表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇進行編〜群青の調毒士〜
61/101

番外編 『化け物』の誓い

番外編と書いてますが、本編です(どっちやねん!)

透の過去なので、本編でもあるけど番外編でもある……そんな感じです。

一話にまとめたお陰で長くなりました。


それではどうぞ。

 俺は妹が四歳になるまで、自分が貴人であるということすら知らずに生きてきた。

 平凡な家、平凡な両親。何処にでも居るような普通の家族だった。

 それでも優しく愛に溢れた両親と可愛い妹、口下手で得意なことと言えば球技と掃除くらいの俺のことをいつでも温かく受け入れてくれた。

 だから幸せだったのだと思う。勿論、それが当たり前だった当時は何も感じていなかったけれど……今では本当に、有り得ない程恵まれていたのだと心の底から思った。



 *       *       *



 それは五年前……俺が小学六年生になってすぐくらいの頃だった。


「邪魔すんじゃねぇよ!退けッ!!」

「きゃっ!」


 優里亜が突き飛ばされる。

 相手の顔を俺は知っていた。名前までは知らないが、隣のクラスで有名な問題児だ。

 優里亜の小さな身体が地面に打ち付けられるまでが、やけにスローモーションに見える。近くに居た子犬が「キャンキャン」と忙しなく吠えていた。優里亜の可愛がっていた野良犬だ。

