暴走
「はい!今日はここまでです!」
翌日の午前七時。
昨夜そのまま莉一の家に泊まった透は、早朝奏楽に叩き起こされ、三時間に及ぶ地獄の身体能力訓練を受けていた。
ようやく地獄からの解放に、透は莉一家の庭の芝生に寝転がる。
汗と荒い息が止まらない。透は既に一ヶ月分の体力を使い果たしたと錯覚する程疲れているのに、隣で座っている奏楽は息切れ一つしていない。
「ハァ!ハァ!ハァ!……亜、人とのッ……約束の、日、までッ……も、時間、ねぇ……けどッ……ほん、とにッ、間に合う、のかッ?」
息も絶え絶えに透が尋ねれば、奏楽は「そうですね〜」とフワフワ応える。
「透くんの異能が使えるようになるかは、透くん次第ですかね〜」
「お、おい!それじゃあ……」
「大丈夫ですよ〜。透くんが何の毒を使ったか教えてくれたんで、ボクも莉一くんも解毒剤の研究は進めてますし、透くんの異能だけを頼りにしてる訳じゃありませんから〜。約束は守りますよ、必ずね」
ニコリと微笑む奏楽の顔を見て、透は押し黙った。
そして、「はぁー」という深い溜め息と共に自身の右腕で両目を覆う。
「朝ご飯の次は異能チャレンジか……」
透が嘆いた。
『異能チャレンジ』とは朝食後と夕食後に一回ずつ、透が亜人に盛った毒を摂取し、自身の異能で解毒剤を作れるかのお試しであった。ちなみに昨日の夕食後チャレンジは失敗している。
透は自分の異能を使うのが嫌らしく、昨日から延々と駄々を捏ねていた。勿論奏楽は良い笑顔でソレを一蹴した訳だが……。
「……透くんが異能を嫌がるのは、自分の所為で誰かが毒に侵されるのが怖いからですか?」
奏楽が小首を傾げる。透は目を覆ったまま「まあ」と曖昧に頷いた。
「別に赤の他人の心配をする程善人って訳じゃないけど……俺の異能の所為で優里亜まで化け物扱いされるのが嫌なんだ」
固い声で透がボソッと呟く。その後すぐに「まあ、優里亜は全然気にしてないって笑うけどな」と苦笑いを溢した。
とそこで、奏楽は透に会う前、莉一から聞いていた透の噂を思い出す。透自身があることないこと好き勝手言われていたように、透の妹である優里亜も軽蔑の眼差しに晒されていたのだろう。
確かに、自分の所為で妹にまで被害が及べば、誰だって自身のことでネガティヴにもなる。
奏楽が眉を僅かに下げる中、透は「そんなことより」と首だけグルンと横に向けた。
「……何で何もしねぇのに、アイツはあそこで座ってんだ?」
透の向けた視線の先、そこにはムスッとした表情の蛍が、芝生の上で胡座をかいていた。
蛍は早朝四時から何をするでもなく、二人の訓練を少し離れた位置からずっと見ていたのだ。何がしたいのかわからず、眉を顰める透だが、奏楽は「あぁ、ほたちゃんですか?」といつも通りの笑顔で尋ね返すと、右手人差し指を空へ向けた。
「監視ですよ〜、ボクがまた何かやらかさないようにする為の。心配症ですよね〜」
「…………」
同意を求める奏楽だが、透は何も応えない。訓練で疲れたことを言い訳に、二人の事についてツッコむのは止めようと心に決めた。
「言っとくけど、監視はソラだけじゃなくて、テメェの分もだからな」
どうやら奏楽達の会話が聞こえていたらしい。
いつの間にか蛍が奏楽達のすぐ側まで近付いて来ていた。
当たり前のように奏楽の隣に立って、冷たく透を見下ろす蛍は、まだ透のことを完全に信用した訳ではないようだ。しかし信用に関しては、奏楽が異常なだけなので、透の方は居心地が悪いながらも、蛍の塩対応を甘んじて受けている。
「『監視』……ね……心配しなくても、亜人達の解毒が終わったら、もうお前らに関わることはしねぇよ。迷惑だってかけねぇつもりだ」
「えぇ〜!何言ってるんですか!?透くん!亜人の人達の解毒が終わっても、優里亜ちゃんの解毒が残ってますし、そもそも折角友達になれたんですから、そんな悲しいこと言わないでくださいよ〜」
蛍が透の言葉に「そんなの当然だ」と言う前に奏楽が頬を膨らませる。それに対して透は「友達……」と奏楽を訝しむように睨んだ。
「おい、いつ俺とお前が友達になったんだよ」
「透くんがボクの名前を呼んでくれた時からですね〜」
「…………」
透は喉元まで出かかった「名前呼びは半分脅しだっただろ」という言葉を何とか呑み込み、代わりに蛍に視線を向ける。
「コイツっていつもこんな強引な訳?」
「まあな。つか、馴れ馴れしく『コイツ』呼ばわりすんな。そもそも何で勝手にソラのこと名前呼びしてんだよ」
「名前呼びに関しちゃ、俺の所為じゃねぇよ!」
蛍と透がムムムと睨み合う。そんな光景を、奏楽は微笑ましいモノを見る目でニコニコと見守っていた。
「仲良しさんですね〜」
「「絶対違う!!」」
「お三方ぁ、朝ご飯出来ましたよぉ」
莉一が窓を開けて三人を呼んだ。と同時にニャイチが窓から飛び出し、奏楽の肩へと定位置を固定する。「ニャーニャー」と頬を擦ってくるニャイチに嬉しそうにしながら、奏楽は「おはようごさいます〜、ニャイチさん」と微笑んだ。
