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星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇指極編
6/101

北斗七星“α”

 結局、あれから二人が学校に着いたのは、一時間目の授業終了を知らせるベルが鳴り響いた後だった。

 遅刻理由も程々に聞かれた二人は、少し注意された後はすぐに職員室から解放された。


 そして今は昼休み。立ち入り禁止の屋上で蛍の作ったお弁当を食べ終わると、二人は二人きりの時間をイチャイチャと過ごしていた。


「今日もほたちゃんのお弁当、とっても美味しかったですよ〜」

「ん。まあ、材料が良いからな」


 奏楽が自分の膝に頭を乗せて寝転がっている蛍の顔を覗き込めば、蛍は少し照れくさそうに視線を逸らす。

 蛍は毎日、自分の弁当と奏楽の弁当、二人分の昼食を作っていた。理由は……奏楽が蛍の弁当を見て、自分も食べたいと強請ねだったのが一つ。もう一つは「自分の分も作ってくれるなら材料費はボクが負担する」と、貧乏学生には抗えない条件を提示されたのが一つだった。

 そんなわけで今日も今日とて、愛妻弁当ならぬ愛夫弁当(夫でもないが)を蛍は作ってくれたわけだ。


「ほたちゃん、目に隈ができてますよ?昨日夜更かししましたか?」


 蛍の目元を指で撫でながら、奏楽が首を傾げる。指摘されて急遽寝不足を思い出したのか、蛍は大きな欠伸と共に「まあな」と肯定した。


「昨日の夜、下の爺さんが煙草の火ィつけたまま眠って火事未遂起こしやがったんだよ。お陰で夜中に消火訓練させられたわ」

「……よくほたちゃんが手伝って、二次被害にならずに済みましたね」

「………」


 奏楽が意外だなという表情かおをすれば、蛍は苦笑いを浮かべながら口を閉ざす。その反応に、どうやら大事にならなかっただけで、二次被害的なものは起こったらしいと奏楽は察した。まあそれでも“疫病神”の実力なら、アパート全焼どころか近隣全てを火の海にする可能性すらあるので、今回は非常に運が良かったと言えよう。


「それは大変でしたね〜。ボクが子守唄でも歌ってあげましょうか?」


 奏楽が労りの言葉も程々に、蛍の頭を撫でながらニコニコと提案する。

 その表情に「わかって聞いてんだろ」と顔を顰めながら、蛍は「今はいい」と拒否した。

 奏楽の子守唄は何か特別な力が宿ってるのではと思う程、よく眠れるのだ。どれだけ気が昂っていても、つい先程まで眠っていたとしても、奏楽の子守唄を聞けばコロリと意識が落ちてしまう。しかも、一度眠ってしまったら中々起きれない。どれだけ短くとも一時間は夢の中だ。


「後五分で授業が始まるってのに、寝れるわけねぇだろ」

「起こしてあげますよ?」

「……ソラの起こし方なんざ、不安しかねぇから絶対止めろ」


 ずっと前に寝坊した時の、奏楽から無理矢理起こされた日のことが頭に浮かんできて、蛍は顔を青褪めさせる。一歩間違えれば、二度と目を覚ませなくなるところだった。

 あの日の悪寒を思い出して、蛍は奏楽の膝から上半身を起こした。そのまま立ち上がると、屋上のフェンスにもたれかかる。奏楽もそれに続くと、突然「あ」と声を漏らした。


「ん?どうした?ソラ」

「あそこ……」


 そう言って、奏楽が指差したのは住宅地の方角。

 蛍がよくよく目を凝らして見てみると、肉眼で見えるかなりギリギリのところに、屋根の上を駆け回っている影が二つ見えた。

 見たところ追いかけっこ(そんな平和な感じはしないが)をしているようだが、逃げている方はともかく、追いかけている方には心当たりがあった。


「……“()()()()()()”か?」


 蛍が呟く。

 ガーディアン……『対亜人特別武装組織』の通称で、唯一人を食らう異形の化け物……亜人への武力行使が許されている政府公認の組織だった。隊員は全員貴人と呼ばれる“異能持ち”で、日夜亜人から人々を守っている、正に国の『守護戦士』達であった。

