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星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇進行編〜群青の調毒士〜
62/101

一人

 透が目を覚ますと、そこは莉一の家の天井だった。

 何か懐かしい夢を見ていた気がするが、思い出せない。それでも「忘れるな」とでも言いたげにズキッと頭が痛んだ。思わず右手で額を押さえる透。

 とそこで、透の顔に影が掛かった。


「透くん、起きましたか?」

「……そ、うら……?」

「はい、奏楽です〜」


 名前を呼ばれてニコリと微笑む奏楽の顔を見て、透は一気に気絶する前のことを思い出した。


「……ッ毒ッ!!」


 ガバッと勢いよく上半身を起こすと、透は奏楽の顔を両手で包み込んだ。


「大丈夫か!?毒は!?息苦しいとか、身体が痺れるとか、何もないか!?……ッッ!!?」


 一気に捲し立てながら、奏楽の様子を診ようと距離を詰めて来る透の頭を、蛍が無言でチョップした。

 容赦のない攻撃に透は奏楽から離れ、自分の脳天を腕で抱える。そしてキッと蛍を睨んだ。


「ッ〜!……おい、いきなり何すんだ?」

「テメェこそ、何ソラの顔、汚ねぇ手でベタベタ触ってんだ?殺すぞ、シスコン二号」

「はぁ!?誰が『シスコン二号』だよ!?つか汚くねぇよ!こちとら、衛生管理は人一倍しっかりしてんだぞ!?」

「綺麗だろうが汚れてようが、どっちにしろソラに触んじゃねぇ!」

「独占欲の強い彼氏か、テメェは!!」


 互いに睨み合う二人。そんな二人の様子を奏楽はニコニコしながら眺め、蛍が本気でキレる前に「ほ〜たちゃん」と蛍の背中に寄り掛かった。


「大人気ないですよ〜。透くんはボクの心配してくれてただけじゃないですか〜」

「どんな理由でも、俺の許可なくソラに触る奴は許さねぇよ。つか、コイツの方が一応年上だろ!大人気ねぇのはコッチだ!」

「やれやれ〜、困ったお人ですね〜」

「お前が言うか?ソレ」


 のんびり告げる奏楽に呆れた眼差しを向ける蛍。蛍のツッコみをスルーして、奏楽は「透くん」と透に向き直った。


「心配してくれて、ありがとうございます〜。ボク達なら大丈夫ですよ〜。ほたちゃんも莉一くんも、亜人の人達も皆無事です」


 奏楽に言われて、透は落ち着いたらしい。ホッと胸を撫で下ろして、肩の力を抜いた。

 だが、すぐに表情を暗くさせる。目敏く気付いた奏楽が首を傾げた。


「透くん?どうかしましたか?」

「……悪かった。もうお前らに迷惑かけるつもりはなかったのに、結局危ない目に遭わせちまって……やっぱり異能の訓練は俺一人でやるよ」


 透が頭を下げる。

 奏楽達が何か言う前に頭を上げ、そのままベッドを降りて、部屋から出て行こうと足先を扉へ向けた。


「何処に行くんですか?」

「……俺ん。異能がまともに使いこなせるようになって、まだそっちの解毒が終わってなかったら戻って来る。……世話んなったな」


 振り返ることなく告げると、透は部屋から出て行った。奏楽達の返事も聞かず……。



 *       *       *



 無駄に広い莉一邸の廊下を透が黙々と歩く。


「帰るんですかぁ?」

「ッ!」


 急に声をかけられ、透が足を止める。廊下の曲がり角から莉一が姿を現した。

 平静を装うように、透は「ああ」と頷く。


「迷惑かけたな。宿代はまたいつか払うから」

「要りませんよぉ。要るとしても、貴方をここに匿った奏楽殿に付けるんで、お宅から取ることはありませんわぁ」


 莉一の切り返しに「そうか」と応えると、透は莉一の横を通り過ぎる。別に莉一は引き止めない。ただ「透殿ぉ」と一つ呼び止めると、真っ直ぐな視線で透を射抜いた。


「一人で訓練したいなら、良い場所教えましょうかぁ?」

「……?…………」



 *       *       *



 白いコンクリートが剥き出しになった無機質な空間。四隅の天井に換気扇のようなものと、部屋の端に何か個室が一つあるだけで、後は何もない。ただ教室二部屋分の広さがあるだけだ。


