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星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇進行編〜群青の調毒士〜
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生きる意味

「ハァ!ハァ!ハァ!……」


 荒い息がコンクリートの壁を木霊する。

 シェルター内に入って三時間。透は休むことなく、自身の異能を発動させていた。

 と言っても、中々亜人達に使った毒を再現することができず、その為毒の中和剤を生成することができない。星力の流れに集中し、毒の成分に意識を向けているだけで、一向に異能そのものが発動する兆しは見えなかった。

 下手に発動しても、全く別の危険な毒素が生成される可能性もあるので、必ずしも異能発動状態が良いかと言われれば違うのだが、それでも異能が発動しない以上成功はあり得ない。

 透は大量の汗を腕で拭いながら、ゴロンと床に転がった。


「あ''ぁ〜!!クソッ!!」


 盛大に愚痴を吐いて、透は両目を片腕で覆う。


 ……何でできないんだよ!昨日はできたのにッ!何でッ……!


 昨日の廃工場で、確かに透は亜人が飲んだ薬の解毒剤を生成することができた。

 咄嗟のことだった上に、生まれて初めての成功例なので、まだ全く身体が感覚を覚えていないのだ。


 ……何で昨日は成功したんだよ……馬鹿みたいに集中してたってことしか覚えてねぇけど……集中だけで成功するなら、とっくに成功してるだろ……。


 透には失敗の原因も成功の原因もわからない。八方塞がりであった。


 ……『透は毒で苦しむ人達にとって英雄ヒーローよ!』


 ふと母からの言葉が、透の頭に浮かんできた。

 透は奥歯を噛み締める。


 ……ごめん、母さん。やっぱり俺には無理かもしれない。期待に応えられない……俺は……。


「……何の為に生きてんだろ……」


 つい口から出てしまった。口に出してしまえば、余計にそう感じてしまうものだ。

 負の思念が透の頭を満たしていく。それに合わせて、ザワリと透の中の星力が揺れた。

 また暴走してしまうのかと、どこか諦めた様子で目を瞑る透。


「そんな悲しいこと言わないでくださいな〜」

「ッ!!?」


 聞こえる筈のない声に、慌てて透が飛び起きた。

 目の前で膝を折って座っている姿に、透は一も二もなく口を開ける。


「奏楽!!?」

「はい〜、奏楽ですよ〜」


 名を呼ばれた奏楽はニコリと微笑むと、律儀に返事をする。対する透はそんなこと聞いちゃいないと言わんばかりに、反射的に勢いよく後ずさった。


「ばっ!な、何で来たんだよ!?宮園から何も聞いてねぇのか!?毒が充満してたら、どうするつもりだ!?」


 後ずさったことで、奏楽の後ろに当然のように蛍が居ることもわかる。

 わざわざ莉一に忠告したのは何だったのかと、透は眉を吊り上げた。

 しかし、莉一の言伝だけで大人しくするような、物分かりの良い奴などここには居ない。


「心配してくれて、ありがとうございます〜。大丈夫ですよ〜。念の為、ほたちゃんに水鏡張って貰ってますから〜。毒なんてへっちゃらです」


 握り拳を胸の前に持って来て、ニコッと奏楽が笑う。それを聞いて、胸を撫で下ろした透は、「ん?」と眉を顰めた。


「……『みずかがみ』……?」


 首を傾げる透。

 そう言えば、透に蛍や莉一の異能を全く教えていなかったことを奏楽は思い出す。


「ほたちゃんの異能ですよ〜。鏡の性質を持つ水膜を出して、操ることができるんですよ〜。主な使い方は“盾”ですね〜」

「“反射”だ、馬鹿」


 咄嗟に蛍がツッコんだ。

 水鏡を“盾”と見ている内は、あくまで蛍はサポート要員でしかない。奏楽にとって、前線で一緒に闘える仲間ではないということだ。

 前々からわかっていたことだが、改めて奏楽の認識を確認したことで、蛍は透そっちのけで「チッ」と舌打ちを溢した。

 そんな蛍の心情も事情も知らない透は、水鏡の性能が“盾”だろうが“反射”だろうがどうでも良い。そんなことより、何故奏楽達がシェルターにやって来たかの方が気になった。


「性能はどっちでも良いんだよ!何で来たんだって言ってんだ!!」


 声を荒げる透。毒が平気と言っても、透が二人に「一人で訓練する」と言ったことに間違いはない。

 透はもうこれ以上、誰にも迷惑を掛けたくなかった。


「『何で』って……そんなの決まってるじゃないですか〜。透くんのことが気になるからですよ〜」


 裏表のない笑みで奏楽が答える。奏楽が()()()()()だということは既に透も知っていた。だからこそ、眉根を寄せる。


「俺は『一人でやる』って言っただろ!?俺に構うんじゃねぇよ!!」


 ここで言い淀んでは負けだと透は心を鬼にする。案の定蛍は「ぁあ?」と怒りを露わにするが、奏楽はキョトンとした表情を浮かべるだけだ。

 いっそ“怒り”という感情が本当にあるか、不安になる程である。


「でも透くん……困ってるんじゃないですか?今更一人でどうにかできるなら、とっくの昔に異能をコントロールできるようになってますよ。別にボク達は迷惑だなんて思ってませんから、お手伝いさせてくれませんか?」

