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星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇進行編〜群青の調毒士〜
55/101

お人好し

「殺す……敵は殺す……!」


 呪詛の合間に荒い息が混じる。

 亜人と距離を取りながら、蛍は「ったく」と息を吐いた。


「いきなり何だってんだ。まるで薬キメてるみてぇじゃねぇか」


 亜人の急な豹変ぶりに、蛍が感想を漏らす。だが、冗談で言ったつもりだったが、「その通りだと思いますよ〜」と奏楽は苦笑いを溢した。


「フラッシュ状態でもないのに、異常なパワーアップなんて、どう考えても変なドーピングの所為ですよ。どんな薬を使ったかはわかりませんけど、劇薬であることは確かでしょうし、そんな強力な薬を飲めば、どんな副作用があってもおかしくありません」


 奏楽の言葉に、蛍はウゲッと顔を顰める。

 本当に薬の所為で正気を失っているなら、話し合いなど無理な話だ。正気を戻すことができるかどうかも怪しい。かと言って、奏楽がこのまま亜人を見捨てることもあり得ない。


「どうすんだ?ソラ」


 蛍が奏楽に視線を投げかける。対する奏楽は焦った様子もなくニッコリ笑った。


「どうしましょうかね〜」


 何の躊躇もなく放たれた言葉。

 一瞬止まる時間の流れ。

 思考回路もフリーズする中、数秒空いて蛍から出たのは「は?」という一文字だけだ。


「……否、ハァアアアアア!!!??『どうしましょうかね?』じゃねぇんだよ!!ソラがアイツと話し合いてぇって言うから、付き合ってんだぞ!?俺の意見を通すなら、そのまま見捨てて死刑執行だ!!それが嫌なら、意地でも活路を考えろ!!」


 正に正論だった。

 しかし、口論している場合でもない。

 イカれた目をした亜人が奏楽に向かって突進してくる。


 ……“水面鏡・狂咲くるいざき


 蛍が指で印を結んだ。途端に、奏楽の周りに十枚の水鏡が現れる。

 奏楽は軽くジャンプすると、一番近くにあった水鏡を蹴った。身体の向きを変え、また近くの水鏡を蹴る。そうして、蛍の水鏡を踏み台にして、奏楽は亜人の攻撃を躱した。


「殺す……殺す……ッ!」


 亜人がクルリと身体を回転する。


「ッ!」

「ほたちゃん!」


 蛍の方へ向き直った亜人は、一気に床を蹴った。

 一度に出せる水鏡の最大数は十枚。既に全部出ている以上、水鏡での防御は不可能。

 蛍は一つ舌打ちを小さく溢すが、すぐにフンッと鼻で笑った。


「もう〜、だから全部一気出しは危険だって、言ったじゃないですか〜」


 奏楽がフワフワした文句と共に、近くにあった水鏡を数枚、蛍に向かって蹴り飛ばす。間一髪亜人の攻撃を蛍の代わりに受け切り、水鏡の割れる音が工場内に響いた。

 水鏡を囮に、その場から跳躍していた蛍は「否、一回も聞いたことねぇよ」と奏楽に対してツッコみを入れる。


「ソラ!そろそろ作戦決めねぇと、このままじゃ身体がたねぇぞ!要は薬の効果を消せば良いんだろ?何とか、解毒剤的なの作れねぇのか?」

「あの人がどんな薬を飲んだのかわからない以上無理ですよ〜。第一わかったところで、こんな所じゃ作れません」

「何とかしろよ!テメェ医者だろ!?」

「医師免許持ってないんで違います〜」


 亜人の突撃をそれぞれ避けながら、緊張感のない言い合いを始める二人。本当に焦っているのかわからないが、不利な状況には変わらない。

 本格的にどうするべきかと、二人の頭が悩み出したその時……。ずっと身体を休めながら二人の闘いを見ていた透が「北斗七星」と奏楽に向かって叫んだ。


「透さん?」


 奏楽が透へ意識を向ける。

 透は真剣な眼差しで奏楽を見据えていた。


「何でそんなに亜人を助けることに拘るんだ!?敵だろ!?亜人は俺達人間の!何で助けようと思えるんだ!?」


 透の顔には「心底理解できない」と書かれてある。

 奏楽はキョトンとした表情で首を傾げた。そして、いつも通りフワフワと掴みどころのない口調で「だって」と口を開く。


「見捨てたくないんですもん」

「は……?」

「別にボクはどんな人のことも許せる聖人君子じゃないですけど……それでも闘うべき敵かどうかは自分で判断します。亜人とか貴人とか関係ありませんよ〜。助けたい理由なんて、そんなに必要ですか?」

「…………」


 奏楽の返答に透が押し黙る。そのまま俯いて「何だそりゃ」と一つ溢すと、ハッと笑った。

 透が顔を上げる。その目にもう迷いはなかった。


「なら……亜人の解毒は俺に任せろ!上手くいくかはわからねぇけど、亜人の血さえあれば俺が解毒剤を作れる!」

「ハァア!?誰がテメェの言うことなんざ信用できるか!そもそも元凶が何言ってんだよ!?」


 透の提案に全く聞く耳を持たない蛍。当然だが、蛍には透を信じることなどできなかった。

 透も蛍の言い分に否定できることはないと思っているのか、言い返すことはしない。ただ真っ直ぐ奏楽を見つめていた。

 透の視線を受けて、奏楽はニコッと微笑む。


「わかりました。それじゃあ、解毒は任せますよ、透さん!」


 奏楽は透を信じることに決めたらしい。

 あっさり認めてくれたことに驚きながらも、透は「ああ、任せろ!」と表情をキリリと変えた。そんな二人のやりとりを見て、蛍がやれやれと息を吐く。


「はぁ……ソラのお人好し……」


 第三ラウンドの始まりだ。


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