「…………」


 駄々広い空間を前に透の目が点になる。そんな透に構わず、隣の莉一が説明を始めた。


「ここが宮園の誇る核シェルターならぬ“異能シェルター”ですわぁ。異能……というより星力を弾く特別な結界で覆われた壁は余程の攻撃でないと全く外部に影響を与えません。それだけでなく、四隅にある換気扇は空気清浄機……この部屋の空気中に漂っている成分を細かく分析し、異常が起きればすぐ対処する優れ物ですわぁ。酸素濃度が減少すれば酸素を足しますし、毒が蔓延すれば換気と同時に登録されてる中和剤を散布してくれます。あの隅にある個室はトイレですよぉ。ここなら、思う存分訓練できるでしょうぉ?」


 透の開いた口が塞がらない。

 一体全体ここは何を想定して作られたのか。何故こんなものが別荘の真横にあるのか。というか、空気清浄機は家に欲しい。切実に。

 様々な感想が、透の中で浮かんでは消えていく。


「…………ここ、別荘だよな?何でこんなモノあるんだよ……頭おかしいんじゃねぇの?」


 漸く口にした言葉は失礼ながらも、正に正論であった。

 しかし莉一に気にした様子は全くなく、「残念ながら」と口を開く。


「ウチの両親は二人とも、頭のイカれた実験馬鹿なんですわぁ。別荘だろうと家だろうと、大抵の実験道具は揃ってますよぉ」

「……『実験道具』……」


 呟きながら、透が改めてシェルターを見回した。こんな馬鹿でかいシェルターを『実験道具』呼ばわりなど、莉一の両親と同じくらい、莉一も充分頭がおかしいらしい。

 それを指摘することなく、透は「それで」と話を進めた。


「本当にここ使って良いのか?」

「えぇ。食事は一日三回、決まった時間に届けてあげるんでお気になさらずぅ」

「……俺、こんなにして貰っても、お前に払うモン、何も持ってねぇんだけど?」


 透が尋ねる。

 世の中というのはそう優しくない。タダで手に入るモノなど限られている。

 少なくとも、こんなイカれたシェルターのレンタル料が無料になる程、甘い世界ではなかった。

 勿論莉一だって、何の見返りなしに貸すつもりはない。


「ご心配なくぅ。当然お代は払ってもらいますよぉ。ただ、お金じゃなく……お宅の知識と異能で払ってもらいますけどねぇ」

「『俺の知識と異能』……?」


 透が聞き返せば、莉一は「えぇ」と頷いた。


「実は自分にはどうしても造りたい薬がありましてねぇ。毒物や薬物に明るい人材を探してたんですわぁ。お宅が異能を完璧に使いこなせるようになったら、その薬造りを手伝ってください。それがここを貸す条件ですよぉ」


 少しばかり雰囲気が強張った莉一に、透は心の中だけで首を傾げる。だが深く尋ねず、「まあ別に良いけど」と条件を飲んだ。


「じゃあ、遠慮なく借りるぞ?あ、けど念の為シェルター内には入って来るな。俺の暴走で散布された毒が、必ずしも解毒剤がある毒とは限らねぇから」

「………」


 俯く透。その様子を莉一は真顔で見つめると、クルリと透に背中を向けた。


「では自分はそろそろ戻りますわぁ。奏楽殿の手伝いをしなくちゃならないんでねぇ。訓練、頑張ってください」

「あぁ、ありがとう」


 スタスタとシェルターの出口まで歩いていく莉一。扉の取っ手に手を掛けた所で「そう言えばぁ」と思い出したかのように口を開いた。


「一つ言い忘れてましたわぁ。奏楽殿と蛍殿のことですけどぉ……お宅がどれだけ心に鍵を掛けて、一人で何もかも背負い込んでいたとしても……あの方々はそんなものお構いなしに、首を突っ込んでくる性質タチの悪い方達なんで……くれぐれも絆されないように頑張ってくださいよぉ。既に絆された先輩からのアドバイスです」


 そう言って、横目だけ透へ向けた莉一の眼差しは何処か優しかった。

 その目を黙って見るだけで、透は何も返さない。だが、莉一は満足したように、今度こそシェルターから出て行った。

 ただ一人残された透。


「……『性質タチの悪い』……ね……」


 フッと笑った透の頭の中に浮かぶのは、馬鹿っぽい夫婦漫才ならぬ痴話喧嘩を繰り広げている奏楽と蛍の姿だ。


 ……本当にその通りだな……。


 内心呟けば、透はスンと顔から表情を落とした。目を閉じて、一つ大きく深呼吸をする。

 瞼に浮かぶのは、あの日死んだ両親の姿と、昨日殺されかけた優里亜の顔だ。


 ……もう二度と失いたくねぇんだ……。


 そうして透は自身の星力の流れに集中した。

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