「…………奏楽が迷惑だと思ってなくても、俺が迷惑かけてると思っちまうんだよ……。それに……」


 透が言葉の途中で口を噤んだ。


 ……上手くいく保証はどこにもない。迷惑かけて、恩義まであって、その上異能のコントロール訓練すら手伝って貰って……それでも上手くいかなかったら、俺は本当に……。


 透が顔を下に落とす。

 母との約束を果たしたい。優里亜にもう二度と『化け物の妹』などというレッテルを貼りたくない。その為に努力することを苦行だなんて微塵も感じていない。

 それでも、一度無理かもと思ってしまったら、成功するイメージが思い浮かばない。ネガティブな思考に押し潰されるだけだ。

 言い淀んだまま、続きを言おうとしない透の様子に、奏楽は少しだけ間を置いてから口を開いた。


「……生きてる意味がわからないんですか?」


 奏楽が首を傾げれば、バツが悪そうに透が視線を床に落としたまま横に逸らす。

 構わず奏楽は続けた。


「さっきそう呟いていましたよね?透くんは、自分が生きてる意味を……理由を知りたいんですか?」

「…………」


 透は応えない。

 代わりに、黙って聞いていた蛍が心底意味がわからないとでも言いたげな表情で「つか、馬鹿か?お前は」と透に対して吐き捨てた。

 脈絡のない悪口に、顔を上げた透が「はぁ?」と目を吊り上げる。


「お前、妹のことが大事なんじゃなかったのかよ?」


 怯むことなく蛍が尋ねれば、透は「大事に決まってんだろ」と即答した。


「この世で一番大切だ。たった一人の家族なんだぞ」

「だったら、テメェの生きる意味なんざ決まってんだろ。テメェの妹を命に換えても守り抜くこと……それ以外何かあんのかよ」


「何故そんなこともわからないのか」と言わんばかりに蛍が断定すれば、透は再び顔を俯けさせた。


「そんなこと……できたら苦労しねぇんだよ。俺は……守れなかったんだ。優里亜を……絶対に守るって決めてたのに……俺は守れなかった……」


 悔しさが込み上げてきて、透は拳を固く握り締める。

 ずっと透は優里亜を……家族を守れなかった。貴人でありながら、自身の無力さに打ちのめされる日々だ。

 だからこそ、生きる意味がわからないのである。

 しかし、蛍は「はぁあ?」と表情かおを顰めた。


「テメェの妹は今、生きてんだろ?確かに完全に元気かと言われたら、そうじゃねぇけど……今生きてんなら、これから守ってやりゃあ良いじゃねぇか」

「ッ!!」


 蛍の言葉に、透がハッと顔を上げる。


「過去がどうであれ、守る対象が生きてんなら、テメェの生きる意味もまだ残ってんだろ。守れる力がねぇってんなら、力を付ける努力をしろ。それだけで充分生きる意味になるだろ」

「…………」


 蛍が言い切れば、透は目を見開いたまま固まっていた。しばらくして我に帰った透は「……お前」と恐る恐る口を開く。


「まともな事も言えたんだな」

「ナメてんのか、殺すぞ」


 すかさず蛍がツッコみという名の脅し文句を吐いた。

 そんな二人の会話を奏楽はニコニコと嬉しそうに見守っていた。


「ほたちゃんの言う通りですね〜。生きる意味なんて、すべき事やしたい事が全部終わった後に考えれば良いですよ〜。今はただ頑張るだけです、なりたい自分になる為に。それは透くんだけじゃなくて、ボクやほたちゃん、莉一くんも同じです。だから、ね?一緒に頑張りましょう?」


 奏楽が右手を差し出す。透はその手を取る前に、真っ直ぐと奏楽の瞳を見つめた。


「……なれると思うか?」

「??何がですか?」


 主語のない透の質問に、当然奏楽が聞き返す。透は一つ深呼吸をした。


「……昔……母さんから『俺は毒に苦しむ人達にとって英雄ヒーローだ』って言われた。本当に……そんな英雄ヒーローになれると思うか?」

「阿保か」


 奏楽が応えるよりも先に、蛍がツッコむ。


「なれるかどうかじゃねぇだろ。テメェがなりてぇなら、死ぬ気でなるんだよ」


 問答無用とばかりの答えに、「蛍らしいな」と奏楽がクスクス笑う。


「ほたちゃんはストイックですね〜。でも……そうですね〜。人間にはできない事が沢山ありますけど、透くんのソレはできることだと思いますよ?透くんさえ強く臨めば、ね?」


 蛍に続いて、奏楽も頷いてくれる。

 そんな二人の顔を、透は改めて見据えた。

 あの日向けられた、化け物を見るような目じゃない。

 透を“七海透”として受け止めてくれる、真っ直ぐな眼差しだった。

 “一人”ということに意地になっていた自分が馬鹿らしくなって、透は思わずフッと息を吐く。


「……改めて俺からお願いするわぁ。異能訓練、俺と一緒にして下さい」


 右手を差し出しながら、透が頭を下げる。

 奏楽と蛍は互いに顔を見合わせると、それぞれ笑顔を見せた。

「はい」と奏楽が透の手を取る。


「一緒に頑張りましょ〜」

「最初から、そう言やぁ良かったんだ」


 変わらない二人の態度に、透も張っていた気が抜けて、思わず破顔する。


莉一あいつの言ってた通り……やっぱお前ら二人共、とんでもねぇ性質タチの悪さだ」

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