星剣
「あの人の血が必要なんですよね?」
奏楽が透に視線を向ける。透はふらつきながら立ち上がると、「ああ」と頷いた。
「俺の異能は『調毒』。身体に取り込んだ物質の成分を分析、解毒、再現することができる。ちなみに再現できるのは取り込んでできた物質の解毒剤の方もだ。だから、薬の成分が残ってる筈の亜人の血液を舐めれば、自動的に俺の身体の中で解毒剤が生成される。後はできた解毒剤を武器に仕込めば良いだけだ」
「なるほどなるほど……そういうことなら、透さんのナイフ借りますね」
透の話から何か思い付いたらしい奏楽が近くに落ちてあった透のナイフを拾う。ナイフを左手に持つと、奏楽は一つ深呼吸をした。
と、その隙をついて、亜人が猛突進を仕掛けてくる。咄嗟に蛍が水鏡を奏楽の周りに戻そうとするが、それよりも先に奏楽が「ほたちゃん」と叫んだ。
蛍が動きを止める。
この一言だけで、もうここから奏楽への盾は必要ないことがわかってしまったのだ。
奏楽は向かってくる亜人を見据えると、フッと困ったように笑った。
「出来ればアレは使いたくないんですけどね〜……そんなこと言ってる余裕もないんで……」
「ソラ?」
「殺す!殺す!殺す!」
亜人の爪が奏楽の首に届く……直前だった。
「“星の力よ、我が声に応えよ”」
奏楽が呟く。すると、辺り一面眩い光に包み込まれた。
視界が眩み、思わず蛍も透も目を瞑る。
奏楽と亜人はどうなったのか。
光が収まり、蛍達が目を開けると、飛び込んできたのは亜人の攻撃を難なく受け止めている奏楽の姿だった。
当然素手ではない。
その右手には何処から取り出したのか、異様かつ気高いオーラを纏っている一振りの美しい剣が握られていた。
銀色に輝く刀身。金色をベースにした柄。何よりも特徴的なのは、鐔の形が星証と全く同じことである。
突如現れた謎の剣で亜人の爪を受け止めた奏楽は、右腕の力を抜くと亜人の背後へとジャンプした。
「……恥ずかしながら、ボク、まだ“星剣”使いこなせないんで、あんまり暴れないでくださいね〜」
そう告げるなり、ソラは高く跳ぶと縦に身体を回転させる。
……いつものソラと動きのキレが違う……!
蛍が奏楽の動きの違いに目敏く気付く。しかし、その発見は「凄い」という感動よりも、胸が騒つくような不穏さが滲み出ていた。
そんな蛍の心境など放ったらかしで、亜人の男は構わず奏楽に対して突っ込んでいく。だが、奏楽の剣の切先が亜人を切り裂く方が早かった。
「グッ……ァアアアア!!!」
亜人の左肩から腹にかけて、一筋の線が刻まれ、盛大に鮮血が辺りに飛び散る。
「すっげ……これが星剣の力か……」
「“星剣”?」
透から漏れ出た単語に蛍が反応する。透は「は?知らねぇの?」と訝しみながらも、口を開いた。
「“星剣”ってのは、北斗七星にしか扱えない神器だ。詳しいことは知らないけど、何でも北斗七星の本来の力を引き出してくれるらしいぜ」
「力を……引き出す……」
復唱しながら、蛍は奏楽を見つめる。
奏楽の表情は少しだけ歪められ、その額には汗が浮かんでいた。元々体調が悪いのだから、当たり前の反応かもしれない。それでも、蛍には奏楽の異変の原因がすぐにわかった。
次の瞬間、蛍は駆け出した。
「グッ……殺す……殺す……!」
よろけながらも、亜人はもう一度爪を構える。奏楽に向かって突進する亜人。
奏楽は攻撃を受け流すように剣先を振るおうとしたが……。
……あっ、違ッ!
