ヒーローは遅れてやって来る
「優里亜ッ!!!」
「お兄ちゃん!!」
コウモリの亜人に言われた廃工場へと辿り着いた透は、扉を蹴破るなり優里亜の名を叫んだ。そして工場内の様子を確認する。
廃工場と言うだけあって、機材などは何もなく埃っぽい。ただ工場の奥に、一体の亜人と、手足を縛られた優里亜が居た。
優里亜の姿を視界に入れると、透は一気に殺気を露わに、亜人に飛び掛かった。
しかし……。
「グアッ!!」
「お兄ちゃんッ!!」
優里亜の悲鳴が工場内に響き渡る。
透の拳が届くより、亜人の鋭い爪が透の身体を切り裂く方が早かった。勢いのまま吹き飛ばされた透は、何とか壁に激突する前に床に着地する。だが、ダメージが大きいのか、グラリと上半身が傾きかけた。
「……ッな……!?」
透の頭の中に疑問符が浮かび上がる。
目の前の亜人のことを透は覚えていた。一昨日、透が怒りのまま襲った、二人組の亜人の片方だ。その時、この亜人はこれ程の強さを持っていなかった。
急なパワーアップに戸惑いながら、透はフラフラと立ち上がる。
そんな透を見て、亜人の男は「ハハハ」と高笑いを溢した。
「ハハハ!!良いザマだ!!七海透!!俺の友人に手を出したこと、死ぬ程後悔させてやる!」
「……復讐か……だ、たら……優里亜は関係ないだろ!!優里亜に手ぇ出すんじゃねぇよ!!」
透が吠える。だがしかし、「はいそうですか」と聞く相手ではない。
亜人は透に向かって走り出すと、思いきり透の横腹に蹴りを入れた。思わず、「ガハッ」と空気の塊が透の口から飛び出す。今度こそ壁に強く激突した透に追い打ちをかけるかのように、亜人の男は透の頭を鷲掴みにすると、何度も透の頭を壁に打ち付けた。その度に鮮血が舞い、透からくぐもった声が漏れる。
「お兄ちゃんッ!!!」
「……ウッ……優、里……」
頭の強打により、視界がグラつく。
息も絶え絶えに透は優里亜の名を呟いた。
亜人が手を離すと、重力に従って透の身体が床へと落ちる。
「ハッ、ハハハッ!その程度か!?七海透!……まあ良い。まさか、これくらいで俺の復讐が終わると思ってねぇよなぁ?」
「?……殺す、なら……さ、さと、殺せ!」
透が亜人を鋭く睨み付ける。
しかし、亜人の男はニヤリと意味深に笑うと「テメェを殺すのは後だ」と視線を優里亜へ向けた。
一気に透の背筋に悪寒が駆け抜ける。
「お、おい!ま、さかッ!!」
「先にテメェの妹を殺して、テメェの犯した罪の重さを思い知らせてやる!」
透の嫌な予感は的中した。
痛みで全く力の入っていなかった透の身体に、憤怒による力が込み上げてくる。
グッと立ち上がった透は、ナイフを袖から取り出した。そして、ボロボロの身体で亜人へと突進する。
亜人はそれを余裕で躱すと、もう一発透の腹に蹴りを入れた。
勢いよく後ろに吹き飛ぶ透。
その様子を尻目に、亜人はゆっくりと優里亜へと近付いていった。
「……ま、待て……優里亜に、ッ手を、出すなッ!……」
ガクガクと震える四肢に鞭打って、透が立ち上がる。だが、もう亜人は優里亜のすぐ側まで来てしまっていた。
「……あ、ぁあ……お兄ちゃ……」
自分を見下ろしてくる亜人に、優里亜の身体は自然と恐怖で震えてくる。その様子を見ながら、亜人はハッと笑った。
「七海透……精々死ぬ程苦しみやがれ!!」
亜人が爪を尖らせて、腕を高く振りかぶった。
「やめッ……やめろォオオオオ!!!!」
……“水面鏡”
凛とした声が三人の鼓膜を震わせると、追って鏡が割れるような音が響いた。
「「「…………」」」
亜人も透も、優里亜も、何が起こったのかわからず、呆けた表情を浮かべる。
わかったのは、水膜のようなものが突如現れ、亜人の攻撃から優里亜を守ったということだけだ。
「はぁあ?一撃で水鏡を割るとかふざけてんのか」
「流石春桜家の精鋭を、たった一人で倒しただけのことはありますねぇ」
苛々した声と気怠げな声が続けて上がる。声の方へと三人が振り向くと、透が「お前ら……」と目を見開いた。
ニコリと、透の視線の先に立つ、奏楽が微笑む。
「お待たせしました〜。北斗七星“α”春桜奏楽、只今参上です〜」
 




