が断れないと踏んで、嘘泣きしてくる奏楽も奏楽であるが、嘘泣きとわかっていながら断れない蛍も蛍である。
「……ソラがテメェの特訓に付き合ってやれってうるせぇんだよ。俺が適任だとか何とか……まあ莉一が居ることだし、俺と離れてるからっつって、この短時間で問題起こすことはねぇだろ」
「……」
ガシガシと後頭部を掻く蛍を横目に、透は「へぇ」と一つ心の中だけで呟く。
……やたら奏楽に対して独占欲と執着心が強いけど、莉一のことは信頼してんだな……。
この数日で見せた蛍の奏楽に対する独占欲は相当なものだった。透など、未だに握手すら邪魔されると言うのに、莉一は二人きりで一時間近く一緒に居ることまで許されてるらしい。
まあ、奏楽との事に関して、蛍がしゃしゃり出ることの方が謎な訳だが。
口に出すことはないが、透は何度も蛍に「彼氏か」とツッコんでいた。
当然そんな透の心情など露知らず、蛍は「つか」と話を元に戻した。
「お前、異能が暴走する瞬間の感覚は覚えてんのか?」
「はぁ?……まあ、あれだけ暴走してりゃあ、嫌でも覚えるけど……って言っても、暴走して毒がばら撒かれる瞬間までだぞ?そこからは大抵意識がねぇし」
蛍の意図がわからないながらも、透が答える。
蛍は「なら」ともう一つ質問を投げた。
「一昨日、廃工場で成功した時の感覚は?」
「……覚えてたら苦労しねぇけど」
透が視線を逸らした。
成功した時の感覚を覚えていないから、八方塞がりなのである。
蛍は「はぁあ?」と眉根を寄せた。
「何も覚えてねぇのかよ。暴走した時と同じような感覚、何でも良いから何かねぇのかよ」
蛍が苛々告げれば、今度は透が「はぁあ?」と眉を顰める番だ。
「何で暴走した時と同じ感覚なんだよ。そこは違う感覚が必要なんじゃねぇの?」
最もな疑問であるが、蛍は呆れたように溜め息を吐いた。勿論、透はその仕草にイラッと来たが、自分が蛍より一学年先輩であることを思い出して、グッと堪える。
蛍は気にせず口を開いた。
「お前今、解毒剤が体外へ出ないことに悩んでんだろ?けど、暴走してる時は体外へ思いっきり出てんじゃねぇか。つまり、暴走する瞬間の感覚に答えがあんだよ。……で、成功した時と同じ感覚がもしあんなら、それがヒントになるって考えのが普通だろ。後は数打ちゃ当たる」
「……」
思わず透が惚ける。暴走した時の感覚に答えがあるなど、そんな風に考えたことなど一度もない。いつも暴走しないようにとそればかりだ。無意識に……否むしろ意識的に避けていたと言っても過言ではない。
しかし、蛍の言い分もその通りだ。
人はいつだって失敗から学ぶものである。
透は真剣に一昨日、廃工場で異能を発動した時の記憶を辿り始めた。
あの時はただ、優里亜を助けてくれた奏楽に、どんな相手でも救おうとする奏楽に、恩返しと手伝いがしたかった。あの瞬間、透は奏楽に理想の『英雄像』を見たのかもしれない。
だから、「成功してくれ」と「上手くいってくれ」とそればかり考えていた。
身体中の血液が沸騰しているかのように熱くて、ただがむしゃらだった。
気がつけば、手の平に解毒剤の玉ができていて、ナイフに纏わせることができた。
……否、ちょっと待てよ……。
とそこで、透が何かに気付く。
五分程考え込んでから、透は「よし」と溢して、蛍へ顔を向けた。その表情は何か掴んだらしく、先程までより晴れやかである。
「……もしかしたら、わかったかもしれねぇ」
* * *
一方その頃、奏楽達は地下の研究室兼病室で、解毒剤造りに励んでいた。
「莉一くん、そっちどうですか?」
「微妙ですねぇ。こっちはどうですぅ?」
「これと混ぜてみましょうか」
ズラリと並んだ薬品を「ああでもない、こうでもない」と試していく二人。
とそこで、莉一が突然「そう言えばぁ」と、手を動かしながら奏楽に話を振った。
「蛍殿と透殿を二人にして良かったんですぅ?透殿はともかく、蛍殿はまだ透殿のことを信用してないでしょぉ?」
莉一が尋ねれば、奏楽は「ん〜?」と、手元の薬品を別の試験管に入れ替えている最中だった。
繊細な作業が終わったところで、「そうですね〜」と奏楽はフワフワ告げる。
「大丈夫ですよ〜。ほたちゃんにとっては、相手を信用できないのは通常なんで、今更信用できない人と二人きりになったところで問題はないですよ〜。それに……」
奏楽が言葉を区切る。気になった莉一が作業を止めて、目線を奏楽へ向ければ、奏楽は懐かしむように目を細めて微笑んでいた。
「ほたちゃんはとっても頭が良いですから〜……きっと、透くんが見つけられないヒントを見つけてくれますよ」
「……貴人や星力に関する基礎知識も知りませんけどねぇ」
にわかには信じられないと言いたげに莉一が呟く。しかし、奏楽は確信でもしているのか、フフッと笑いながら「だって」と言葉を続ける。
「ほたちゃんはこの十年間……ずっと、ボクの隣でボクが闘ってる姿を見てますから〜……自分もその隣で闘いたいって思いながらね〜。だから、ほたちゃんは誰よりも異能や星力を操るコツを見抜くのが得意です」
ニコッと奏楽が微笑む。
言われて「確かに」と莉一は思い出した。
一週間ほど前までできていなかった『星力鎧包』を、現在蛍はしっかり使いこなせている。普通一週間でマスターできる術ではないにも関わらず、だ。その上、貴人における基礎技術は全く知らない、できないという割に、異能を操るセンスだけは初めからずば抜けていた。
「ボクは感覚でやっちゃうタイプなんで、あんまり人に教えるの得意じゃないんですよね〜。コツとかもわかんないですし、だからほたちゃんが適任なんですよ〜」
「……でしたら、蛍殿がしっかりアドバイスできるよう、お二人が仲良く特訓してることを祈りますかぁ」
莉一が悪戯を考えるようにニヤリと口元に笑みを浮かべれば、奏楽も「ですね〜」とクスクス笑う。
その一時間後、透は見事異能を操るコツを見つけ、『調毒』を我が物とすることができたのであった。




