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星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇進行編〜群青の調毒士〜
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地獄の始まり

 それから数時間後。

 星力が操れるようになった奏楽は完全回復を遂げていた。身体中包帯と絆創膏だらけだった透の傷も全て癒し、蛍から三十分以上ガミガミとお説教され、現在は莉一の家の地下……傷病人部屋もとい実験室で亜人達の診察を再開していた。


「……こいつら全員の解毒……」


 透が十八人の亜人達を見て呟く。 

 改めて自身のしでかした事がどれほど非道だったか痛感した。

 本当にこの場に居る資格があるのかわからず、透は部屋の入り口で立ち尽くす。

 とそこに、奏楽が透の手を取って、部屋の中へと促した。


「大丈夫ですよ。透くんが居てくれたら、皆絶対に助かります。だからね?一緒に助けましょ?」


 フワリと奏楽が微笑みかける。その表情かおに透は少しだけ気が楽になった。


「……そうだな。自分で蒔いた種だし……やるだけやる。後悔も自己嫌悪も後回しだ」


 表情を和らげながら言うと、透は気持ちを切り替えて部屋の中へと進んだ。 

 横になっている一人の亜人の側まで近付いて、ナイフを取り出す。

 亜人の血を舐めて、自身の異能で手っ取り早く解毒剤を作るつもりだ。


 ……よし……。


 透がクルリとナイフの刃先を亜人の手首に向けた。


 ……『化け物!!』


「ッ!!」


 透の手の動きがピタリと止まる。冷や汗が透の頬をツゥーッと一筋伝った。

 いつまで経ってもナイフを出したまま、亜人の皮膚に傷を付けようとしない透。

 その手は微かに震えている。


「??透くん?大丈夫ですか?」


 透の様子に、奏楽が心配の眼差しを向ける。

 透は顔を俯けさせた。


「……やっぱり異能を使うのは止めといても良いか?」


 そう言って奏楽に視線を向けた透の表情は、恐怖で強張っていた。奏楽が「どうかしましたか?」と理由を尋ねると、透は自身の手の平を見つめる。


「さっきは奇跡的に上手くいったけど……本来俺は自分の異能を操れねぇんだ。解毒剤が上手く作れないとか、そんな程度ならともかく……下手したら致死毒を間違って散布しちまうかもしれない……一人の時ならそれでも良いけど、周りに人が居る時に異能を使うのは……」


「あまりにも危険だ」と透は告げた。

 確かに透の意思に関係なく毒を撒かれるのは危険極まりない。透にとっても奏楽達にとっても良くないだろう。

 奏楽は「成程です」と少し考え込めば、良案でも思い付いたのか、ニッコリと笑った。


「なら、一緒に訓練しましょうか!」

「……く、訓練?」


 透が聞き返す。

 奏楽は純度百パーセントの笑みで「はい」と頷いた。



 *       *       *



「…………な、なぁ……このスケジュールは一体……」


 透が奏楽から渡された紙に書かれてある内容を見て、顔を青褪めさせる。

 そこには起床から就寝までにするべき、絵物語に出てくる勇猛果敢な騎士様でも育てるのかと言わんばかりのトレーニングメニューが書かれてあった。

 一般人ならこのメニューの三割にも満たない時点で、疲労困憊。病院送りとなるだろう。

 しかし奏楽はケロッとした表情で「勿論今日から透くんがこなしていく訓練メニューですよ〜」とあっさり告げた。

 文字を見るだけでへばりそうなあまりの過酷さに、透は信じられない目で奏楽を見つめる。

 その透の反応に蛍と莉一が背後からメニュー表を覗き込んだ。


「……これ……お前が幼少期やってた春桜家式のトレーニングじゃねぇか」


 蛍が呟く。「えっ」と莉一と透が振り向けば、奏楽は笑顔で「そうですよ〜」と首を縦に振った。

「幼少期……」と、とてもじゃないが信じ難い事実に透が更に顔色を悪くさせる中、莉一は莉一で「ですがこれ……」と再度メニューを確認した。


「体力や肉体作りはできるでしょうけど、異能の訓練には思えませんがぁ?」


 莉一が尋ねる。

 奏楽の書いてあるメニューには肉体を鍛えるものばかりで、異能の「い」の字も出てこない。

 だが奏楽は焦ることなく「大丈夫ですよ〜」と人差し指を天井に向けた。


「異能が上手く操れない人の大方の原因は、肉体の強度と異能の強さのバランスが取れてない所為なんですよ〜。だから、強力な異能を持って生まれやすい星天七宿家の人達は、幼少期から過酷な肉体トレーニングを施されます。でも一般の人で強力な異能を持って生まれた場合、身体を鍛える為の環境も知識も碌にありません。だから透くんみたいに異能が暴走し易いんですよね〜。異能を操る為にはまず身体を鍛えることが最優先ですよ〜。後は安定した精神力も不可欠ですけど、それは今すぐどうにかできる問題じゃないですからね〜」


 一通り説明を終えた奏楽は、莉一からクルリと透に向き直った。そして良い笑顔で透に手を差し出す。


「頑張りましょうね!透くん!」

「……………お、おう…………」


 応えた透の声は蚊の鳴くような声だった。

 そうして、この日から『異能操作強化合宿訓練』もとい『地獄の肉体酷使訓練』が始まったのである。



 *       *       *



「!!お兄ちゃん!!」

「よぉ、優里亜」


 その日の夕方頃。

 優里亜との約束通り、奏楽は透を連れて病院へと優里亜のお見舞いに来ていた。

 病室に入るなり、優里亜は今まで見せたことがない程満面の笑みで二人を迎え入れてくれる。


「あれ?お兄ちゃん、顔色悪いよ?まだ怪我治ってないの?」


 先程まで地獄のトレーニングをして来た透は、夕日で分かりづらいと言えどゲッソリしている。途端に目元が潤む優里亜に、慌てて透は「大丈夫だ」と表情を取り繕った。


「怪我は奏楽のお陰で完治してるし、身体も(一応)元気だよ。優里亜もすぐに元気にしてやるからな」


 優里亜に向ける透の眼差しはとても優しかった。

 見たことない透の慈愛に満ちた表情に、奏楽も微笑ましげにフフッと笑う。

 とそこで、優里亜から奏楽に「医者せんせい!」と声が掛けられた。


「何ですか?優里亜ちゃん」

「あのね、お兄ちゃんを連れて来てくれて、ありがとう!!」


 ニコリと告げられたお礼に、一瞬奏楽はキョトンとする。そしてすぐにフワリと微笑んだ。


「どういたしまして。お兄さんの言う通り、優里亜ちゃんもすぐに元気になりますよ。そうしたらまた、お兄さんと一緒に暮らせます」

「うん!」


 笑い合う奏楽と優里亜。

 そんな二人の様子を見て、透は自身の手の平を見つめた。それからギュッと拳を握り締める。


 ……やってやる。もう二度と優里亜を悲しませない為にも!


 透は地獄のトレーニングをやり遂げ、異能を完璧に操れるようになることを心に決めたのであった。

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