 隊員は皆、白を基調とした隊服を着ているのですぐにわかる。

 民家の屋根の上を走り回っている影も、隊服らしきものを着ているのでガーディアン隊員で間違いないだろう。


「ガーディアンが追いかけてるってことは、逃げてんのは亜人か……あの様子だと捕まえられそうにねぇな。()()()()行かねぇのか?ソラ」


 蛍が奏楽に視線を送る。

 何故奏楽に言うのかといえば、奏楽がガーディアンの一員だからだ。まあ()()の隊員ではないが……。

 だが、奏楽は一切やる気を見せず「すぐに応援が来るから大丈夫ですよ〜」とフワフワ告げた。


「やる気ねぇな、相変わらず」

「ん〜、ボクのやる気がないんじゃなくて、ほたちゃんが()()()()だけでしょ?」


 蛍の言葉に笑って奏楽が言い返せば、蛍はウッと口を噤む。図星らしい。


「ほたちゃん、ガーディアンじゃないんだから、行ってもすることないですよ?」

「だからガーディアンになりてぇって何回も言ってんだろ?」

「……ほたちゃんは動機が不純だからダメですよ〜」


 いつも通りの掴みどころのない口調ながらも、はっきりと線を引くように却下する奏楽。

 納得できず蛍が言い返そうとしたところで、昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。


「教室に戻りましょうか」

「……おう」



 *       *       *



 教室へと辿り着いた二人は、すぐに自分の席へ座ると授業の準備を整える。

 五時間目の授業は現代社会だった。


「えぇ〜、今日は“星天せいてん七宿しちしゅく”と“北斗七星”についての授業をします。教科書の三十ページを開いてください……」


 始業開始ベルと同時に教室に入ってきた教師が、教科書を片手に黒板に『星天七宿家と北斗七星』とチョークで書く。

 全員が教科書を開いたことを確認してから、教師は口を開いた。


「皆さんも知っての通り、“北斗七星”とは七人の選ばれし貴人のことです。『対亜人特別武装組織』……通称“ガーディアン”における最高戦力……最強の貴人と謳われるのが“北斗七星”と呼ばれる貴人七名であり、私達の国を守る『七本の剣』として人々に慕われています………」


 説明しながら教師が黒板にチョークを走らせていく中、チラチラと視線が奏楽へ向けられる。

 生徒達の視線に気付いているのかいないのか、構わず奏楽は教師の説明に耳を傾けていた。


「………そして、この北斗七星を代々輩出している家系こそ“星天七宿家”と呼ばれる七家の名家です。北斗七星に限らず、産まれてくるのは優秀な貴人ばかりのこの七家は、この国の政治すら握っており、代々北斗七星が御家の当主の座についています。……小学生の頃から学んでいると思うので、言う必要はないかもしれませんが、一応テストに出るので七家全て紹介しておきますね。……まず、北斗七星“α(ドゥーべ)”を司る“春桜家”……」


 一斉に生徒の視線が奏楽に向けられた。当の奏楽は涼しい表情かおで黒板を見ているが、何を隠そうその通り。

 奏楽は星天七宿家が一つ春桜家の次期当主であり、現北斗七星“α(ドゥーべ)”に選ばれている国の英雄の一人であった。つまりは最強の一人ということである。ガーディアンの一員というのも、“北斗七星”に選ばれているからだった。


「……続いて、“γ(フェクダ)”を司る“天川あまかわ家”……“η(アルカイド)”を司る“大空だいくう家”……“ζ(ミザール)”を司る“一色いっしき家”……“ε(アリオト)”を司る“東根あずまね家”……“δ(メグレズ)”を司る“秋峰しゅうほう家”……そして最後に“β(メラク)”を司る“ど………」


 とそこで、教師の言葉が途切れた。

 いや、轟音に掻き消されたと言った方が正しい。

 一匹の亜人が弾丸のようなスピードで学校に突撃してきたのだ。凄まじい衝撃音の後には、生徒達の叫び声が校舎内に響き渡る。

 だが音の派手さとは裏腹に、校舎にはヒビ一つ入っていなかった。それもその筈。

 亜人が校舎にぶつかる直前、水膜のようなものが突然現れ、亜人の突撃から学校と学校内の人々を守ったのだ。


「なぁにが『応援来るから大丈夫』だ!結局こっちに突っ込んできたじゃねぇか!」

「あはは、ほんとですね〜……ほたちゃん、お手柄ですよ〜。異能の発動大分速くなりましたね〜」


 蛍の怒号と奏楽の笑い声が騒然とした教室内で異彩を放つ。急な緊急事態にも関わらず、二人とも慌てた様子は一切なかった。

 何故なら、校舎に突っ込んできた亜人は、先程屋上で見かけた亜人と同一人物だったからだ。どうやら、ガーディアンの追っ手から逃げ切れたらしい。

 それで蛍の怒りなわけだが、奏楽は全く気にすることなく蛍の機転を褒めた。

 亜人の突撃から学校と人々を守った水膜は蛍の異能なのである。蛍はこう見えて貴人だった。


「笑ってる場合かよ。いいから、さっさと行ってこい。どうせ、俺には戦わせてくれねぇんだろ?」

「そうですね〜。じゃあ、行ってきますわ〜」


 少しむくれる蛍に奏楽が笑って返せば、奏楽は教室の窓を開け放つ。

 亜人が水膜に弾き返されて学校のグラウンドに降り立ったのは確認しているので、奏楽は窓枠に足をかけると躊躇なく校庭に向かって飛び降りた。ちなみに二人の教室は三階だ。

 未だ騒がしい教室。その中で、蛍は一人落ち着き払った様子で溜め息を溢した。

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