「ソラ、行くぞ」
言いながら、蛍がクルリと踵を返す。奏楽も「は〜い」と返事しながら、「透くん」と未だ芝生の上で寝転がっている透へ手を差し出した。
「行きましょう?」
「……おぅ」
少しくすぐったそうにしながら片眉を下げる透。ぎこちないながらも奏楽の手を掴もうとしたところで、割って入ってきた蛍に力強く手を握られた。
「……何で邪魔すんだよ!?」
「テメェこそ、何ソラと手を繋ごうとしてんだ!?」
「それは奏楽からしてきたんだろ!?」
「気安く『奏楽』なんて呼ぶんじゃねぇよ!」
ギャーギャーと言い合う二人。
その光景をキョトンとした表情で見つめた奏楽は、フフッと笑って口を開いた。
「仲良しさんですね〜」
「「絶対違う!!!!」」
* * *
なんやかんや朝食を済ませ、現在地下の病人部屋もとい実験室。
幾つもある机の上には試験管やフラスコ、研究結果を記した紙など、様々なものが広げられており、机の合間合間にあるベッドやソファの上には今もなお苦しげに息をしている十八体の亜人達が眠っている。
「……本当にやるのか?」
一体の亜人を前にして、透が顔を顰めながら奏楽へ振り返った。奏楽は良い笑顔で「はい、お願いします〜」と頷く。
淀みのない純度百パーセントの微笑みに、透は「ウゥッ」と呻き声を上げた。
昨日の夕方チャレンジした時は、異能が発動しなかった。透の体内の中ですら解毒剤が生成されなかったのだ。まあ、全く別の危険な毒が生成散布されるよりは全然良い。
透はしばらく悩んでいたが、覚悟を決めたらしく「はぁ」という溜め息と共に、注射器を手にした。
目の前の亜人の腕にプツッと針を刺す。少量血を抜き取ると、針の部分を拭き取って自身の腕に当てた。
透が「ふぅ」と深く息を吐く。自分の心臓がドクンドクンと煩く鳴っているのを無視して、震える手に力を込めた。
「……じ、じゃあ、やるぞ?」
最終確認をして、透は針を自身の腕に差し込んだ。と同時に亜人の血液を体内に入れる。途端に身体中が燃えているような錯覚に陥った。
異能が使われている証拠だ。
どんどん脈が速くなる。落ち着けるように透は深呼吸を繰り返しながら、自身の異能に集中した。
……落ち着け……一度は成功したことがあるんだ。解毒剤を造ることだけに意識を向けろ……。
心の中で透が唱える。
だがしかし、心とは裏腹に身体は段々と火照っていき、息が荒く、視界もグルグルと歪み出した。
異能が暴走する時によくなる症状だ。
……ま、ずい……。
透がフラリと、後ろで見守っている奏楽達へ身体を振り向けた。
「……逃げ……」
無意識に透が奏楽達へ手を伸ばすのと、透の身体から大量の致死毒が放出されたのは同時だった。
「ッほたちゃんッ!」
「ッ!!」
……“水鏡籠”
咄嗟に蛍が透を囲むように水鏡を出した。蛍の水鏡はどんなモノでも跳ね返す。水鏡で覆っている限り、毒が漏れる恐れはない。
「いやぁ、危なかったですね〜。一呼吸でも吸い込んでたら、死んでましたよ〜、コレ。ナイスですね〜、ほたちゃん」
「呑気に言ってる場合か?」
命の危険があったにも関わらず、のほほんと告げる奏楽に蛍がツッコむ。
その間に毒を出し切ったらしい透は、“水鏡籠”の中で意識を失い倒れていた。中にはまだ毒が深い霧となって漂っている。水鏡の所為で空気中に消散できないのだ。
「爆発的な毒の放出……今ので星力使い切って気絶しちゃいましたねぇ。大量に毒を生成すればする程、必要な星力量も馬鹿にならないでしょうし……どうするんですぅ?奏楽殿」
気を失っている透を分析しながら、莉一は奏楽へ視線を向けた。奏楽は「そうですね」と呟くと、胸ポケットから携帯を取り出し、慣れた手付きで画面をタップしていく。
作業が終わったらしく携帯を仕舞うと、ヘラッと莉一に笑いかけた。
「まずは透くんが出した毒の中和剤を撒きましょうか」
このままでは、透をベッドに寝かせるどころか、“水鏡籠”の中から出すこともできない。
莉一が「ですねぇ」と頷く。
その後、数分程で春桜家から奏楽の指示通り中和剤が送られ、無事中毒者を出すことなく透の異能暴走を収束させることができたのであった。
読んで頂きありがとうございます!!
そして明けましておめでとうございます!!!
お正月ですし、正月番外編でも書こうかなぁと思いましたが、そんなことより続きの方が読みたいよね?と言う訳で続きです。
何か透くんの口調が決まらない。キャラ設定はハッキリしているのに、口調だけがどうしても定まらないんですよね〜。なぜなら、透くんは私の小学生の時の同級生がモデルなので、標準語じゃなくて方言使って喋るんですよ。でも、透くんに方言喋らせるのはなぁ……と悩んだ結果、蛍と被りらないように頑張って逃げている中途半端な喋り方に。
まあ、そんなことは置いといて……
次回もお楽しみに。