 優里亜がふらつきながら上半身を起こす。打ち所が悪かったのだろう。その額から少しだけだが血が垂れていた。

 ドクンと心臓が嫌に大きく鳴った。

 段々と呼吸が荒くなっていき、頭がグルグルと物凄い勢いで回っていく。


「……優、里亜……」

「ん?……あぁ、隣のクラスの根暗野郎じゃねぇか。テメェの妹か?なら、躾くらいちゃんとしとけよな!アハハ!!」


 その瞬間、自分の中で何かがプチッと切れた。

 その後のことはよく覚えていない。

 ただ目を覚ました時、俺は病院のベッドの上で、側には白衣を着た見知らぬ男が立っていた。

 曰く、俺は貴人であると。俺の異能は毒物を生成し、体外へ放出するものであると。俺が異能を暴走させてしまったと。

 異能の暴走と聞き、真っ先に浮かんだのは優里亜の事だ。

 無事なのかと医者に尋ねると、医者の男は僅かに目を伏せてこう言った。


「その場に居た妹さんと学校のお友達だけど、毒にやられて昏睡状態になっている。しばらく入院することになったよ。君の親御さんも、今は妹さんの病室に居る」


 聞いた瞬間、何を言われたかわからなかった。

 数分掛かって言葉を呑み込み、漸く意味を理解する。

 そして襲い掛かってきた恐怖と罪悪感で吐き気を催した。

 この時異能が暴走しなかったのは、先の暴走で星力を使い果たしていたからだろう。でなければ、目の前の医者のことも毒に侵してしまっていた。


「……お、俺……俺……ッ優里亜ッ……優里亜はッ、俺の所為でッ……」


 頭が混乱しているお陰で上手く喋れない。医者の男が憐れむように俺の頭にポンと手を乗せ、白衣のポケットからタブレットの入った薬瓶を取り出した。


「コレは君の中に流れている星力を止める薬だ。星力の流れが止まれば、異能は使えない。八時間置きに一錠ずつ飲みなさい」


 言いながら手渡されたタブレットを、俺は滲んだ視界で見下ろすしかできなかった。

 この日から俺は『化け物』になってしまったのだ。



 *       *       *



「「「化け物だ!!」」」

「アイツ、呪いの力で呪った奴を毒殺するんだってよ」

「アイツの持ち物に触るだけで呪われるらしいぜ?」

「嘘じゃないよ。だって実際、毒で死にかけた子が居るんだって」


 噂はすぐに学校中に広まった。

 今まではクラスメイトですら俺の名前を知ってる奴の方が少なかったくらいなのに、一週間も経てば学校で俺の事を知らない奴は一人も居なくなっていた。

 そうなれば自然と絡んでくる奴も増える訳で……。


「なあなあ!お前、実の妹のことも毒殺しかけたって本当!?」


 下卑た笑みで尋ねてくる名前も知らない他クラスの馬鹿。

 優里亜の話題を出されたことで、カッと頭に血が上った。体温が一気に上昇する。

 次の瞬間、目の前の男子が「ウッ」と胸を押さえて蹲った。

 そしてハッとする。前に薬を飲んでから八時間過ぎていた。

 焦って誰か教師を呼ぼうとするが、その前にソイツから「……お、前……」と呼び止められ、顔を振り向けた。


「ッ!」


 その時見下ろしたソイツの目を、俺はきっと一生忘れない。

 まるで化け物を見るかのような、恐怖と蔑みに満ちた眼差しで、俺のことを真っ直ぐ見つめていた。

 その視線から逃げるようにその場から去ったのを、俺は覚えている。

 すぐにタブレットを呑んで、教師を呼んだが、俺はもう学校に行くことはなかった。

 怖かったんだ。自分を見つめる瞳と向き合うのが。

 自分が人間ではないと言われているみたいで……言い表せないくらい怖かった。



 *       *       *



「……それで逃げて来たの?」


 家には帰らず、優里亜が入院している病院へと逃げ込めば、母さんが優里亜のお見舞いに来ていた。


 事の次第を話せば、母さんは穏やかな雰囲気のまま首を横に倒す。

 俺の異能を知ってからも、両親の俺に対する態度は全く変わらなかった。それだけが唯一の救いだった。


 俺は罰が悪くて、無言のまま頷く。

 すると、母さんは俺の頭を優しく撫でてくれた。

 流石に小学六年生にもなって、親に頭を撫でられるのは恥ずかしい。思わず後退ろうとするが、その前に母さんが俺の身体を抱きしめる。


「か、母さん!?は、恥ずかしい……っていうか、危ないって!一応薬は飲んでるけど、母さんも知ってるだろ!?薬は必ずしも効くわけじゃないって!もし母さんにまで毒が……「透」


 俺の言葉を遮って、母さんが口を開く。


「知ってる?透。この世にあるモノはね、全部“毒”であり“薬”なのよ」

「?」


 母さんの言ってる意味がわからず、頭にハテナが浮かぶ。構わず母さんは続けた。


「例えば水ね。水を飲まないと、私達は生きていけないけど、飲み過ぎると死んじゃうの。塩もそうよ?摂り過ぎは身体に毒。お酒も飲み過ぎは身体に良くないって言うけど、少量なら『百薬の長』とも呼ばれるわ」


 そこで一度話を区切ると、母さんは俺を抱き締めていた腕を緩めて、俺と視線を合わせた。学校の奴らとは違う。慈愛に満ちた温かい眼差しだ。


「だからね、透。使い方次第よ。透の異能は素晴らしいわ。透の異能は確かに毒を作る能力モノかもしれない。でも言い換えれば、透はどんな毒でも治せる薬を作れる英雄ヒーローなのよ」

「……ひー、ろー……」

「ええ、そう!今は難しくても、いつかきっとその異能ちからを使いこなせるようになる!そうすれば、透は毒で苦しむ人達にとって英雄ヒーローよ!」


 母さんがニコリと笑う。

英雄ヒーロー』……『化け物』と呼ばれる俺には一番程遠い存在だ。そんな存在に俺がなれるとは到底思えない。そうでなくても、口下手で友達すら一人も居ないような俺は、全く『英雄ヒーロー』なんて柄じゃない。


「……母さん、は……俺が『英雄ヒーロー』になったら……嬉しい?」


 恐る恐る尋ねる。

 質問を受けた母さんは一瞬キョトンとすると、すぐに満面の笑みを浮かべた。


「ええ!透が透の力で、誰かを助けてくれるようになったら、私もお父さんも、勿論優里亜もとっても嬉しいわ!でもそうね〜、自慢の息子がこれ以上自慢になっちゃったら、息子の自慢話ばっかりでお母さん、近所の人達にウザがられちゃうわね」


 冗談を言うみたいにパチッとウィンクをする母さんに、俺は自然と表情が和らいでいた。

 確かに柄じゃないし、そう簡単になれるとも思わない。

 でも……それでも……他の誰でもない。俺の一番大切な家族ひと達が喜ぶなら、目指してみるのも悪くないと思った。


「……母さん、俺……目指してみるよ。『英雄ヒーロー』を……『化け物』なんかじゃなくて……母さん達がもっと誇れるような息子に……なってみせるから……って、うわっ!?」


 突然母さんからきつく抱き締められた。ギュウギュウと締め付けられて苦しいくらいだが、何故かいつも悪い気はしない。


「透、お母さん達はいつでも……透の味方だからね」


 耳元で小さく言われた言葉を、この時の俺は特段感動もなく、「母さん本当に子離れできる日が来るのかな?」なんて馬鹿みたいに考えながら聞いていた。



 そして、当たり前だと思っていた幸せが終わりを告げる。



 *       *       *



 その日は優里亜が退院する日だった。

 一ヶ月ぶりの優里亜の帰宅に、「折角だからパァッと祝おう」と母さんと父さんは平日にも関わらず仕事を休んで、朝からパーティーの準備を忙しなくしていた。母さんはご馳走の準備、父さんは家中の飾り付けだ。