しなやかに軌跡を描いた切先は、奏楽の意思と反して、亜人の腕を通り越し心臓へと真っ直ぐ進む。
このままでは誤って亜人を殺してしまうと、剣の軌道を慌てて変えようとするが、剣は奏楽の思い通りに動かない。
……ダメッ!!
もう軌道修正が間に合わなくなった、その時だった。
パリンッと鏡の割れる音が工場内に響き渡る。次いでカチャッと金属が転がり落ちる音がした。
「……ハァ!……ハァ!……ほ、ほたちゃん……」
奏楽が無意識に名を告げる。
奏楽の目の前には、心臓を貫かれた亜人ではなく蛍が立っていた。
星剣が亜人を貫く前に、蛍が間一髪二人の間に割って入ったのだ。鏡の割れる音は、亜人の攻撃を庇い散った水鏡の音。その後の金属音は、奏楽が咄嗟に星剣を手離して、床に落とした音であった。
奏楽が星剣の力を操れず、暴走しかけていることにいち早く気付いた蛍は、奏楽が亜人を殺してしまわぬように捨て身の盾をしてくれたのだ。
一歩間違えれば亜人諸共串刺しにされる恐ろしい賭けだが、奏楽は蛍を絶対に傷付けない。例えどんな状態や状況に陥ってもだ。そのことをよく知っている蛍だからこそ、できる賭けだった。
蛍は奏楽の声に応えることなく、クルリと身体の向きを変え、近くまで迫っていた亜人の身体を力一杯蹴り飛ばした。
「ソラ、その剣もう要らねぇだろ?後は俺がサポートするから、ナイフ使え」
蛍が言いながら、割れた分の水鏡を一斉に出現させる。
奏楽が星剣を出したのは、亜人の身体に傷をつける為だ。フラッシュ状態でなくとも、亜人の肉体は硬い。星力の操れない今の奏楽では擦り傷一つ付けることができないだろう。だから星剣を使った訳だが、既に傷付き血を流している亜人に、これ以上星剣を使う必要は確かにない。
後はナイフに亜人の血を付着させ、そのナイフを透に渡せば良いだけだ。
……ほたちゃんには全てお見通しですか……。
奏楽がフッと笑う。
蛍には何も伝えていなかったが、流石と言うか何と言うか。全て気付かれていたらしい。
「ほたちゃんには敵いませんね〜。それじゃあ……お願いしますわ〜」
「ああ。任せろ」
蛍が告げるなり、早速奏楽が亜人に向かって飛び出した。
やはり星剣のダメージが効いているのか、未だ蛍の蹴りを喰らって立ち上がれずにいる亜人。奏楽が向かっていることに気付くと、何も考えずに牙を剥き出しにして奏楽に突っ込んでいった。
だが、奏楽は空中で身体の向きをクルリと変えると、いつの間にか側まで移動していた水鏡の一つを軽く蹴った。亜人の進行方向から退いた奏楽は、もう一度近くにある、別の水鏡を足蹴にする。
そうして亜人の背後を取ると、左手のナイフを構えた。
……この位置だろ!
蛍が奏楽のすぐ斜め後ろに水鏡を配置する。見計らったように、奏楽はその水鏡を踏み台にした。クルクルと縦回転しながら、亜人の頭を飛び越えるように跳ぶ奏楽。
その瞬間だ。
奏楽は亜人の傷をこれ以上深くしないように気をつけながら、傷口の表面をなぞるようにナイフを滑らせた。
攻撃が空振りした亜人はそのまま床に落ちる。奏楽も蛍の水鏡を使って床に着地すると、「透さん」とナイフを透に投げた。
そのナイフの先には、亜人の血が確かに付いている。
「よしっ!良くやった、北斗七星」
透はナイフを受け取ると、早速亜人の血を指で取り、そのままペロリと舌で舐める。
……頼むから、上手くいってくれよ!
透は自身の異能に集中した。