 俺は両親の子煩悩ぶりに呆れていた訳だが、他でもないゆりあの為だ。喜んで二人の手伝いをしていた。

 だから、いつもは嫌がるおつかいも、今日は一つ返事で頷いた。子供に任せるには多過ぎるだろうとツッコみたくなる量の買い物でも、異能の所為で家族以外の誰かと会うのが怖くなってしまった精神メンタルでも、見送る際の両親の笑顔と喜んでくれる優里亜の笑顔かおを想像すれば、明るい声で「いってきます」と言えたものだ。

 いくら近所のスーパーと言っても、子供の足では時間が掛かる。それも大荷物ともなれば尚更だ。

 一時間くらい掛かって、買い物袋を持つ腕を交互に替えながら、俺は帰路に着いた。

 そして、扉を開けた瞬間広がった景色に固まった。

 綺麗に整えられていたパーティー会場は嵐でも去ったのかと思う程滅茶苦茶で、至る所に赤黒い何かが飛び散っている。

 リビングの奥に、見慣れた二つの人影が重なって見えた。

 ドサリと買い物袋が玄関に落ちる。


「……か、あさん……?……とう、さん……?」


 名を呼んでも返事はない。

 震える足で家の中へ入れば、むせ返るような鉄の臭いに、頭がクラッとした。


「……母、さん……父、さん……」


 目の前で抱き合いながら倒れている二人を見下ろす。

 母さんも父さんも、その身体は何か刃物で切り裂かれたような跡があり、真っ赤な水溜まりの中で目を閉じていた。

「ハァ……ハァ……」と息が荒くなる。

 ガクッと、到頭足に力が入らなくなり、膝から崩れ落ちた。ピチャンと紅い水溜まりに波紋が浮かぶ。


「母、さん……父、さん……う、そ……嘘だ……」


 ドクンドクンと心臓が煩い。

 頭がグルグル回って、思考が纏まらない。

 その上、身体が焼き切れそうな程熱い。

 まともに脳が動かない中、一つだけわかったことがある。

 もう二度と母さんと父さんには会えないということだ。

 それがわかった途端、俺は意識を失った。ただ、ずっと誰かの声にならない叫び声が遠くで聞こえていた。

 その声が自分のものであると気付いたのは、全てが終わった後の話だった。



 *       *       *



 気がつけば、ドロドロに溶けてぐちゃぐちゃになったアパートの中心で倒れていた。

 全部夢だったのかと思う程、俺の周りには何もなかった。両親の死体も滅茶苦茶になった家も……アパートそのものすら。

 何をしたかなんて思い出せない。だが、自分が何をしてしまったかわからない程馬鹿でもなかった。

 何もかも消してしまったのだ、自分が。

 異能の暴走で、塩酸でも硝酸でも、何か毒物を撒き散らしたのだろう。

 しかし、そんなことはどうでも良かった。


「……ふっ……ゥァッ!……」


 俺はただ泣き続けた。

 いつまで経っても優里亜を迎えに来ない家族に痺れを切らして、いつぞやの医者が優里亜を車に乗せて家に連れて来るまで、ずっと泣き続けていた。


 その後は警察からの事情聴取だ。

 医者の男が庇ってくれたこともあって、俺は特に罪を着せられることなく事件の被害者として扱われた。

 実際に両親を殺した犯人は見つかっていないらしい。俺が痕跡諸共毒で溶かしてしまった所為だ。

 俺と優里亜は親戚の家に預けられるという話も出ていたが、俺はもう誰かと一緒に過ごすのは御免だった。頑なに一人暮らしをすると言って聞かない俺に、親戚の人達も警察も諦めて特別に許可してくれた。恐らくは俺の異能の効果を考えてのことだろう。

 本当は優里亜とも離れたかったが、これは優里亜の方が猛反対した。

 そんな訳で俺と優里亜はたった二人、例のアパートがあった場所に新たに家を建てて暮らすことになった。

 しかし、いくら犯人でなくても、俺のしでかしたことは変わらない。

 事件についてはテレビでちゃんと報道されなかったことも相まって、周りの人達からは俺が殺人犯として蔑まれるようになった。俺だけじゃない。優里亜のことも『化け物の妹』だと、幼稚園で虐められているらしい。

 どうしようもなく自分自身に腹が立った。


 両親は守れない。妹のことも守れない。

 何が『英雄ヒーロー』になるだ!?

 俺は母さんの前で誓った言葉すら守れなかった。所詮は醜い『化け物』だ。

 人を傷つけるばかりで守れた試しなど一度もない。

 俺なんかが『英雄ヒーロー』になるなんて、やっぱり無理だったのだ。


 そうして五年の月日が流れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